清田安志(きよた・やすし)|第29期・陸上自衛隊

清田安志は昭和37年8月12日生まれ、北海道旭川市出身の陸上自衛官。

防衛大学校第29期卒業(電気工学)で幹候66期、出身職種は航空科だ。

平成29年8月(2017年8月) 第36代第6師団長・陸将。

前職は第12旅団長であった。

なお、第6師団長としての指導方針は以下の通り。

【統 率 方 針】「事態即応」「任務完遂」
【要 望 事 項】「向上心の堅持」「健全性の保持」

29期組きってのイケメン陸将である清田だ。

2017年11月現在の陸上幕僚長は27期の山崎幸二(第27期)であり、早ければ次期陸幕長に着任するものが生まれる世代である。

ただ、陸上自衛隊は幕僚長の若返りがもっとも進んでおり、また28期組には有力な陸上幕僚長候補がひしめいてるので、おそらく次期陸幕長は28期から誕生するだろう。

その後のことは、早くとも3年以上先のことなので予想が困難だが、29期組から誕生する可能性も十分だ。

そしてその場合、候補となるのは以下の陸将たちとなる。

柴田昭市(第29期)・第1師団長

山内大輔(第29期)・陸上自衛隊関東補給処長

清田安志(第29期)・第6師団長

納富 中(第29期)・第9師団長

本松敬史(第29期)・統合幕僚副長

上尾秀樹(第29期)・防衛大学校幹事

高田克樹(第29期)・陸上幕僚副長

(肩書はいずれも2017年11月現在)

ポストの格で言うと、これらのうち、関東補給処長は陸幕長レースに乗っていないとみなされるので、一概には言えない。

清田を含む師団長クラスは、その他のポストよりも格下とされ、実際に統合幕僚副長、防衛大学校幹事、陸上幕僚副長の3つは、師団長を務め上げたものが着任するポストになっている。

その為、まずは本松、上尾、髙田の3名が29期組陸上幕僚長レースの最終出走馬であると言えるだろう。

ただし、28期組の田浦正人(第28期)のように、師団長からこれら役職を飛び越えて、陸上幕僚長1歩手前の北部方面総監に昇ることも十分ありえる人事だ。

まして陸上自衛隊では、2018年3月に組織の大改革があり、方面隊を束ねる陸上総隊が新設され、また教育訓練研究本部も新設されるなど、非常に大きな変革が予定されている。

おそらく陸上総隊の司令官は陸幕長にもっとも近い存在となり、教育訓練研究本部長もその対抗馬になりえるポストになるだろう。

そのためこれまでのような、師団長→陸幕副長(防大幹事、統幕副長)→方面総監→幕僚長という人事の流れが大きく変わる可能性が高い。

そしてその影響をもっとも大きく受け、人事の読みが難しくなるのは、28期組と29期組であろう。

まだまだひと波乱もふた波乱もありそうであり、29期組の動向からは目が離せない。

そんな清田だが、航空科の幹部として極めて充実したキャリアを駆け上がってきた、エリート自衛官らしい経歴の持ち主である。

1等陸佐に昇任直後には、イラク復興業務支援隊の第1次隊隊長という極めて重く、また困難な仕事を任され、国内外のマスコミが殺到する中で見事な仕事をこなし、指揮官ぶりを見せて男を上げた。

この困難な任務を成功させ帰国すると、当然のようにエリート街道を突き進み、陸幕・統幕の要職を務め、そしてまた現場に戻り中部方面航空隊長に着任。

その後、中央即応集団隷下の第1ヘリコプター団長という栄誉あるポストに転じてからは、即応力を活かした航空科指揮官としての本領を発揮。

さらに第12旅団長(群馬・相馬原)を経て、第6師団長(山形・神町)に着任と同時に陸将に昇任した。

航空科の幹部としては、どれもがこれ以上無いキャリアであるが、敢えて一つ挙げるとすれば、それは第1ヘリコプター団長のポストであろうか。

我が国を取り巻く安全保障環境の中において、無くてはならない航空戦力を預かる指揮官であり、中央即応集団の機動力として、あらゆる緊急事態を想定した訓練を日々積み上げている。

