熊谷三郎(くまがい・さぶろう)|第35期・航空自衛隊

熊谷三郎は昭和42年10月生まれ、静岡県出身の航空自衛官。

防衛大学校第35期の卒業で幹候81期、出身職種は飛行で、F-15戦闘機のパイロットだ。

平成28年7月(2016年7月) 第34代第5航空団司令兼新田原基地司令・空将補

前職は統合幕僚監部運用第1課長であった。

F-15戦闘機パイロット上がりにして、第35期の絶対エースである熊谷だ。

パイロットとしての任地は百里と千歳が目立つが、戦闘機を降り、指揮官として赴くことになった任地は西空(西部航空方面隊)が目立つ。

エリートらしく、ホットスポットでの防空任務を任されながら経験を積み、キャリアアップを積んでいくであろう補職となっている。

なお、海上自衛隊と航空自衛隊では、陸上自衛隊に比べ人数が少ないという事ももちろんあるものの、それを割り引いて考えても、将官に昇るのは本当に至難の業である。

35期組は、2016年夏の人事で最初の将補が誕生した世代だが、この際に空将補に昇ったものは僅か2名のみ。

その後、2017年11月の段階で、2選抜で空将補に昇ったものも出ていない状況であり、その一人である熊谷がどれほどのスーパーエリートであるのか。

恐らくおわかり頂けるのではないだろうか。

なお、その熊谷のライバルになる35期組のもう一人の空将補は以下の通りだ。

亀岡弘(第35期)・第6航空団司令

亀岡は305飛行隊長時代、自機と部下のF-15戦闘機の尾翼に、アニメドラゴンボールの亀仙人を表すロゴ、「亀」の字を塗装し、亀仙人軍団をアピールしていたやんちゃ坊主である。

見た目の若々しさもあり、自衛隊ファンの中でも特にファンが多い空将補だが、残念ながら2017年秋の小松の航空祭は、台風の影響で中止になってしまった。

おそらく2017年は、亀岡が現場指揮官として捌く最後の航空祭になったであろう。

そのため楽しみにしていたファンも相当数いたのだが、この航空祭の中止は本当に多くの人をがっかりさせる残念なものになってしまった。

ここは亀岡のページではなく、熊谷のページなので話を元に戻す。

エリートの出世を占う中央での補職だが、熊谷はその点、非常にエリートらしいポストを歴任している。

空幕や統幕では、実部隊の用兵を担う運用畑の補職が目立ち、総隊司令部では作戦室長を務めるなど申し分のないキャリアとなっている。

航空団司令職もホットスポットである第5航空団であり、我が国が直面する危機に対して、エリート指揮官としてふさわしい補職だ。

恐らく今後のキャリアとしては、西空(西部航空方面隊)や南空(南西航空方面隊)で要職を務め、中央では防衛部長もしくは運情部長(運用支援・情報部長)を務めた後に、西部航空方面隊もしくは南西航空方面隊で、司令官ポストに昇っていくのではないだろうか。

2017年現在の安全保障環境を考えると、恐らく熊谷や亀岡のような航空幕僚長候補には、同方面での司令官ポストを積極的に経験させていく方針になっていくことが予想される。

その熊谷は、多くの幹部自衛官がそうであるように、家族を茨城の自宅に残し宮崎に単身赴任中だ。

当面のところ、この方面での勤務が続くことになるのではないかと思われるが、日本は熊谷の力をまだまだ必要としている。

ご家族には大変恐縮だが、もう少しの間熊谷の力を、日本の平和と安全のために貸して頂きたい。

余談だが、長きに渡り新田原に所在し、西方の空を守り続けた301飛行隊が百里基地に移駐になったのは、熊谷が司令に着任した直後の2016年10月。

元々301飛行隊は百里が生まれ故郷で、当時最新鋭戦闘機であったF-4戦闘機部隊の発祥の地でもある。

そういった意味では、移駐というよりも里帰りと言うべきかもしれないが、それでも新田原と言えばF-4戦闘機が象徴であったような基地であった。

そのため壮行行事には、実に7000人ものファントムファンが県内外から集まり、この古強者の最後のフライトを見送った。

もはや諸外国ではすっかり退役し、後継機に入れ替わっているファントムだが、日本ではもう少し第一線で働いて貰わなければならない。

今もこれほど多くの人から愛されている、とても印象的な壮行会となったが、その最後のフライトでは、勇姿を目に焼き付けながら涙ぐむ人の姿も多く見られる、とても感動的なお別れ会となった。

様々な人の想いを背負い、また我が国の平和と安全をこの先10年に渡り、その全身で背負っていく熊谷である。

その活躍と補職からは、これからも目を離せそうにない。

本記事は当初2017年7月17日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年12月3日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年7月に公開した当時のものをそのまま残している。

その熊谷に率いられる第5航空団では、2017年9月頃に、あるいはビックニュースが流れるかもしれない。

順調に行けば、航空自衛隊史上初めて、F-15戦闘機の女性パイロットが新田原基地で誕生する可能性があるからだ。

このニュースは熊谷自ら、宮崎県防衛協会の講演会で見通しを語ったものだが、今のところまだ確定事項ではないので、どこのメディアもニュースにしていない。

海上自衛隊で、護衛艦艦長に初めて女性が就任したのは2016年。

護衛艦やまぎりの大谷三穂2等海佐だったが、ついにその流れは、F-15戦闘機にまで女性パイロットを誕生させるということになる。

この分で行けば、女性初の第1空挺団隊員(陸自)や、女性初の特別警備隊(海自)隊員誕生という日もそう遠く無さそうだが、一方で戦場の最前線に女性が出て負傷すると、男性兵士は過剰に女性兵士を守ろうとする余り作戦遂行に支障が出るという、出所は定かではない伝聞を聞いたことがある。

なるほどそんな気がしなくもないが、そんな時代が来たら、きっと空挺や特警に選抜される女性のことだ。

下手な男性隊員が逆に張り倒されるような、吉田沙保里選手のような強者が選ばれるに違いない。

余り心配する必要は無いのかもしれない。

◆熊谷三郎(航空自衛隊) 主要経歴

平成
3年3月 航空自衛隊入隊 (第35期)
3年9月 航空教育集団付
7年3月 第7航空団飛行群第305飛行隊(百里)
13年3月 幹部学校付(目黒)
14年1月 3等空佐
14年3月 北部航空方面隊司令部(三沢)
16年12月 航空幕僚監部防衛部運用課(市ヶ谷)
17年7月 2等空佐
18年3月 航空幕僚監部運用支援・情報部運用支援課(市ヶ谷)
19年1月 第7航空団防衛部(百里)
20年1月 第2航空団飛行群第201飛行隊長(千歳)
22年1月 1等空佐
22年4月 航空幕僚監部防衛部防衛課(市ヶ谷)
24年3月 幹部学校付(目黒)
25年4月 航空総隊司令部運用課作戦室長(横田)
26年3月 西部航空方面隊司令部防衛部長(春日)
27年3月 統合幕僚監部運用第1課長(市ヶ谷)
28年7月 第5航空団司令兼新田原基地司令(新田原) 空将補

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 新田原基地公式Webサイト(顔写真及び行事写真)

http://www.mod.go.jp/asdf/nyutabaru/kichishirei/

http://www.mod.go.jp/asdf/nyutabaru/katsudoujyoukyou/index.html

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