壁村正照(かべむら・まさてる)|第30期・陸上自衛隊

壁村正照は大分県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第30期の卒業で幹候67期、職種は野戦特科だ。

生年月日は判明しないが、防衛大学校第30期は、ストレートであれば昭和38年度の生まれということになる。

平成28年7月(2016年7月) 第32代西部方面特科隊長兼湯布院駐屯地司令・1等陸佐

前職は東北方面総監部情報部長であった。

2018年5月現在、西部方面特科隊長を務める壁村だ。

西部方面特科隊は、西部方面隊直轄の特科部隊であり、西日本で唯一、地対艦ミサイル連隊が配備されてる部隊でもある(2018年5月現在)。

言うまでもないことだが、現在の国防の最前線は西方にシフトして久しい。

とりわけ、尖閣諸島を始めとした我が国の離島防衛は喫緊の課題であり、陸自の野戦特科隊が果すべき役割は極めて重要だ。

その中でも、この第5地対艦ミサイル連隊とその主要武装である12式地対艦誘導弾は極めて大きな威力を誇る。

この装備は、自衛隊の公式発表では「射程距離150km以上」とトボけたスペックにしているが、その実射程能力は88式誘導弾の射程距離である200kmを越えていることは確実で、おそらく300km近くに達するはずだ。

この距離が意味するものは、宮古島や石垣島に新設が予定されている陸自の駐屯地にこれらミサイル部隊が配備されれば、尖閣諸島周辺を広くカバーする有効な防衛体制が確立されることを意味する。

また、沖縄本島と南西の各島嶼に配備することで、中国人民解放軍の軍事行動を、第1列島線の中に封じ込めるほどのインパクトがある実力部隊であり、装備だ。

このあたりの話は、

【コラム】「市民団体」が陸上自衛隊の沖縄新基地に反対する本当の理由とは

で詳述しているのでここでは割愛するが、いずれにせよ壁村が率いる西方の野戦特科部隊はこれほどまでに極めて重要な役割が期待されている部隊ということである。

今後、沖縄新基地の建設が進むと、北海道に所在する第1~第3、それに東北に所在する第4地対艦ミサイル連隊も、南西シフトが検討されることは必須だ。

あるいは、過去の誤った防衛政策で廃止の憂き目を見た第6地対艦ミサイル連隊の”屈辱”を晴らし、新たなミサイル部隊が新編される可能性も0ではないだろう。

それほどまでにこの装備は、有効な上に費用対効果が高く、また機動展開の上でも有利で、あらゆる意味で増強すべき部隊だ。

その成否は、ある意味で壁村の活躍にかかっている。

さて次に、その壁村のキャリアについて見てみたい。

壁村が陸上自衛隊に入隊したのは昭和61年3月。

以降特科部隊一筋でキャリアを積み上げるが、平成23年3月、あの東日本大震災の際には第6特科連隊長、すなわち福島県の郡山駐屯地司令として国難に遭遇する。

その際の迅速な災派と献身的な活動に多くの言葉は必要ないであろう、部隊と共に非常な活躍を見せるが、これが一つの契機となり、平成25年9月から務めた研究本部主任研究官のポストでは、南海東南海巨大地震対策の責任者を経験。

日米調整の合同訓練においては調整所長を務め、米軍との緊密な協力関係を確認した。

そんな壁村だが、そのキャリアの中で一際目立つのが、平成17年6月から3年余り務めたフィンランド防衛駐在官だろうか。

フィンランドは第二次世界大戦前後のタイミングで、ソ連から2度に渡り一方的な侵略を仕掛けられ、様々な政治情勢の中で連合国の支援を受けることができず、一時は国家が滅亡することが確実視されていたほどであった。

しかしながらこの北欧の小国は、国土の地形と自然環境を巧みに味方につけ、各地で次々にソ連軍を撃破。

歩兵戦力で4倍、戦車勢力で200倍、航空機勢力で30倍を超えるソ連を相手に思わぬ善戦を見せ、その死傷者数はフィンランド側10万人対しソ連側は少なくとも50万人以上と見積もられているなど(冬戦争、継続戦争の合計)、極めて粘り強い抵抗を見せる。

この戦争の結果、フィンランドは国土の一部を割譲させられソ連に奪われたものの、驚異的な抵抗を見せたことで国家としての独立を守ることができ、ソ連はついに戦争目的の達成を断念し撤退。

無抵抗でソ連の進駐を受け入れたバルト三国がソ連に吸収され、ソビエト連邦の一部とされたことと対照的な結果になった。

多大な犠牲を払ってでも戦い独立を守るべきなのか。

力には無条件で従い国家を失う方がマシなのか、といった比較でよく引き合いに出される戦争だが、そんなフィンランドに壁村は、防衛駐在官として赴いた経験を持つ。

おそらく、圧倒的に強大な敵と対峙した時の小国の戦い方や情報収集の在り方、組織の維持や国民保護の在り方と言った考え方について、大きな収穫があったのではないだろうか。

非常に充実したキャリアと、今、我が国に必要な様々な知見を積み上げ、西部方面特科隊を率いる壁村だ。

30期組は、2020年代前半にかけて我が国の安全保障環境の中でもっとも重要な役割と果たして行く世代であり、その活躍は我が国の平和と安全に直結すると言ってもよいだろう。

今後も壁村の動向には注目し、そして応援していきたい。

本記事は当初2017年8月3日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年5月7日に整理し、改めて公開した。

◆壁村正照(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
61年3月 陸上自衛隊入隊(第30期)
61年10月 第11特科連隊第1大隊(滝川)
63年10月 通信学校付(久里浜)

平成
3年8月 装備開発実験隊(富士)
5年8月 幹部学校学生(市ヶ谷)
7年8月 北部方面総監部調査部(札幌)
9年8月 陸上幕僚監部調査部調査課(桧町)
13年8月 第6特科連隊第1大隊長(郡山)
15年3月 陸上幕僚監部調査部調査課(市ヶ谷)
16年3月 研究本部総合研究部(朝霞)
16年8月 陸上幕僚監部調査部付(市ヶ谷)
17年6月 外務事務官(フィンランド)
20年8月 北部方面総監部調査部調査課長(札幌)
21年12月 第6特科連隊長兼郡山駐屯地司令(郡山)
23年8月 自衛隊群馬地方協力本部長(群馬)
25年9月 研究本部主任研究官(朝霞)
26年12月 東北方面総監部情報部長(仙台)
28年7月 西部方面特科隊長兼ねて湯布院駐屯地司令(湯布院)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 湯布院駐屯地公式Webサイト(着任式写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/wae/yufuin/shirei.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/wae/yufuin/sintyakurityakunin.html

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