澤村満称子(さわむら・みなこ)|第38期相当・陸上自衛隊

澤村満称子(沢村満称子)は昭和46年10月3日生まれの陸上自衛官。

防衛大学校第38期相当で幹候75期、名古屋に所在する南山大学仏文学科卒業で職種は需品科だ。

平成29年8月(2017年8月) 第15代第6後方支援連隊長・1等陸佐

前職は陸上幕僚監部装備計画部装備計画課勤務であった。

なお、第6後方支援連隊長としての指導方針は以下の通り。

【要望事項】

「使命を自覚せよ」
「技術を練磨し、自分の仕事に誇りをもて」
「あくなき執念を持ち物事にあたれ」

澤村本人は恐らく余り好きではない呼ばれ方かも知れないが、澤村は、陸上自衛隊初となった女性連隊長である。

女性の活躍と併せ、女性自衛官の登用が我が国にとって喫緊の課題である2017年現在の状況において非常に大きな歴史的一歩を記し、偉業を成し遂げた高級幹部と言って良いだろう。

その仕事ぶりは非常に意義深く、今後長きに渡り歴史に残る自衛官になるはずだ。

その澤村は、昭和46年生まれ(1971年生まれ)の第38期相当で、名古屋市に所在する南山大学仏文学部の卒業だ。

そのため、1992年(平成4年、第40期相当)から女性の入学が認められた防衛大学校出身者ではなく、女性1期生の2年先輩にあたる。

元々は外交官を志していたのだが、恩師から、「外交と軍事は表裏一体の関係である」と諭され、一転して自衛官を決意。

幹部候補生採用試験に合格し、陸上自衛隊に入隊した経緯を持つ。

まだ女性の幹部自衛官という存在が極めて珍しい時代であり、防衛大学校に女性が存在していない時代に幹部となり、フロンティアとなった澤村の功績は極めて大きい。

なお、2017年12月現在で澤村が補職されている第6後方支援連隊だが、この部隊の仕事は文字通り後方支援。

糧食や燃料、需品器材や被服の補給、整備及び回収、給水、入浴洗濯等などを行うが、我々一般国民にとっては、被災地で展開する野外用の風呂を設営している部隊といえば、もっとも馴染み深いのではないだろうか。

軍事組織におけるもっと大事な要素の一つである兵站は当然として、戦いの場で組織が組織として機能するための、あらゆることを行う極めて重要な部隊である。

特に陸上自衛隊では、大日本帝国陸軍がこの兵站を失ったことで国を失う大きな原因を招いたという反省から、兵站や輸送という考え方を非常に重視している。

そういった意味では、澤村に掛かる自衛隊内外の期待の大きさは、女性自衛官ということは全く関係なく、極めて大きなものであることは疑いようがない。

次に、やはりどうしても気になるのは女性自衛官の活躍という視点だ。

2017年12月現在、自衛隊の女性将官(将補・将)は陸海空を通じてもわずか1名。

海上自衛隊の海将補で、統合幕僚監部首席後方補給官の要職を務める近藤奈津枝(35期相当)のみであり、そのハードルは極めて高い。

果たして澤村は陸将補に昇ることができるのか。

もし実現すれば、陸上自衛隊では過去、営門将補を含めてたったの一人も女性将官が誕生していないことを考えると、女性初の連隊長という記録に加え、更に大きな偉業を達成することになる。

ちなみに営門将補とは、1等陸佐にある者の退役が決まり、退役の日に1階級「特進」し、将補に昇ることを言う。

財務省に怒られてしまい今では廃止された制度だが、かつてはこの制度で「名誉将官」に昇るものが多くいた。

そしてこの制度が運用されていた時代にあっても、女性将官が誕生していないという事実を考えると、女性が将官に昇るには極めて大きな壁が存在する事がおわかり頂けるのではないだろうか。

話を元に戻す。

澤村が陸将補に昇る可能性についてだが、可能性としては0ではない。

自衛隊幹部にとって最難関の試験であるCGS(Command and General Staff Course)に合格・修了をしており、なおかつ米国留学経験もあるなど、エリート自衛官として申し分のないキャリアを重ねているからだ。

なおこのCGSは、戦前で言うところの陸軍大学校に相当する教育課程である。

合格・卒業できるのは極めて限られたスーパーエリートのみであり、その修了者は、よほど深刻な服務事故でも起こさない限り、1佐(三)までは出世できる出世のパスポートとなる。

しかし、女性初の陸将補となると、澤村のキャリアをもってしても相当難しいものがあるかもしれない。

それは決して性別の問題ではなく、昇任速度についての観点だ。

澤村が1等陸佐に昇ったのは2015年1月。

38期組の1選抜1等陸佐は2013年1月の昇任なので、1選抜から2年遅れということになる。

となると、陸自における将官昇任レースにおいては遅れを取っていると見るのが自然だ。

そして、防衛大学校女性1期生である第40期の女性幹部は、澤村の2期後でありながら、同じ2015年1月に1選抜で1等陸佐に昇ったものが出ている。

手元の資料で確認できるのは弥頭陽子(やとう・ようこ)(第40期)。

他にも存在するのかは定かではないが、少なくとも、1選抜で出世を続けている女性幹部がいることから、最初に陸将補に昇る女性は、弥頭を始めとした40期組(女性第1期)の女性幹部となる可能性が高いのではないだろうか。

