末吉洋明(すえよし・ひろあき)|第33期・陸上自衛隊

末吉洋明は昭和41年12月生まれ、鹿児島県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第33期の卒業で幹候70期、出身職種は普通科だ。

平成29年8月(2017年8月) 統合幕僚監部運用部副部長・陸将補

前職は富士学校普通科部長であった。

33期の絶対エースにして、普通科のエキスパートである末吉だ。

なお予め言っておくが、末吉は本当は、こんなしかめっ面の怖いおっちゃんではない。

鉄の意志と優しい心が同居したような、凛々しくも暖かさを感じさせるナイスガイなのだが、陸自の幹部は偉くなると、プロフィール用の写真はみんな怖い人になってしまう。

(誰か一人くらい、笑顔でピースサインとかすればいいのに・・・)

ちなみに末吉の画像は、防衛省の公式サイトのどこを探し回っても見つけることができなかったところ、富士学校の機関紙でようやく、着任時の写真を見るけることができたのがこれである。

鹿児島なまりがまだ残る細マッチョで、体重は60kgまで締まりあげた精悍な陸将補だ。

そんな男が33期の出世頭であり、絶対エースとして活躍している。

そんな末吉のキャリアを少し見てみると、陸上自衛隊に入隊したのが平成元年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成20年1月で、陸将補に昇ったのが平成26年8月だ。

共に33期組1選抜(1番乗り)であり、これ以上は無い早さのスピード昇任で将官に昇ったスーパーエリートである。

なお、2017年11月現在、33期組で陸将補に在り、お互いに切磋琢磨している最高幹部は以下の通りになっている。

梅田将(第33期相当)・大阪地方協力本部長

酒井秀典(第33期)・航空学校副校長

末吉洋明(第33期)・統幕運用部副部長

児玉恭幸(第33期)・第1空挺団長

冨樫勇一(第33期)・統合幕僚監部報道官

楠見晋一(第33期)・東京地方協力本部長

廣惠次郎(第33期)・通信学校長

堀江祐一(第33期相当)・第8師団副師団長

宮本久徳(第33期)・第1高射特科団長

山根寿一(第33期)・東北方面総監部幕僚副長

牛嶋築(第33期)・陸上幕僚監部指揮通信システム・情報部長

(※肩書はいずれも2017年11月現在)

この中で、1選抜で陸将補に昇ったものが富樫、末吉、山根、牛嶋の4名。

まずはこの4名が、5~8年後の陸上幕僚長候補として、一つ頭が抜けた状態と言って良いだろう。

そんなトップエリートの末吉なので、そのキャリアの充実ぶりは際立ったものがあるが、今回はその中で、第21普通科連隊長(秋田)時代の活躍についてクローズアップしてみたい。

末吉は平成23年4月に第21普通科連隊長に着任。東日本大震災のまさに直後である。

末吉は連隊長に着任すると、直ちに被災地に赴き陣頭指揮を開始。

担当地域は岩手県の釜石市で、東日本大震災でもっとも被害が大きかった市区町村の一つである。

人口の実に3%を越える、1300人以上もの方が死亡(もしくは行方不明)となった、甚大な被害を受けた地域だ。

末吉は釜石に赴くと21普連を地域の小学校もしくは中学校の校庭に野営させ、直ちに行方不明者の捜索、被災者の支援及び復旧活動を開始。

道路を整備しインフラを整え、給水、食事、医療、洗濯、入浴など、人が生きていく上で必要な、あらゆる支援活動を展開した。

その活動は困難を極めたが、極寒の寒さの中、冷えた缶メシをかじりながら野営し、被災者のために献身的に活動する末吉以下隊員たちは最後まで任務を果たす。

その姿は神々しささえ感じるものであったが、この釜石での自衛隊の活動は特に際立っており、そのため様々なエピソードが生まれた地域にもなった。

それだけ困難な作業を21普通科連隊が成し遂げたということであるが、そんな一例だ。

末吉は当初、釜石市の甲子小学校に野営し活動を行っていたものの、手狭な小学校のグラウンドを占拠したまま活動をすると、復旧に向かいつつある小学生の授業の妨げになると判断。

