柴田昭市(しばた・しょういち)|第29期・陸上自衛隊

柴田昭市は昭和37年6月5日生まれ、富山県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第29期の卒業で幹候66期、出身職種は機甲科だ。

茶道とトレッキングを愛する、29期のエースである。

平成29年(2017年)3月 第37代第1師団長・陸将。

前職は第14旅団長であった。

栄誉ある頭号師団を預かる第1師団長の柴田。

日本陸軍の時代より、最初のナンバリングである第1師団、第1連隊を任されることは最高の栄誉とされ、敬意を込めて頭号師団、頭号連隊と呼ばれている。

そしてその頭号師団は、東京都の練馬駐屯地に所在し、我が国の首都防衛を任されている即応近代化(政経中枢型)師団だ。

政経中枢型とは、機動力を重視し、市街地でのCQB(Close Quarters Battle;近接戦闘)やNBC(核・生物・化学兵器)攻撃といった、市街地におけるテロ対策を強化した武装や編成を持つ師団であり、我が国の政経中枢を内部から破壊しようとする敵性勢力の排除を目的とする。

これだけの重責を任される柴田である。

エリートであるのはもちろん、若年より頭角を現し、常に陸上自衛隊の中枢でキャリアを歩んできた最高幹部と言っていいだろう。

その柴田が1等陸佐に昇ったのは平成16年1月。

自衛隊入隊が昭和60年3月なので、29期組1選抜(同期一番乗り)でのスピード昇進だ。

さらに陸将補に昇ったのが22年7月。

こちらも、陸上自衛隊の実運用上で最速の陸将補昇進であり、同期の1選抜である。

そして陸将に昇進したのが29年3月であり、陸将昇進と併せて第1師団長就任となったが、ここで少し、同期とのスピード出世競争という意味合いにおいては、わずかに遅れを取った形だ。

なお気になる29期組の陸上幕僚長候補者レースだが、2017年10月現在で陸将の階級に在り、その候補者たる最高幹部は以下のようになっている。

柴田昭市(第29期)・第1師団長

山内大輔(第29期)・陸上自衛隊関東補給処長

清田安志(第29期)・第6師団長

納富 中(第29期)・第9師団長

本松敬史(第29期)・統合幕僚副長

上尾秀樹(第29期)・防衛大学校幹事

高田克樹(第29期)・陸上幕僚副長

(肩書はいずれも2017年10月現在)

これら最高幹部の昇進状況を見てみると、1等陸佐に昇ったのは全員同じ、1選抜である平成16年1月。

陸将補に昇ったのは、1選抜が柴田、本松、上尾、高田の4名で22年7月。

これに山内と清田が平成23年4月で続く。

ここまでは多少差がついたとは言え、横一線と言っていいだろう。

(※1.納富の陸将補昇進時期については後述する)

そして陸将に昇った時期が納富、本松、上尾、高田が28年7月で1番乗り。

柴田と山内が29年3月であり、清田が29年8月となっている状況だ。

これらの昇進状況と着任ポストを見ると、今のところ29期組でトップを走っているのは本松、上尾、高田の3名だ。

陸将昇進時期だけでなく、師団長クラスの次に着任する、陸上幕僚長へのルートに在る3つのポスト、すなわち統合幕僚副長、防衛大学校幹事、陸上幕僚副長に同期で一番早く到達していることから、この3名が、とりあえず29期組の陸幕長候補に絞られたと言っても良い。

ただし、まだそうとは限らない。

予想はややこしくなって恐縮だが、2018年3月には陸上総隊が新設され、その初代司令官には5人いる方面総監のうち誰かが着任することだけは確実である。

そしてそのポストには、おそらく東北方面総監である山之上哲郎(第27期)・東北方面総監が着任すると予想しているが、いずれにせよ一つ空く方面総監の後任に、本松、上尾、高田のいずれかがその後任になることも確実である。

