岡本宗典(おかもと・むねのり)|第37期・陸上自衛隊

岡本宗典は昭和44年12月18日生まれ、兵庫県西脇市出身の陸上自衛官。

防衛大学校第37期の卒業で幹候74期、職種は機甲科だ。

防衛大学校在学中はハンドボール部の所属であった。

平成27年8月(2015年8月) 第34代第3普通科連隊長兼ねて名寄駐屯地司令・1等陸佐

前職は陸上自衛隊富士学校主任教官(機甲科部教育課戦術班長)であった。

なお、第3普通科連隊長としての指導方針は以下の通り。

【要望事項】

「即動態勢の維持」「理想の追求」

2017年12月現在、第3普通科連隊長を務める岡本だ。

第3普通科連隊は、我が国で最北端に位置する一線級の戦闘部隊であり、冷戦時代は対ソ戦闘を想定した最前線であった。

そのため名寄駐屯地は歴史的に極めて精強な部隊を擁し、またその司令も陸自のトップクラスのエリートのポストであったことで知られる。

なお、陸自史上初めて、事実上の戦地であるイラクに第一陣として派遣されたのは3普連であった。

当時の連隊長・番匠幸一郎(第24期)がその指揮官であったが、精強であるがゆえに常に陸自の中でも存在感のある普通科連隊となっている。

このようなこともあり、過去に第3普通科連隊長を務めた者の多くが最高幹部まで出世している。

第9代陸上幕僚長の中村龍平、第13代陸上幕僚長の高品武彦、第32代陸上幕僚長の火箱芳文など錚々たる幹部を排出しているが、岡本も、今後の異動には要注目の陸自幹部の一人になるだろう。

なお岡本は、第3普通科連隊長を務めているが、職種は機甲科である。

機甲師団である第7師団では、普通科連隊も機械化された歩兵連隊であり、機甲科とともに完全に協働して動くことから、機甲科幹部が普通科の、もしくは普通科幹部が機甲科の指揮官になる交差配置は珍しくない。

しかし第3普通科連隊は第2師団隷下の普通科連隊だ。

あるいは第2師団も、その隷下にある第2戦車連隊が非常に充実した戦力を擁していることもあり、機甲科と普通科の協働を経験させるために、岡本にこのポストを用意したのではないだろうか。

なお余談だが、あくまでも2017年12月の段階でだが、第2戦車連隊は74式戦車、90式戦車、10式戦車の3世代が全て同居する、我が国唯一の戦車部隊だ。

そのため、上富良野駐屯地で行われるイベントに足を運べば、1フレームに3世代を全て収めるという、日本でここだけの写真を撮れるチャンスが有るかもしれない。

ぜひ、足を運んで欲しい。

その岡本が2017年12月現在で駐屯地司令を務める名寄は、岡本にとって2度目の駐屯地司令のポストとなる。

防衛大学校卒業以来、北海道での勤務を熱望していた岡本だが、その初めての北海道で第3普連を任されたのは大きな栄誉であろう。

なお岡本が初めて駐屯地司令に補職されたのは、平成23年3月の出雲駐屯地司令(兼ねて第13偵察隊長)。

東日本震災発生のまさにその時であり、震災発生時、岡本は陸幕防衛部の装備係長であったことから東京の官舎で異動の準備の真っ最中であった。

初めての駐屯地司令職に備え準備をしていたものの、そんな状況ではない大災害の発生に、岡本は直ちに出雲に赴任すると、その足で隷下150人の部下を連れて被災地入り。

いわき市、南相馬市、そして放射能の影響が強く及ぶ浪江町にも入り、最前線で3ヶ月間、瓦礫をかき分け泥に潜り、生存者を救出し負傷者を救助し続けた。

後日講演会で岡本は、指揮官自ら陣頭に立ち危険地域で災害派遣活動に当たったことを聴衆から「感動しました」と声を掛けられる事があったが、その際に「私の方こそ、部下の精強さに感動しました」と返したそうだ。

そのような経緯もあって、名寄で再び一線部隊の指揮を執ることになった岡本。

名寄駐屯地司令にあっては、地域住民との交流会で落語「寿限無」を披露するなど、ユニークで親しみやすい一面も持ち合わせている。

陸自高級幹部の落語とはどういうものなのか、非常に興味があるところだ。

エリート自衛官でありながら常に最前線に立ち、また人としての魅力に溢れる岡本だが、その岡本は37期の卒業生。

37期と言えば、2018年夏の将官人事で、1選抜で陸将補に昇るものが現れ始める世代である。

まさにこれから、現場指揮官としてさらに厚みを増していくもの。

将官に昇り全軍を俯瞰するもの。

その2つのルートに別れていくことになる年次だが、いずれにせよ、我が国の国防の中心世代になっていくという事実に変わりはない。

岡本については、1等陸佐に昇ったのが1選抜から半年遅れの平成24年7月であったために、あるいは1選抜での陸将補昇任は無いのかもしれない。

しかしながら、今後10年に渡り、陸上自衛隊を率いていく最高幹部に昇ることは、いずれ間違いないであろう。

これだけのキャリアを持ち、また実績を挙げ続けてきた岡本である。

若手幹部から最高幹部になりつつある世代を代表する1等陸佐として、その活躍には要注目だ。

テニス、ゴルフ、スキーと多彩な趣味を持っている岡本だが、当分の間、余暇を楽しめるほど自衛隊と国民は、岡本を暇にはさせてくれないだろう。

◆岡本宗典(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
5年3月 防衛大学校卒業(横須賀)
5年10月 第8戦車大隊 第1中隊(中隊付)(玖珠)
6年3月 第8戦車大隊 第1中隊(戦車小隊長)(玖珠)
10年3月 偵察教導隊(斥候班長)(富士)
11年8月 偵察教導隊(小隊長)(富士)
13年8月 幹部学校付(第47期指揮幕僚課程)(目黒)
15年8月 富士学校機甲科部(研究課研究員)(富士)
17年8月 東北方面総監部防衛部防衛課(運用(防衛)幹部)(仙台)
19年3月 陸上幕僚監部運用支援・情報部情報課総合情報班(情報計画担当)(市ヶ谷)
19年8月 陸上幕僚監部運用支援・情報部情報課総合情報班(中期見積担当)(市ヶ谷)
21年3月 陸上幕僚監部防衛部情報通信・研究課研究班(装備係)(市ヶ谷)
22年1月 陸上幕僚監部防衛部情報通信・研究課研究班(装備係長)(市ヶ谷)
23年3月 第13偵察隊長兼ねて出雲駐屯地司令(出雲)
24年7月 1等陸佐
24年8月 陸上自衛隊幹部学校付(学生 第64期幹部高級課程・第14期高級課程)(目黒)
25年8月 陸上自衛隊富士学校主任教官(機甲科部教育課戦術班長)(富士)
27年8月 第3普通科連隊長兼ねて名寄駐屯地司令(名寄)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 名寄駐屯地公式Webサイト(演習写真及び司令紹介画像)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/unit/butai/3i/activity/Activity.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/unit/butai/3i/commander/commander.html

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