より広い、近場の甲子中学校のグラウンドに野営場所を移すことを決め、撤去の挨拶のために校長室を訪れた。

するとそこに待っていたのは、甲子小学校の多くの子供たち。

皆がその手に手紙を持ち、自衛隊への感謝の気持ちを伝えようと、大挙して待ち受けていたのだ。

そして、生きる勇気を自衛隊から貰っていること。

友人や家族も死んでとても辛いけど、自衛隊が支えてくれるから頑張れること。

自分も大きくなったら自衛官になりたいと、自衛官になって皆さんのように地域のために尽くしたいと思っていること。

被災し心身ともに傷ついている子供たちであるにも関わらず、こんな心からの感謝の言葉を次々に末吉に読み上げ、聞かせてみせた。

後日末吉はこの時のことを振り返り、

「今でも思い出すと、ちょっとうるっとしてしまいますね・・・」

と、人の良さそうな笑いを浮かべていたのが印象的だ。

そしてこの活動を通して、自衛官としての使命を再確認し、子供たちや被災者、国民に対し、その責務を必ず果すことを改めて固く誓った想いを述べている。

しかし、話はこれで終わりではない。

末吉は後日、近隣の甲子中学校に移った後に一度、甲子小学校を訪問しているのだが、その時の様子を  軍事漫談家  軍事評論家の井上和彦氏が動画でレポートしている。

その光景は、本当に感動的なものだった。

末吉が小学校に現れると、いきなり子供たちが群れになって末吉に飛びかかる。

「おんぶ!」と背中に飛び乗る子供がいたかと思えば、その腕に抱きつき、愛おしそうに抱える子供もおり、末吉は完全に人気者だ。

男子児童も女子児童もである。

その姿はまるで、教育実習にきた大学生の頼りになるお兄さんと言ったところだ。

末吉がこの地でどのような活動を展開し、そして被災者とどのように向き合っていたのか。

この素直な子供たちの姿が全てを物語る。

感動的であり、末吉が頭でっかちで勉強だけのエリートでないことを証明して見せるような、そんな動画であった。

なお余談だが、この動画の中ではこんなシーンがあった。

小学生たちがインタビューごっこで、末吉にマイクを向け質問をする。

「毎朝何時に起きてますか?」

「そうですね、朝は4時ぐらいから起きて、皆さんの食事の準備を始めてますよ」

「すごーい!ということは、お仕事は炊事係ですね?

連隊長のネームタグも、1等陸佐の階級章もハッキリと分かる迷彩服姿なのだが、子供たちにはそんなもの無関係である。

6年生であれば、早ければこの子たちの中から、6~7年後に自衛隊に入隊する者もいるかもしれないが、その頃末吉は恐らく方面総監クラスか、それ以上に出世しているだろう。

エライこと言ってしまったと、良い思い出になっているのではないだろうか。

ちなみにこの質問に対する末吉の回答は、

「そうだね、炊事をする人がケガをしたりしないよう、ちゃんと段取りを進められるようにお手伝いするのが仕事かな」

というものだった。

ちょっと鹿児島なまりの残る、暖かな人柄を感じさせる話しぶりはどこまでも優しい。

陸自のスーパーエリートと言えば、どうしても天才肌で頭のキレる人ばかりなのかと想像してしまうものだが、末吉の立ち居振る舞いはそういった固定観念すら破壊してくれた。

もちろん、頭も凄まじく良く、防衛大学校、幹部候補生学校、幹部学校と、あらゆる教育課程で最高の成績を挙げ続けたスーパーエリートだ。

キレ者でないはずがないのだが、それだけではここまで昇り詰めることができず、人格者であり、人を惹き付ける魅力に溢れ、大軍を率いて過不足のない期待に応えてくれる人物であることを、窺い知ることが出来る被災地での活躍だった。

こんな男が陸上幕僚長に昇ることがあれば、本当に楽しみだ。

きっと、厳しいながらも愛情にあふれる指揮で全軍を鼓舞し、有事にあっては率先して国民の生命と財産を守るために、全力を尽くしてくれるだろう。

その活躍と人事からは、最後まで目を離せそうにない。

◆末吉洋明(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
元年3月 陸上自衛隊入隊(第33期)
12年1月 3等陸佐
15年7月 2等陸佐
16年3月 幹部学校
16年7月 陸上幕僚監部防衛課
20年1月 1等陸佐
20年3月 中央情報隊本部付隊
21年7月 陸上幕僚監部装備計画課企画班長
23年4月 第21普通科連隊長
24年7月 統合幕僚監部運用第2課長
26年8月 東部方面総監部幕僚副長 陸将補
28年3月 富士学校普通科部長
29年8月 統合幕僚監部運用部副部長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 富士学校公式Webサイト(顔写真及びレンジャー帰還式写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/fsh/gakuyu/gakuyu.html

防衛省 宮城地方協力本部公式Webサイト(東日本震災救助写真)

http://www.mod.go.jp/pco/miyagi/shasinkan/jisinkan/jisin/jisinn.html

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コメント

  1. わかめ より:

    釜石の祖父母の家が被災した時に、自衛隊さんに助けていただいたと聞いていました。
    どこの部隊かわからなかったのですが、今回の記事で判明し、助かりました。
    いずれ、末吉陸将補はじめ部隊の皆様にお礼のお手紙を差し上げたいと思います。
    ありがとうございました。

    • ytamon より:

      わかめ様
      ご祖父母様のご被災に、心からの御見舞を申し上げます。
      末吉陸将補、第二一普通科連隊の曹士幹部の皆様、きっと喜ばれると思います。
      ぜひ、お手紙を差し上げて下さい。
      こちらこそ、コメントを頂きましてありがとうございました。