高田克樹(たかた・かつき)|第29期・陸上自衛隊

高田克樹は昭和38年3月11日生まれ、広島県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第29期(電気)の卒業で幹候66期、出身職種は機甲科だ。

平成29年8月(2017年8月) 陸上幕僚副長・陸将

前職は第2師団長であった。

なお、第2師団長時代の指導方針は以下の通り。

【要望事項】「徹底した訓練」「地域との連携」

さて、見た目も凄いがその指揮官としての手腕もイケイケの機甲屋である。

平成24年から補職された富士学校機甲科部長時代には、執務机の後ろに「陸軍機甲本部」と大書きされた額縁を飾っていた程であり、自他ともに認める、陸上自衛隊を代表する機甲科出身の最高幹部だ。

(ただしこれは、日本陸軍時代の展示物を飾っているという意味なのか、それともここが陸軍機甲科本部である、という意志表示なのかはわからない)

2017年10月現在、27人いる陸将(陸上幕僚長と医官を含む)の中でも一番のコワモテであり、こんな怖そうな人が上官に来たら朝になるのが怖くて夜も寝られそうにない。

さて、そんなおっかなそうな高田であるが、2017年8月、陸上幕僚副長に進んだことで、第29期組の陸上幕僚長候補に力強い名乗りを挙げたことになる。

なお、第29期組で陸将の階級に在り、近い将来の陸上幕僚長候補の有資格者と言えるのは以下の通りだ。

柴田昭市(第29期)・第1師団長

山内大輔(第29期)・陸上自衛隊関東補給処長

清田安志(第29期)・第6師団長

納富 中(第29期)・第9師団長

本松敬史(第29期)・統合幕僚副長

上尾秀樹(第29期)・防衛大学校幹事

高田克樹(第29期)・陸上幕僚副長

(肩書はいずれも2017年10月現在)

これらの最高幹部のうち、とりあえずのところで陸上幕僚長候補レースで先頭を走っているのは、本松、上尾、高田ということになる。

統合幕僚副長、防衛大学校幹事、陸上幕僚副長のポストは、いずれも後職としていずれかの方面総監に着任する可能性が高い重職であり、そして方面総監は、陸上幕僚長に昇る前に最後に着任するポストである。

そのため、2017年10月現在では、この3名が、まずは最終レースの出走馬であると言えるだろう。

ただし、これで終わりではない。

2018年3月には、陸上自衛隊に陸上総隊が新設される予定であり、このポストは5つある方面隊をその隷下に収める極めて大きな権限を持つ組織となる。

そしてこの組織のトップである陸上総隊司令官が、次期陸上幕僚長にもっとも近い最高幹部となることが確実だからだ。

2018年3月、陸上総隊司令官に誰が着任するのか。

その予想はこちらのコラムで詳述しているのでここでは割愛するが、要するに2017年10月現在で、5人いる方面総監の誰かが着任することはほぼ間違いないであろうということだ。

そうなると、その空席となったポストには高田、上尾、本松のいずれかが着任することになるだろう。

つまりあと一人、29期組から「敗者復活戦」で名乗りを挙げる幹部がいるということだ。

(ただし、山之上が陸上総隊司令官に着任した場合、その後任の東北方面総監には、師団長クラスのジャンプアップも十分考えられる)

さらに、これら方面総監と陸上総隊司令官のポストに加え、同様に2018年3月には陸上自衛隊研究本部が、その隷下に陸自の教育機関を全て収め、「陸上自衛隊教育訓練研究本部」として再編される事が決まっている。

これほどの組織であれば、このポストも陸上幕僚長に昇るものにとっての最後のイスになる可能性が極めて高い。

そしてその「新ルール」が人事に本格的に適用されるのは、おそらく29期組からであろう。

これまでとは大きくパターンが異なるので、まさに先が読めないということになるが、それだけに傍観者の立場ではワクワクする思いである。

(当事者は堪ったものではないだろうが。。)

さてこのような事情で、先のことはなかなか読み難い29期組の最高幹部人事だが、とりあえずのところでトップグループを走っている高田とはどのようなキャリアを重ねてきた幹部なのか。

