近藤奈津枝 (こんどう・なつえ)|第35期相当・海上自衛隊

近藤奈津枝は昭和41年1月生まれ、山口県出身の海上自衛官。

昭和63年に山口大学を卒業後、1年間、非常勤講師として中学校で国語教師を経験した後に、たまたま見かけた自衛官募集のパンフレットを見て海上自衛隊に入隊した異色のキャリアを持つ。

幹候は40期であり、第35期相当の幹部ということになる。

平成28年12月(2016年12月) 統合幕僚監部首席後方補給官・海将補。

前職は海上幕僚監部厚生課長であった。

近藤は、医官(医者)を除いて初めての将官となる女性海上自衛官だ。

海上自衛隊の歴史というよりも、日本海軍1872年以来の歴史上で初めて女性の将官が誕生したことになる。

我が国の安全保障上、非常に大きな一歩を記したことになり、その功績は極めて大きい。

その近藤が、海将補昇任とともに補職されたポストは統合幕僚監部首席後方補給官だ。

実は近藤は、海上自衛隊に入隊した当初は、男性と同じように護衛艦に乗り活躍したかった希望を持っていたのだが、時代はまだ35期の平成元年。

防衛省が初めて、幹部候補生(候補)である防衛大学校に女性を迎え入れたのは第40期からであり、一般大学から幹部候補生になった女性自衛官が就けるのは、後方支援職種に限られていた時代であった。

そのため近藤も、ある意味で泣く泣く後方支援職種に廻ったわけだが、この分野でその力量と才能が開花。

要職を次々と歴任し、出世街道を駆け上がっていく。

ざっとその昇任の軌跡を見てみると、海上自衛隊に入隊したのが平成元年3月。

1等海佐に昇ったのが平成22年1月なので、同期1選抜(1番乗り)からは、2年遅れということになる。

にも関わらず、と言ってよいであろう。

1等海佐は6年で駆け抜け、海将補に昇任したのが平成28年12月だ。

将補への昇任には6回(6年)の人事考課が必要なので、ここではほぼ最短距離で1等海佐を駆け抜け、海将補に昇った、脅威の追い上げを見せたことになる。

女性の将官だから凄い、という理由付け自体が、恐らく10年後には相当チープなものになるだろう。

現に、防衛大学校女性第1期生(第40期)からは、1選抜で1等陸佐(海佐、空佐)に昇るものが誕生している。

この内の何人かが将補まで昇ることは、疑いようがない。

陸自の機甲科は女性隊員の受入れを開始し、海自では女性艦長が誕生した。

空自では戦闘機パイロットの教育に女性を登用し始め、もはや男女による職種間の壁はなくなりつつあるのが、2017年現在の状況である。

然しながらそれでも、敢えて声を大にして言ってもいいのではないだろうか。

近藤が成し遂げた功績は非常に大きい、と。

少なからず男性優位の昇任が為されてきた世界において、その優位を覆さざるを得ないほどの実力を見せつける力というのは相当なものだ。

一般大学卒業生と防大卒業生の差とは比べ物にならないほど、人事考課上ではディスアドバンテージになっていたに違いない。

だからこそ、最高指揮官も近藤の活躍には一目置いている。

平成29年9月11日に行われた、第51回自衛隊高級幹部会同において安倍総理は、近藤をフルネームで名指しし、

「残念ながら、昨年、この場に女性の将官の姿はありませんでした。今年は、近藤奈津枝さんが列席している。大変、うれしく思います。」

と紹介するサプライズを見せた。

最高指揮官からの思わぬ激励は、きっと近藤の心にも深く突き刺さり、ますます期待に応えようというモティベーションになったはずだ。

是非その最高指揮官の期待に応え、さらなる活躍を見せてくれることを、期待してやまない。

余談だが、その訓示において安倍総理は、武士道を説いた「葉隠」の一節を用いて、

「只今がその時、その時が只今なり」

と、常在戦場の心得を最高幹部たちに要求した。

そして、

「私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にあります。その自信と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、ますます精励されることを切に望み、私の訓示といたします。」

と締めている。

本当にその通りであろう。

極めて特殊なノイジーマイノリティと、世間ズレしたメディアの意見ばかりが目立つ異常な状況だが、これは事実ではない。

日本国民は常に自衛隊を支持し、その活躍を心から応援し、支援している。

その誇りを胸に、ぜひ任務に励んで欲しい。

また近藤には、後進の女性自衛官のためにもぜひ、「女性に任せてみたけどダメだった」と言われぬよう全身全霊で職務に邁進されることを心から期待したい。

言われるまでもなくきっと、その優秀さを結果で示し、「これまで女性を登用しないのは間違いだった」と証明してくれるだろう。

2017年11月現在で、近藤はまだ51歳の若さだ。

何がどうころんでも、退役まで5年以上はあるだろう。

海将補としてさらに要職を歴任していくその活躍を、ぜひ注目して追っていきたい幹部の一人である。

本記事は当初2017年7月25日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年11月16日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年7月に公開した当時のものを一部抜粋する形で、そのまま残している。

上記写真は、練習艦せとゆきにおいて第23代艦長を経験した川嶋潤子(左から2人目)だが、防衛大学校第1期生からはすでに大谷三穂(第40期)が女性初の護衛艦艦長になり、同時期に東良子(第40期)が川嶋の先輩、第22代せとゆき艦長に就任している。

女性初の将官として、近藤がどこまで海上自衛隊の要職を担うのか。

大谷三穂や東良子、川嶋潤子といった海上自衛隊の艦船指揮官としても活躍中の女性と併せ、ぜひ注目してその活躍をレポートし続けたい。

◆近藤奈津枝(海上自衛隊) 主要経歴

平成
元年3月 海上自衛隊入隊(第35期相当)
12年1月 3等海佐
17年7月 2等海佐
17年8月 第1補給隊長(鹿屋)
18年8月 海上幕僚監部経理課(市ヶ谷)
20年8月 舞鶴地方総監部経理課長(舞鶴)
22年1月 1等海佐
23年4月 艦船補給処管理部長
24年8月 海上幕僚監部経理課主計班長
25年4月 海上幕僚監部経理調整官兼主計班長兼経理班長
25年12月 佐世保地方総監部経理部長
27年9月 海上幕僚監部厚生課長
28年12月 統合幕僚監部首席後方補給官 海将補

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省統合幕僚監部 公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/js/Joint-Staff/js_j4.htm

防衛省報道資料 公式Webサイト(川嶋潤子2佐他集合写真)

http://www.mod.go.jp/j/press/news/2017/06/09a.html

防衛省 平成29年度防衛白書公式Webサイト(統幕スタッフ集合写真)

http://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2017/html/nt320000.html

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