山下慎一(やました・しんいち)|第33期・陸上自衛隊

山下慎一は昭和41年5月24日生まれ、千葉県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第33期(応用物理)の卒業で70幹候、職種は野戦特科だ。

平成29年8月(2017年8月) 第30代自衛隊茨城地方協力本部長・1等陸佐

前職は富士学校(特科部)訓練評価室長であった。

2017年9月現在、山下が補職されているのは自衛隊茨城地方協力本部長であり、自衛隊と地域、あるいは自衛隊と民間企業などを結ぶ架け橋として重要な役割を果たす部署だ。

キレ者でありながらもコミュニケーション能力が高く、それでいて「営業力」にも長けた甘いマスクのイケメンが就任することが多いポストだが、山下もまさに、ロマンスグレー(死語)のミリタリーカットが似合う紳士である。

(なお東京地方協力本部長を務めた、顔が怖くて近寄りがたい高田克樹(29期)などの例外もいる・・・)

その山下の本職は野戦特科であり、なおかつ予算削減で財務省から虐待を受け続けている野戦特科の中において唯一、装備の新規取得と最新装備への更新予算も割り当てられている地対艦ミサイルのエキスパートだ。

陸上自衛隊に入隊し最初に配属になったのが第125特科大隊(現・第1地対艦ミサイル連隊)。

北千歳の地でガッツリと初級幹部として修練を重ね、そして熊本県の健軍駐屯地に所在する第5地対艦ミサイル連隊に転属。

さらに第9特科連隊ではFH-70を始めとした野戦特科の中核とも言える部隊でも指揮を執り、野戦特科における指揮官としての厚みを増し、今日に至る。

なお、連隊長(相当職)を経験したのは宇都宮駐屯地に所在する第12特科隊長。

かつては第12特科連隊と称した連隊編成であったが、上級組織である第12師団が第12旅団に編成替えになったことに伴いその規模を縮小させ、特科隊に再編されたものである。

中央即応集団や東部方面総監直轄の各部隊も同居する、北関東の要となる宇都宮駐屯地の所在で、駐屯地司令も併せて兼ねる要職を務めた。

また皮肉なことだが、ここ宇都宮はかつて、第6地対艦ミサイル連隊が設置されていたこともある駐屯地だ。

首都圏唯一の地対艦ミサイル連隊の所在地であったが、ご多分に漏れず財務省にいじめられ予算削減対象とされ、2011年4月に廃止される憂き目を見ている。

地対艦ミサイル連隊は、2017年9月現在の安全保障環境のもとでこそ、我が国の平和と安全を担保する部隊としてその存在価値が見直されているものの、2005年当時の中期防(中期防衛力整備計画)においては、当時6つ存在したミサイル連隊を3個連隊まで半減させる計画が策定されたほどであった。

そして実際に、ここ宇都宮に所在した連隊が廃止されてしまったのだが、その後、中国人民解放軍の極めて身勝手な海洋進出と傍若無人な振る舞いが活発化し、南西方面の防備を強化する必要に迫られる。

国土の防衛は、一義的には確かに航空自衛隊と海上自衛隊がまず、領海や領空の段階で敵性勢力を食い止めるのが役割となろう。

しかしながら、それら兵器はユニットコストが極めて高価な上に、特に航空自衛隊の対艦攻撃能力は、ペイロードの関係で、積載数などにどうしても制限を受けざるを得ない。

その点、陸自の持つ地対艦ミサイル連隊はユニットコストが安く、また最新の12式地対艦誘導弾はその射程が100kmを大きく越えると考えられており(公式には未発表)、石垣市から尖閣諸島までの距離、155kmに相当する海域をカバーすると推測される。

もちろんそのミサイルも、航空機などのように積載弾数の制限を受けることもなく、地上の兵站さえ整えば相当数の数を撃つことが可能であり、敵性勢力の飽和攻撃にも対処することが可能だ。

このようなこともあり、一時期は半減が予定されていた地対艦ミサイル連隊はわずか6年でその政策を転換。

既に廃止されてしまっていた第6ミサイル連隊を除く5つあるミサイル連隊を維持することだけでなく、最新の12式地対艦誘導弾の取得まで予算化されることとなった。

また2018年度中には、東北方面隊隷下で八戸駐屯地に所在する第4ミサイル連隊が西部方面隊隷下の第15旅団(沖縄県那覇市)に編成替えされ、中国人民解放軍の身勝手な振る舞いに睨みをきかせる任務に着任予定だ。