詳しく見てみたい。

陸上自衛隊の入隊は、29期組なので昭和60年3月だ。

幹部学校を卒業すると、すぐに第6戦車大隊(宮城)に着任し、その自衛官生活を本格的にスタートさせる。

そして1等陸佐に昇ったのが平成16年1月なので、29期組1選抜(1番乗り)でのスピード出世を果す。

1等陸佐時代は、陸幕や統幕で要職を歴任し、連隊長職は機甲科の華とも言える第71戦車連隊だ。

北海道の北千歳に所在し、「機甲師団」である第7師団の中核をなす機甲科戦力でもある。

2017年10月現在では、90式戦車に加え、10式戦車も実戦配備されていることからも、我が国における戦車戦力の中核を為す部隊の一つであることがお分かりいただけるのではないだろうか。

そして、これらポストの全てで期待に応える成果を上げ続けた結果、22年7月に陸将補へと昇進し、将官の仲間入りを果たした。

1等陸佐を6年で駆け抜けており、この出世の早さも同期の1番乗りということになる。

(※納富の特例を除く)

陸将補では、最高幹部への登竜門である東京地方協力本部長や陸幕の要職を歴任するが、ここでも成果を挙げ続けた結果として、陸将にも、同期1番出世で昇進。

28年7月であったが、なおこの時に、同様に陸将に昇ったのが本松、上尾、高田であり、この頃にはこの3名による29期組トップ争いがほぼ決定づけられていたと言えるだろう。

今後、陸上自衛隊の大幅な組織改編で、どのポストが後職としてどのような異動を見せるようになるのか。

数年ばかり予想が難しい時期が続くが、いずれにせよ高田をはじめとした29期組の出世頭による頂点争いが行われることになるのは間違いないところだ。

今からがおもしろい29期組の活躍に、ぜひ注目して応援をしてもらえれば幸いだ。

本記事は当初2017年6月19日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年10月19日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年6月に公開した当時のものをそのまま残している。

高田のキャリアの中で興味深いのは、10式戦車開発にも携わった経験があることから、富士学校機甲科部長時代に「陸上自衛隊の最強地上兵器 10式戦車のすべて」という、市販のDVDに出演もしていることだ。

また第2師団の師団長に着任する際は、隷下部隊に対し、第2師団は日本を代表する部隊であることを自覚し、自分たちの練度が陸上自衛隊の練度の指標であることを心せよ、と説いている。

どこか、東郷平八郎元帥の「訓練に制限なし」を彷彿とさせる演説であり、いかにもイケイケの、陸上自衛隊らしい最高幹部である。

◆高田克樹(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 防衛大学校卒業(第29期 神奈川県・横須賀)
61年3月  第6戦車大隊(宮城県)

平成
4年 月 幹部学校(指揮幕僚課程・東京都)
6年 月 内部部局防衛局(外務省アジア局出向・東京都)
8年1月 3等陸佐
8年 月 第72戦車連隊(北海道)
10年 月 陸上幕僚監部人事部補任課(東京都)
11年7月 2等陸佐
12年 月 陸上幕僚監部防衛部防衛課(東京都)
15年 月 幹部学校付(防衛研究所・東京都)
16年1月 幹部学校付 1等陸佐
16年8月 研究本部研究員(東京都)
17年7月 陸上幕僚監部防衛部運用課運用第1班長(東京都)
18年3月 統合幕僚監部運用第1課防衛警備班長(東京都)
19年9月 第71戦車連隊長(北海道)
20年8月 陸上幕僚監部装備部装備計画課長(東京都)
22年7月 西部方面総監部幕僚副長(熊本県) 陸将補
24年3月 富士学校機甲科部長(静岡県)
25年8月 東京地方協力本部長(東京都)
26年8月 陸上幕僚監部人事部長(東京都)
27年8月 陸上幕僚監部防衛部長(東京都)
28年7月 第2師団長(北海道) 陸将
29年8月 陸上幕僚副長(市ヶ谷)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第2師団公式Webサイト(顔写真及び着任式写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/37dcg/top.html