岩谷要(いわや・かなめ)|第28期・教育訓練研究本部長

岩谷要(いわや・かなめ)は昭和36年3月20日生まれ、青森県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第28期の卒業で幹候65期、出身職種は施設科だ。

平成30年3月(2018年3月) 初代となる教育訓練研究本部長・陸将

前職は第4師団長であった。

なお、第4師団長であった時の指導方針は以下の通り。

【要望事項】

「原点への回帰と変化への対応」

「地域等との連携」

(画像提供:陸上自衛隊第4師団公式Webサイト

2019年6月現在、初代となる教育訓練研究本部長を務める岩谷だ。

教育訓練研究本部は2018年3月、陸自大改革の一環で新設された組織であり、従来の陸上自衛隊研究本部に、陸上自衛隊幹部学校の機能を統合させて生まれた組織である。

その統合の目的とするところは、「研究と教育の統合」にある。

すなわち、これまでは研究本部における各種研究課題の成果は、ダイレクトに教育の現場に反映されること無く、いわば研究のための研究に終わってしまうきらいがあった。

しかし研究本部と、その研究の果実を直ちに吸収する必要がある陸自の幹部教育が一つの組織となったことで、研究と教育が即時的に一体化し、タイムリーに幹部教育へと活かされることになった。

この組織改編は極めて有意義であり、研究の本質的な目的を100%活かすことができる「陸自大改革」の名にふさわしい再編であったと言えるだろう。

「陸上自衛隊幹部学校」の名前が失われたことは正直寂しい気がするが、名より実を取るという意味では、特筆するべき組織が生まれたと言ってよいのではないだろうか。

さて、その初代となる教育訓練研究本部長に着任した、岩谷である。

初代の指揮官というものはどんな組織でもそうだが、その性質を方向づけて、組織文化に大きな影響を残す。

それほどの大仕事を任された岩谷だが、実は間もなくとなる2019年夏の将官人事で、現職を最後に退役するだろう。

先日から予告させて頂いているように、陸上自衛隊28期組最高幹部の、最後のご紹介の一環である。

岩谷は、その4番目のご紹介だ。

誇りある陸将の最後のご紹介記事を書くにあたり、そのキャリアや現職から思いつくこと、書きたいことはいくらでも溢れてくるが、やはり最後は、この岩谷が自衛官生活の総仕上げに任された現職について、もう少し深掘りしたいと考えている。

繰り返しになるが、教育訓練研究本部とは陸自の最高幹部を育てる教育と、陸自が追求する各種研究テーマを融合させた組織である。

その役割は極めて大きく、戦前で言えば陸軍三長官と言われた陸軍大臣・参謀総長・教育総監のうち、教育総監に相当するポストと言ってよいだろう。

「日本騎兵の父」と呼ばれ、日露戦争では日本の奇跡の勝利に貢献し、「坂の上の雲」で広く世に知られた秋山好古・日本陸軍大将が最後に任された要職だ。

戦後70余年の時間が経ち、ようやく本来のあり姿を取り戻したと言ってもよい組織で、最初の指揮官を任されたのが岩谷である。

率直に言って、これほどの重責を担う組織でありながら指定職は3号と、やや納得が行かない格付けになっている。

航空自衛隊で同様の職務を担う航空教育集団司令官が5号であることを考えると、ますます不思議な気がするが、それは陸海空の組織文化と編成の違いというものだろうか。

いずれにせよ管理人は、やがてこの教育訓練研究本部長は、「陸上幕僚長直前ポスト」の一つとして運用されるであろう、極めて重い職責になるものと予測している。

なぜなら組織において、将来研究と教育、すなわち環境への適応に全責任を担うポストとは組織の生存を任されたことと同意義であり、我が国の生存を任されたことに等しいからだ。

いずれこのポストは、陸上幕僚長直前ポストの一つになるか、あるいはその任に昇るものの必須ルートの一つとなるだろう。

岩谷が任された任務とは、それほどまでに重い仕事であった。

ぜひ、決して目立つことの無いこの組織とポストには、そういった意味でも注目して欲しいと願っている。

では、それほどまでに重い任務を最後に任された岩谷とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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