南雲憲一郎(航空幕僚監部防衛部長・空将補)|第33期・航空自衛隊

南雲憲一郎(なぐも・けんいちろう)は昭和40年10月2日生まれ、山形県出身の航空自衛官。

防衛大学校第33期の卒業で幹候79期、出身職種は飛行であり、F-15戦闘機パイロットだ。

平成30年8月(2018年8月) 航空幕僚監部防衛部長・空将補

前職は中部航空方面隊副司令官であった。

(画像提供:航空自衛隊小松基地公式Webサイト

2019年2月現在、航空幕僚監部の防衛部長にある南雲だ。

防衛畑は班長、課長、部長いずれのポストもエリートが歩む指定席とされている要職だが、その部長職を務めているということになる。

ところでやはり、インパクトが大きいのは日本海軍ファンなら誰でも気になる、そのお名前ではないだろうか。

日本海軍で第一航空艦隊司令長官を務め、真珠湾攻撃を指揮した南雲忠一の子孫を思わせる、南雲憲一郎というお名前である。

この点について、インターネット上には、その南雲忠一の孫や子孫と断言するブログなども存在するが、根拠まで書いているものは2019年2月現在で見当たらない。

また本人がそれを語った一次資料はなく、当然の事ながら防衛省の発表もない。

おそらく南雲忠一と同じ山形出身であり、名前が似ていることからそのように推測されたものと思われるが、それだけでは根拠は薄いのではないだろうか。

実は「南雲」姓は、山形県のお隣、新潟県ではかなりありふれた名字だからだ。

南魚沼や十日町には1000人を越える「南雲さん」がいる。

山形県にも一定数の南雲家があるため、苗字の一致だけでは、どうしても推測の根拠が薄そうだ(毛根もかなり薄い・・・)。

※現役自衛官の方からお聞きした情報です。南雲空将補は南雲中将のお孫様とのことです。追記させて頂きます。

水雷屋でありながら機動部隊の指揮官となり、戦史の上では厳しい評価を受けている南雲忠一。

一方で、戦闘機パイロットであり飛行部隊のエキスパートである南雲憲一郎。

同じ提督(将官)でありながら全く異なるキャリアを歩んだこの二人だが、あるいは直系ではなくても縁戚にあたる可能性、という意味では同じ山形でもあり、あるのかも知れない。

いずれにせよ、同じ志を持ち、海を愛し空を愛する、防人としての熱い血が流れていることだけは間違い無さそうだ。

なおその南雲に関するエピソードを一つ、ご紹介したい。

2014年9月20日、第6航空団司令(小松基地司令)時代の話だが、この日小松基地は、前代未聞のハプニングに見舞われる。

当日は、周辺住民のみならず自衛隊ファンが心から待ち望んでいた小松基地航空祭2014。

オープニングフライトから盛大に始まった航空祭は、F-15の編隊飛行、F-2の展示飛行など午前中の行事を全て予定通り終えた、その直後の11時50分のことだった。

2機のF-15戦闘機が実弾を翼下に搭載し、予定にない突然の発進を見せたのである。

そしてその直後、場内でアナウンスがあり、国籍不明機が領空侵犯コースで我が国に接近していることからホットスクランブルに出動したと、来場者に告知された。

航空祭の最中に起きたホットスクランブルであり、観客のほとんどはこの放送もフェイクで、大サービスのサプライズイベントと思って大喜びしたそうだが、正真正銘の緊急出動であった。

領空侵犯の可能性が高い航空機に対するスクランブルであったわけだが、華やかで楽しいお祭りの最中でも、我が国の国防の最前線ではどのような事が起きているのか。

実弾を搭載して空に上っていったF-15の勇姿を見て、戦闘機パイロットの気合と厳しさを感じ取ったファンも多かった出来事となったようだ。

では、そんな数々のエピソードと、多くのファンを持つ南雲とはこれまで、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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コメント

  1. のりまき より:

    南雲空将補の祖父が南雲忠一大将だったんですね。ちなみに南雲大将は海兵36期・海大18期の卒業になっていますが、この2つとも同期なのが自衛隊最高指揮官である安倍首相の大伯父で佐藤3兄弟の長兄である佐藤市郎海軍中将であることはあまりと言うかほとんど語られていないのが現状です(しかも佐藤中将は海兵・海大ともに首席卒業なのに)。

    • ytamon より:

      のりまきさん!
      お返事遅くなり失礼しました。
      ( ´゚д゚`)エー
      佐藤市郎・海軍中将が安倍首相の大伯父だったなんて・・・全く知りませんでした!
      いつもすごい情報をありがとうございます!