そうなると、29期組から「敗者復活戦」とも言うべき、もう1人の陸幕長候補最後のイスに座るものが現れるということだ。

そしてそれは、おそらく納富か柴田である。

2018年3月の陸上総隊初代司令官の人事と併せ、29期組最後の「イス取りゲーム」に誰が勝利するのか。

ここも非常に楽しみな人事異動となりそうだ。

※1

納富の陸将補昇進時期についてだが、防衛年鑑には平成20年6月という記載がある。

つまり、1等陸佐に昇ってまだ人事考課が4回しか行われておらず(つまり4年)、陸将補昇任の最低限度回数である6回に到達していない。

通常、1選抜で1等陸佐に昇るスーパーエリートでも、陸将補に昇るために最低6年が必要なのはこのルールによるものだ。

そのため何かの間違いではないのかと思ったが、この時期に納富が補職されていた防衛駐在官(アメリカ)時代の記録を見ると、外務省の公式記録で陸将補という記載があるので、間違いではなさそうである。

アメリカ防衛駐在官には何か特別な昇進ルールが適用されるのかもしれないが、ここまでくれば正直お手上げである。

防衛省の人事発令も過去7年分しか閲覧できないので、平成20年6月分は見ることができない。

なぜ納富が4年で陸将補に昇ることができたのか(本当に昇ったのか?)

このあたりをご存じの方がいれば、ぜひ教えてください・・・。

話を柴田に戻す。

上述のように、29期組のスーパーエリートとして順調に出世を果たしてきた柴田だ。

そのキャリアは特筆するべきもばかりだが、中でも印象的なのは、連隊長(相当職)が第37普通科連隊長と言うことであろうか。

機甲科でキャリアを積み上げた柴田が、突然普通科連隊の連隊長に着任したのである。

その事自体は、普通とは言わないまでも珍しいという程のことではないが、37普通科連隊は大阪の信太山に所在する普通科連隊。

第3師団の隷下にあり、第1師団と同じ政経中枢師団の基幹となる普通科連隊だ。

これが意味するところは、機甲科のエキスパートである柴田が第37普通科連隊の指揮を執ることで、機甲科の知見を活かした都市防衛の戦い方の教育や訓練指導を37普連に実施することができるということ。

そして柴田にとっては、機甲科と普通科の両方の知見が必要な、政経中枢師団の指揮官としての能力に厚みを増すことができるということである。

つまり、柴田のキャリアは、その後に着任した平成25年からの開発実験団長のキャリアを見ても明らかなように、新しい時代の新しい脅威に対する最高幹部として、手腕を発揮することを期待されるべく形成されたキャリアであると言えるだろう。

2017年現在の最前線である、西部方面隊隷下などでの島嶼部に対する侵攻対処という意味では全く指揮経験がない柴田だが、都市防衛に知見を積んだ最高幹部もまた、絶対に必要な存在となる。

なぜなら、いったん有事が発生した際に最も恐ろしいのは、我が国に潜伏している敵性国家の工作員に依る一斉武装蜂起だからだ。

その脅威に対応できるのは、その脅威について特別なキャリアを積み、知見を重ねている最高幹部だけである。

そしてそれが柴田だ。

29期組のエースとして、ぜひその知見を活かし、頭号師団長として強力な抑止力を発揮してくれることを期待したい。

本記事は当初2017年6月18日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年10月17日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年6月に公開した当時のものをそのまま残している。

◆柴田昭市(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 陸上自衛隊入隊(第29期)
60年9月 第72戦車連隊小隊長(北恵庭)

平成
8年1月 3等陸佐
8年3月 第1戦車群中隊長(北恵庭)
11年1月 2等陸佐
11年8月 第10戦車大隊長(今津)
16年1月 幹部学校付 1等陸佐
16年7月 統合幕僚学校教官
17年8月 陸上自衛隊幹部学校教官
17年12月 陸上幕僚監部人事部人事課企画班長
19年12月 第37普通科連隊長(信太山)
21年3月 陸上幕僚監部教育訓練部教育訓練計画課長
22年7月 陸将補
22年12月 東北方面総監部幕僚副長(仙台)
24年1月 防衛監察本部監察官
25年8月 開発実験団長(富士)
26年8月 陸上幕僚監部開発官
27年8月 第14旅団長(善通寺)
29年3月 第1師団師団長 陸将

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 1師団公式Webサイト(顔写真及び演習写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/1d/about-1d/sidan.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/1d/activity/kyouiku.html