勝井省二(かつい・しょうじ)|第30期相当・陸上自衛隊

勝井省二は昭和37年1月27日生まれ、埼玉県出身の陸上自衛官。

関西大学法学部の卒業で、陸上自衛隊へは昭和61年の入隊なので第30期相当になるが、昭和36年度の生まれであればストレートに行けば第28期にあたる年令になる。

職種は警務科。

平成29年8月(2017年8月) 陸上自衛隊小平学校副校長・陸将補

前職は自衛隊熊本地方協力本部長であった。

平成29年8月に陸将補に昇進し、小平学校の副校長に就任した勝井であるが、小平学校は2018年3月期に大幅な組織改編を控えており、極めて重要な時期に副校長の要職に就いたことになる。

すなわち、小平学校といえば妙に有名な「スパイ養成学校」という噂の元になっている情報教育部と語学教育部を分離して陸上自衛隊情報学校を新設。

これに伴い小平学校では副校長と企画室長の職を廃止し、副校長と企画室長を兼任させる組織改革が行われることになってる。

小平学校で教える情報教育という職種は、確かに一面において、海外などに赴任し要人とコンタクトを取って情報を得る技術を教える課程も存在すると言われているが、一義的には公開情報の統合的な分析と解釈、そして運用だ。

特定の高級幹部に関する公開情報を例に取ると、最新の人事異動情報だけではその期待される役割がわかりづらい事があるが、過去の勤務歴や実績といった情報と照らし合わせると、どのような意図で人事異動が為されたのか。

意思決定者の人事構想と将来の組織運用の隠れた意図が見えてくることがある。

例えば2017年8月の陸幕長人事では、施設科の山崎幸二(第27期)が選ばれ、同期で同格であった山之上哲郎(第27期)・東北方面総監は陸幕長レースに敗れたものの、退職勧奨を受けずに現職に留まっている。

この際に陸幕長に選ばれる”有資格者”はこの2名しかいない状態で、前陸幕長である岡部俊哉(第25期)が引責辞任に追い込まれたわけだが、一方で陸自には2018年3月に「陸上総隊」という、5つの方面総監以下の実働部隊を束ねる強力な部隊が新設されることになっており、当然この初代司令官に誰を選ぶのか。

それは大きな政治的メッセージとして各国の注目の的になるだろう。

ある意味において、政治的なポジションがメインである陸上幕僚長のポストよりも注目を集めることになるはずだ。

そしてこの2名のうち1名が陸幕長に就任しても、おそらくもう1名は退職勧奨を受けずに陸上総隊初代司令官に就任するだろうという推測が成り立ち、実際に山之上が現職に留まった状況から考え、初代陸上総隊司令官には山之上が就任するとみてまず間違いない状況になったと言えるだろう。

ありていに言って、陸幕長は施設科出身の山崎であっても特段問題はないが、いったん有事が発生した際に全ての戦闘勢力を束ね指揮を執る陸上総隊司令官の職には、施設科出身の山崎では難しいものがあるかもしれない。

少なくとも、初代陸上総隊司令官という政治的メッセージが強いポジションに、いわゆる工兵出身で陣地の設営や破壊、渡河・架橋などを専門とする施設科出身の陸将が就けば、特殊作戦群やCRF(中央即応集団)を隷下に治める実力集団のトップ人事として、かなり穏健に映ることは間違いないだろう。

一方で山之上は普通科の叩き上げであり、第1空挺団長のキャリアもあるなど戦闘集団の用兵が骨髄に染み付いている男だ。

当然、有事にあっては、必要とあれば特殊作戦群やCRFの投入もためらわず、出来得る限りの戦力を集中して敵性勢力の排除を力強く試みるだろう。

少なくとも、山之上のキャリアにはそれだけの迫力があり、敵性勢力にそれだけのメッセージ性を持った人事となる。

小平学校で教えている「情報科」はこのように、公開情報を組み合わせることで様々な事実を見出すことや、一方で情報を組み合わせることでどのような意図を相手に伝えるかを教える役割がメインであり、「陸軍中野学校」の後継という側面はかなり一面的なものだ。

とはいえ、情報を職種化し教育機関として独立させる以上、現在の役割とは異なる任務の付与も十分考えられるだろう。

そうなった時、或いは中野学校の後継者として、陸上自衛隊情報学校が機能する時が来るかもしれない。

一方で気になるのは、半年後の勝井の立場だ。

先に述べた通り、2018年3月で小平学校は組織の再編があり、副校長と企画室長が一本化され、その役職には1等陸佐(一)が補職されることになっている。

陸将補に昇任し、副校長職にある勝井は半年で副校長から異動になることが確実だが、或いは28期相当という年齢を考えると勇退か、あるいは新設され新たにポストが増える陸上総隊に異動となるのか。

併せて注目して追跡してみたい。

その勝井が小平学校副校長に就任する前に就いていたのは自衛隊熊本地方協力本部長。

在任中、熊本を始め九州地方を襲った熊本地震により大きな被害を受けた被災地を目の当たりにし、災派(災害派遣)に向かい、あるいは復興支援の一環として県下の小中高等学校を慰問に周るなど、通常の地本部長の職務以上に多忙を極めた在任期間であった。

その中で、駐屯地には水や食料の備蓄が十分あるにも関わらず、地本には蓄えがなく限界を感じたことや、地本に引かれている固定電話は災害対処用ではなく一般回線で直ちに使いづらくなった問題点などを挙げ、防災拠点としての地本の役割を見直し、改革に着手したことを力強く語っている。

本職は警務であり、いわゆるMP(ミリタリー・ポリス)で世が世なら憲兵として恐れられた勝井だが、その発想は優しく、自衛隊の警務科の立場から国民の命を守り、国防に貢献し続けている。

陸上自衛隊としての任務は総仕上げの段階に入ったが、最後までその活躍に期待して注目したい。

◆勝井省二(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
61年3月 陸上自衛隊入隊

平成
17年 幹部学校幹部高級課程(目黒)
18年 大阪地方協力本部募集課長(大阪)
19年 陸上幕僚監部人事部厚生課家族支援班長(市ヶ谷)
21年 北部方面警務隊長(札幌)
23年 中部方面総監部法務官(伊丹)
24年 陸上幕僚監部総括副法務官(市ヶ谷)
27年 自衛隊熊本地方協力本部長
29年 陸上自衛隊小平学校副校長

◆姓名判断

頭がよく行動力もあり、多方面で活躍するリーダーに多く見られる相だが、一方で頑固で職人的なところを持ち合わせ、協調性の低さから評価をされ辛い人物とみなされることも。

人の話に耳を傾ける度量を持ち、部下への裁量を心掛けることでさらに上のステージに行ける。

上司や部下には恵まれるため、多くの人の助力を得られる仕事人人生になる。

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的とし、軽量化処理やオリジナルからトリミングし切り取って用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 熊本地方協力本部公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/pco/kumamoto/s/s_honbutyo/s_honbutyo.html

防衛省統合幕僚監部 活動状況公式Webサイト(熊本災派写真)

http://www.mod.go.jp/js/Activity/Disaster_relief/2804kumamoto.htm

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