なお弥頭については、その詳細な経歴は明らかではないものの、防衛白書のアーカイブで画像を発掘することができた。

上記の画像だが、優秀な幹部自衛官らしく、理知的な意志の強さを感じさせる美しい才媛だ。

あるいは2021年に、本当に1選抜で女性初の陸将補に昇ってしまうかもしれない、歴史を作る可能性がある女性である。

ぜひ、弥頭陽子の活躍にも併せて注目して欲しい。

いずれにせよ、後進である女性の活躍は、澤村を始めとした数々の偉大な先輩が成し遂げ、切り拓いてきた歴史の結果である。

万が一、澤村が女性初の陸将補という名誉を得ることがないとしても、我が国の国防に対し果たした大いなる貢献、大いなる成果は全く色褪せるものではない。

ぜひ一人でも多くの国民に、このように優秀な女性自衛官が活躍していることを知ってほしい。

そして応援をしてもらえれば、こんなサイトを運営しているものとして嬉しく思う。

本記事は当初2017年8月5日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年12月8日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年8月に公開した当時のものをそのまま残している。

澤村が指揮を執る第6後方支援連隊は第6師団直轄の部隊であり、連隊本部、整備大隊、補給隊、輸送隊、衛生隊から構成される。

第6師団隷下のあらゆる兵科の後方支援を担い、戦車回収車や重レッカーの運用なども行うな、師団運営に無くてはならない部門だ。

また災害派遣時には、野外炊具を運用し被災者に温かい食事を提供し、野外入浴セットで温かい風呂を振る舞い、時には野外手術システムを展開し重傷者の生命も救う。

もちろん過去、我が国で発生した大規模災害にはすべて災派されており、阪神大震災から東日本大震災、近年では熊本地震や九州北部豪雨など、そのすべての災害現場に、第6後方支援連隊の姿があった。

絶望的な大規模災害の中、無力に立ち尽くす被災者たちにとって、この強くて心優しい防人たちの姿がどれほど心強く映ったであろうか。

澤村が与えられた任務は、そのような伝統がある第6後方支援の連隊長という重責であり、陸自だけでなく国民の期待も極めて大きなポストである。

女性初の陸将補誕生の可能性ということで今後注目されるかも知れないが、さらに上のステージを目指して活躍することを期待したい。

◆澤村満称子(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
6年3月 陸上自衛隊入隊(第38期相当)
13年3月 関西補給処
16年8月 幹部学校付第50期指揮幕僚課程
18年8月 福岡地本
19年8月 陸上幕僚監部人事部人事計画課
22年3月 幹部学校
23年8月 第4後方支援連隊補給隊長
25年3月 陸上幕僚監部装備部需品課
26年8月 幹部学校(防衛研究所一般課程)
27年1月 1等陸佐
27年6月 陸上幕僚監部装備部需品課
27年8月 陸上幕僚監部装備部需品課総括班長
27年10月 陸上幕僚監部装備部装備計画課
29年8月 第6後方支援連隊長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第6後方支援連隊公式Webサイト(顔写真及び活動記録)

http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/6d/unit_hp/6log_hp/rco.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/6d/unit_hp/6log_hp/activity/h29.8.1_rco.tyakuninn.html

防衛省 防衛白書2012公式Webサイト(弥頭2佐:当時)

http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2012/2012/html/nc3340.html

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コメント

  1. 中野 一雄 より:

    澤村さんの新聞記事(読売・朝刊8月21日付)を拝読させていただきました。南山大学・仏文科の先輩として頼もしく思います。これからも大いに頑張って下さい。陰ながら応援しています。

    • ytamon より:

      中野様

      コメントありがとうございました。
      澤村1佐については防衛省発表の一次ソースが少ないので、大変助かります。
      明日、読売新聞販売所に行き、今朝の朝刊を頂いて来て、出身大学などの情報を補完しようと思います。
      情報提供に感謝します。

      本当にありがとうございました。
      ytamon(管理人)

  2. より:

    余談ですが澤村1佐は昔レースクイーンだったそうです
    4後支からの情報です

    • ytamon より:

      原様
      はじめまして、書き込みありがとうございます。
      凄いネタですね!おそらく学生時代のお話だと思いますが以外な経歴でした。
      今でも美しい連隊長ですから、学生時代はもっと美しかったのでしょうね・・・。

  3. 恨みは忘れない。 より:

    26年8月、第4後方支援連隊補給隊長だったこの方は、管理不行き届きにより、野外浄水器のカードリッジを1000万ほど破損させた。問題は、この方を守る為、陸幕以下が、弁償をもみ消した事実があること。

    • ytamon より:

      管理人です。
      26年8月では既に澤村1佐は、陸幕装備部需品課か、幹部学校の学生であった時期で、4後支補給隊長ではないはずです。
      事実であれば可能な限りコメントを削除せずに残したいと思いますが、誹謗中傷であればいろいろややこしい話になります。
      間違いのないお話ですか?

  4. のりまき より:

    主要経歴に訂正をお願いします。防衛省の人事発令によると27年6月は陸上幕僚監部装備部需品課で27年8月に陸上幕僚監部装備部需品課総括班長になっていました。まあ、防衛研究所一般課程の学生修了して需品課勤務から2ヶ月で総括班長に変わっているのであえて省略していると思われますので、経歴に興味ある人は参考にしてみてはどうでしょうか?

    • ytamon より:

      こちら、私の方でも人事記録に当たりましたが、おっしゃる通りでしたので、訂正しておきました!
      おそらくおっしゃるように、班長昇任含みでの配置だったので、省略されたのでしょうね。
      ありがとうございます!