長島純(ながしま・じゅん)|第29期・航空自衛隊

長島純は昭和35年9月30日生まれ、東京都出身の航空自衛官。

防衛大学校第29期の卒業で専攻は国際関係学、幹候は75期の卒業だ。

平成28年12月 第46代航空自衛隊幹部学校長兼ねて航空自衛隊目黒基地司令・空将

前職は航空教育集団司令部幕僚長であった。

2018年1月現在、航空自衛隊幹部学校長を務める長島だ。

航空自衛隊のみならず、自衛隊を代表する知将と言ってもよいキャリアを誇り、国防政策に関する見識は他の追随を全く許さない。

29期組の空将ということで、普通に考えれば極めて近い将来の航空幕僚長候補の一人と見做されてもおかしくはないのだが、長島の場合、全軍を統括する役割というよりも、その深い知識と見識を評価され空将に昇ったキャリアと言って良いのではないだろうか。

そのため、29期組の空将でありながら、航空幕僚長候補として検討される動きは無いものと予想している。

その長島のキャリアと昇任について少し詳しく見てみたい。

航空自衛隊に入隊したのが昭和60年3月であり、1等空佐に昇ったのが平成16年1月、空将補に昇ったのが22年7月なので、共に29期組の1選抜(1番乗り)だ。

空将に昇ったのは28年12月であったので、同期1選抜に比べ5ヶ月遅れだったが、問題にならないほどに超が付くスーパーエリートであり、スピード昇任で空将まで駆け上がってきた自衛官人生であった。

なお2018年1月現在、長島と同じ29期には以下の空将たちがあり、国防の中心において重責を担っている。

城殿保(第29期)・北部航空方面隊司令官(2016年7月)

三谷直人(第29期)・補給本部長(2016年7月)

増子豊(第29期)・統合幕僚監部運用部長(2016年12月)

長島純(第29期)・航空自衛隊幹部学校長(2016年12月)

井上浩秀(第29期相当)・航空開発実験集団司令官(2017年12月)

※肩書は2018年1月現在。( )内は空将昇任時期。

以上のような状況だが、その補職やキャリアから考えて、おそらく29期組の航空幕僚長候補は、城殿と増子で争われることになるのではないだろうか。

中でも城殿のキャリアは特に群を抜いており、次期航空幕僚長の候補として、既に検討が為されていると思われる。

長島のキャリアについて話を戻す。

長島のキャリアの中で特筆するべきものは、やはり2013年からの内閣官房出向(危機管理・国家安全保障局)であろう。

内閣官房で危機管理担当の審議官に自衛隊の制服組が選ばれたのは、長島が史上初めてのことであった。

また長島はこの時、いわゆる日本版NSC(国家安全保障会議)創設の実質的な責任者にもあたっており、戦後初めて、武官が堂々と首相官邸に詰めて総理大臣の補佐役を務めたキャリアを持つ。

日本版NSCは、前身の安全保障会議を更に発展させ、我が国の存立危機事態や武力攻撃事態など、国家の安全保障に重大な危機が生じた際に国家としての意思決定を下す時に招集される重要な機関だ。

第2次安倍政権の重要政策として推進された組織であり、構想の立案から立ち上げまで、制服組の専門家してこの大仕事をやり遂げた長島の功績は極めて大きい。

安倍内閣の長島に対する信頼の厚さ、長島の群を抜いた見識の高さが窺えるキャリアであり、あるいは長島にとっても、もっとも印象深い仕事の一つになったのではないだろうか。

なお、長島の知見と国際感覚がなぜこれほどまでに群を抜いており、我が国の国防政策における実質的な責任者を担うまでになったのか。

その大きな経験の一つになったのは、やはり平成16年6月から3年間務めた、ベルギー防衛駐在官のキャリアであることは疑いがない。

このベルギーという国で防衛駐在官になるという意味は、単に日本とベルギーの2国間の外交を担うという事を意味していない。

ベルギーにはNATOとEUの本部が設置されており、実は欧州のみならず、世界の安全保障の拠点として位置づけられてる要衝にあたる。

東はドイツ、西はフランスに接し、海を挟んだ北隣にはイギリスに面しているという地理条件から、古くから欧州の強国に蹂躙・支配され続けた歴史を持っており、1830年に独立を果たしてからは、世界の軍事・外交の中心として機能することになり、現在に至る。

そのため、ベルギー駐在の外交官の数は、実はニューヨークを抜いて世界一多いとも言われており、この地で軍事外交にあたることは制服組自衛官にとって最大の栄誉の一つだ。

逆に言うと、この極めて重要な任務にあたる者は、その仕事ぶりが我が国の安全保障に直結する大きな責任を持つことになると言って良いだろう。

帰国後は、国際情勢の分析を行う情報本部運用担当情報官に補職されるなど、一貫して軍事外交の舞台にあるエキスパートとしてキャリアを積んだ。

そして、その結果として2013年からの日本版NSCの創設を担うわけだが、長島のキャリアを考えると極めて妥当な人選であったといえるだろう。

そういった意味において、全軍を俯瞰するポジションというよりも、正確な情報を元にした的確で現実的な防衛政策の担い手であり、その能力の高さを評価されてのスピード昇任を果たした自衛官人生であった。

29期であり、退役するにはまだ少し間があるので、あるいは後職では情報本部長クラスの要職に抜擢されることもあるのではないだろうか。

ある意味において、自衛隊における異色の存在である長島であり、そのキャリアだ。

今後の活躍も楽しみに注目し、応援して行きたい。

本記事は当初2017年8月7日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年2月1日に整理し、改めて公開した。

◆長島純(航空自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 防衛大学校卒業(第29期)
60年9月 第5高射群(那覇)
63年3月 第1高射群付(入間)

平成
3年4月 中部航空方面隊司令部(入間)
4年8月 航空幕僚監部調査部調査第2課(桧町)
6年8月 幹部学校付(目黒)
7年8月 防衛局(桧町)
8年1月 3等空佐
10年4月 航空幕僚監部防衛課(桧町)
11年7月 2等空佐
13年9月 航空中央業務隊付(市ヶ谷)
16年1月 1等空佐
16年6月 ベルギー防衛駐在官(ベルギー)
19年7月 航空幕僚監部防衛調整官(市ヶ谷)
20年12月 航空幕僚監部装備体系課長(市ヶ谷)
22年7月 統合幕僚監部首席後方補給官(市ヶ谷) 空将補
23年12月 情報本部運用担当情報官(市ヶ谷)
25年8月 航空幕僚監部防衛部長・内閣官房出向(危機管理・国家安全保障局)(市ヶ谷)
27年8月 航空教育集団司令部幕僚長(浜松)
28年12月 航空自衛隊幹部学校長兼ねて航空自衛隊目黒基地司令(目黒) 空将

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 航空自衛隊幹部学校公式Webサイト(顔写真及び行事写真)

http://www.mod.go.jp/asdf/meguro/kichisireisyoukai/kichisireisyoukai-index.html

http://www.mod.go.jp/asdf/meguro/katudoujyoukyou/katudoujyoukyou-index.html

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