この結果、地対艦ミサイル連隊は北部方面隊に3個連隊、西部方面隊に2個連隊体制となるが、恐らくさらに北部方面隊から南西シフトが進むことになるのではないかと予想している。

あるいは2011年に第6ミサイル連隊が廃止されていなければ、この際に西部方面隊に編成替えとなり、南西方面の防備はさらに精強さを増し、中国の身勝手な意志はその再考を迫られる強力な抑止力となっていたであろう。

このような意味においては、近視眼的な政策のために、我が国の国益が損なわれることにもなりかねない事態であったと言えるのではないだろうか。

そのような歴史を持つミサイル連隊であり、そしてそのエキスパートである山下だが、その山下がこの宇都宮の地で、第6地対艦ミサイル連隊が既に廃止された後に、第12特科隊長を務めたのはとても皮肉なことであろう。

その後、富士学校特科部の訓練評価室長を経て、2017年9月現在で自衛隊茨城地方協力本部長の要職を務めることになった。

今後、ますますその存在感を高めていく事が予想される地対艦ミサイル連隊。

第1地対艦ミサイル連隊だけでなく、国防の最前線となった第5地対艦ミサイル連隊での指揮経験もある山下の知見には期待が高まるばかりだ。

さらにその活躍の幅を広げ、我が国の平和と安全に貢献されることを期待したい。

◆山下慎一(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
2年3月 第125特科大隊(北千歳)
4年3月 第1地対艦ミサイル連隊(北千歳)
8年8月 幹部学校(目黒)
10年8月 自衛隊兵庫地方連絡部(兵庫)
12年8月 第5地対艦ミサイル連隊(健軍)
14年3月 西部方面総監部・防衛(熊本)
15年8月 陸上幕僚監部・教育(市ヶ谷)
16年3月 陸上幕僚監部・教育訓練(市ヶ谷)
17年8月 研究本部(朝霞)
18年8月 第9特科連隊第1大隊長(岩手)
20年3月 幹部候補生学校(前川原)
22年3月 中央即応集団情報部副長(朝霞)
23年8月 第13旅団第3部長(海田市)
25年8月 第12特科隊長(宇都宮)
27年8月 富士学校(特科部)訓練評価室長(富士)
29年8月 自衛隊茨城地方協力本部長(水戸)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 茨城地方協力本部公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/pco/ibaraki/honbuchou.html

防衛省陸上自衛隊 第1特科団公式Webサイト(訓練写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/1ab/topic/topiccontent/topic254113ssmsengi/topic254113ssmsengi.html

コメント

  1. 山下慎一 より:

    過分なご紹介記事ありがとうございます。山下本人です。
    講話資料用の画像を探してるうちに、本サイトに巡り会いました。お褒め頂き恐縮ですが、まだまだ記載内容には程遠く、精進せねばと改めて身を引き締めた所存です。記載内容に恥じないよう、頑張りますので、よろしくお願いいたします。
    ところで、6地対艦に関する私の心情等大変よく理解され過ぎていて逆に心配なほどです。多分何処かでお会いしていることと思いますが、失礼などしてなかったでしょうか?また、お会い出来る日を楽しみにしております。それでは、お元気で、ありがとうございました。

    • ytamon より:

      山下1佐様、大変ご丁寧なご連絡ありがとうございました。
      また、勝手にご心情を推察させて頂いたにも関わらず、こちらこそ過分なお言葉を頂き恐縮しております。
      第6地対艦ミサイル連隊については、こちらのコラムでもご紹介しておりますが、本当に残念でした。
      恐らく今後、新たな部隊の新設も検討され、南西方面における防備の要となるかと思いますが、その際には山下1佐のようなエキスパートのご活躍が心から期待されるところです。
      お目にかかったことはございませんが、こちらこそどこかでお会いさせて頂くことがございましたら大変嬉しく、その際はお声がけをさせて頂ければ光栄です。
      激務が続く日々かと思いますが、山下1佐こそ、お体をお大事に、お元気に活躍されることを心からお祈りしております。
      ありがとうございました。