そしていざ有事の際には、第1空挺団や中央即応連隊を中心とした実力集団と共に、あらゆる敵性勢力を速やかに制圧する中核となる。

2018年3月には陸上総隊の直轄部隊となるが、ますますその重要性と汎用性が高まり、我が国の平和と安全に貢献する抑止力となってくれるだろう。

このような、最高幹部として身につけるべき全てのキャリアをくぐり抜け、そして陸将に昇った清田だ。

陸上幕僚長レースでやや遅れを取っているとは言え、その指揮能力は我が国の宝であり、その存在自体が敵性勢力に対する抑止力となり得るほどの最高幹部である。

第6師団長の後職ではどのような異動を見せてくれるのか。

楽しみにその活躍に注目し、今後とも応援していきたい。

本記事は当初2017年6月26日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年11月13日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年6月に公開した当時のものを一部抜粋する形で、そのまま残している。

清田は1等陸佐である41歳の頃、イラク復興業務支援隊の第一陣隊長としてイラクに乗り込んだことが、そのキャリアの中で特に存在感を放っている。

戦争終結後とはいえ、諸外国の部隊に次々砲弾が打ち込まれる事態が続いていた状況の中である。

そのような中に、僅かな部下だけを率いて乗り込む、文字通り一ノ矢としての重要任務であった。

そのプレッシャーは相当なものであったと思うが、赴任前には、防大在学中に亡くした母親の墓前に報告に行き、任務の必達と部下の安全を固く誓い、後顧の憂い無く現地入りした。

もともと端正な顔立ちで、50代半ばにしてこの若々しさを保つイケメンだ。

イラクに赴任する際には、中東の文化を尊重しヒゲを生やしていたのだが、今でも(2017年11月現在)、朝日新聞ネット版で当時の貴重な若き日の清田を見ることが出来る。

全く似合っていない、とてもチャーミングでかわいいヒゲヅラであるが、実はこれがちょっとした騒動になる。

インターネットの有名巨大掲示板において、男性を愛する男性たちが集まる特殊な場所に、清田のファンクラブが設立されてしまったのだ。

「このかわいい指揮官は誰だ?」

という書き込みから始まり、なかなかすごい事になっていたようだが、ここでは詳細を差し控えたい。

なお念の為だが、清田自身は、「ミリメシよりも妻の手料理のほうが美味しい」と、マスコミの前で断言するほどの愛妻家である。

このような要望にお応えできない方であろうと思われるが、当時の騒ぎを知れば、どのように思われるのだろうか。

◆清田安志(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 陸上自衛隊入隊(第29期)
61年3月 西部方面ヘリコプター隊(高遊原)

平成
4年3月 通信学校(久里浜)
5年8月 幹部学校(目黒)
7年8月 航空学校(明野)
8年1月 3等陸佐
8年8月 陸上幕僚監部防衛部(檜町)
11年7月 2等陸佐
13年8月 第8飛行隊長(高遊原)
15年3月 陸上幕僚監部監理部広報室(市ヶ谷)
16年1月 イラク復興業務支援隊(第1次隊)(市ヶ谷) 1等陸佐
16年8月 陸上幕僚監部監理部総務課(市ヶ谷)
16年8月 統合幕僚監部第1幕僚室広報班長(市ヶ谷)
18年3月 幹部学校(目黒)
19年3月 中部方面航空隊長(八尾)
20年3月 陸上幕僚監部防衛部防衛調査官(市ヶ谷)
20年12月 陸上幕僚監部監理部庶務室長(市ヶ谷)
23年4月 第1ヘリコプター団長(木更津) 陸将補
24年7月 陸上幕僚監部監察官(市ヶ谷)
26年8月 陸上幕僚監部監理部長(市ヶ谷)
27年8月 第12旅団長(相馬原)
29年8月 第6師団長(神町) 陸将

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第12旅団公式Webサイト(顔写真および着任式)

http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/12b/aisatu/aisatu/aisatu.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/12b/photo/bunai/27nendo/kiyotacyakunin/newpage2.html

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする