岩名誠一(いわな・せいいち)|第32期・陸上自衛隊

岩名誠一は昭和39年8月生まれ、新潟県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第32期の卒業で88幹候、職種は機甲科。

防衛大学校卒業以来、戦車の聖地である北海道と陸幕を往復するポストでほぼキャリアを形成してきた、生粋の機甲屋である。

平成29年3月(2017年3月) 第11旅団副旅団長兼ねて真駒内駐屯地司令・1等陸佐

前職は統合幕僚監部総務部総務課長であった。

2017年8月現在、岩名が補職されているのは第11旅団の副旅団長であり、第11旅団は北海道の道央から道南をその警備管轄区域として受け持っている。

具体的には、第10連隊が北海道滝川市、すなわち札幌から道北の名寄に抜ける国道12号線沿いであって、国道275号から233号を使い、留萌駐屯地に抜ける中間地点に位置する連隊。

第18普通科連隊が、北海道の政治と経済の中心地である札幌市の真駒内駐屯地に所在する連隊。

第28普通科連隊が道南の国防の要、函館駐屯地に所在する連隊だ。

これに、士魂部隊として有名な第11戦車大隊、第11飛行隊、第11施設隊などがあり、旅団全体としての陣容は小さいものの、師団に準じる機能を兼ね備え、なおかつ、北海道中心部の防備を任されている重要な部隊となっている。

それぞれを詳細に見ていくと、第10連隊は我が国最北端に所在する伝統の第3連隊の支援、或いは留萌に所在する第26普通科連隊のどちらの応援にも直ちに駆けつけられる、極めて重要な場所に位置している。

すなわち冷戦時代、ソ連の北海道に対する着上陸が現実の脅威であったころ、国防の最前線と言えば北海道であった。

その北海道の中でも、陸自が擁する最北端の連隊が第3連隊であり、ソ連の侵攻が始まった際にはこの連隊がどれほど支えられるか、ということが我が国の国防の要になる部隊の位置づけであり、今もあり続けている。

またソ連が北海道の西部から着上陸を試みた場合、同様に最前線になるのは留萌に所在する第26連隊であり、第11旅団隷下の第10連隊はそのどちらにも増援に駆けつけられる位置に存在している。

我が国の危機に際し、いずれの場所から敵性勢力が上陸をしてきたとしてもその最前線に駆けつけられる部隊として、常に国防の危機を意識した高い緊張感でその練度を上げてきた精鋭部隊であるといえるだろう。

そのようなこともあり、これらの連隊長には伝統的にエースが就任することが多いが、2017年8月現在、第3連連隊長は37期のエースである岡本宗典(37期)が務めており、第26連隊長は38期のエースである西田健(第38期)が務めている。

第18普通科連隊は札幌に所在しており、その重要性に多くの言葉はいらないであろう。

また第28普通科連隊は函館に所在しているが、この連隊は我が国の戦後史の中で、おそらく唯一と言っていいであろう。

目の前にソ連が間もなく着上陸してくる現実の自体に備え、臨戦態勢に入った事がある連隊でもある。

すなわち1976年9月6日発生した「ベレンコ中尉亡命事件」で、ソ連のMiG-25に乗ったベレンコ中尉が北海道の函館空港に強行着陸した事件であり、この事件の、前後、第11旅団の前身である第11師団と第28普通科連隊は極度の緊張状態下に置かれ、間もなく始まるであろう対ソ連戦闘に備えた。

詳しくは、第28代・第28普通科連隊長である緒方義大(第40期)のページに詳しいので、興味があれば参照して欲しい。

早い話が、第11旅団(第11師団)とは国防の最前線であり、北部方面隊隷下においても、その果たしてきた役割は極めて大きく、そしてそれはこれからも大きいということだ。

岩名が副旅団長を務めている第11旅団とはそのような戦闘集団であり、決して旅団であることで役割が軽いという誤解を持っているとすれば、それはあたらない。

むしろ、北海道の中で非常に重要な役割を果たす旅団であり、札幌のような政治と経済の中枢を守り、海と空の玄関口である函館を守る、極めて重要な旅団であると理解して欲しい。

さてそのような中で、機甲屋である岩名の本領はやはり機甲科の指導にあるといえるだろう。

陸上自衛隊に入隊し最初の配属先が、機甲師団の別名を持つ第7師団隷下の第73戦車連隊である岩名は、そのキャリアはやはり戦車一色だ。

その後、大隊長経験に相当するのが平成19年3月から務めた、当時の第5戦車隊長であり、こちらは第5師団(現第5旅団)の隷下。

戦車の聖地である北海道でその技量を磨き、また現場指揮経験を重ね、2017年の移動で初めて、第11旅団を指揮することになった。

そしてこの第11旅団に所属しているのが、先に述べた、「士魂」の別名を持つ第11戦車大隊。

岩名はもちろん、戦車屋であればその名を知らないものは絶対にいない、我が国の伝説的な戦車部隊のDNAを引き継ぐ部隊だ。

士魂部隊は先の大戦において、我が国の戦闘部隊の中で最後まで戦争を戦っていた戦車大隊だ。

すなわち、時は1945年8月17日。

日本がポツダム宣言の受諾を発表し、降伏をした2日後から、日本の最後の「侍」たちの戦闘が始まったことを知る人は残念ながら多くはない。

もちろんこれは、自ら仕掛け最後のヤケクソの戦闘を行ったものではない。

日本の降伏宣言と武装解除を見計らって、ソ連(ロシア)が我が国への侵攻を開始し、北海道を奪取しようと武力侵攻を始めたものだ。

その皮切りとして、ソ連軍はまず千島列島にある占守島に上陸し日本軍を殲滅した上で、1週間で北海道まで侵攻し、占領を既成事実化するべく行動を開始する。

この際、占守島に所在していたのが士魂部隊の前身である戦車第11連隊。

連隊長は池田末男大佐であり、このソ連の卑劣極まりない攻撃に対し、既に武装解除を始めていた占守島守備隊と戦車第11連隊は勇躍、武器を手に取り応戦。

アメリカ軍の激しい艦砲射撃と水陸両用作戦による激烈な上陸作戦を戦い抜き、生き残ってきた占守島守備隊にとって、ソ連軍がにわかに始めた遊びのような上陸作戦はまさに子供の真似事である。

豆鉄砲のような艦砲射撃は上陸地点を日本軍に教えるだけのようなものであり、無防備とも思える貧弱な装備で上陸してくるソ連兵は日本軍の格好の的であって、我が国に残された最後の精鋭部隊は鬼神の働きを見せ、第一波で上陸してきたソ連兵は全て、海に叩き落とされた。

結局占守島守備隊は、8月17日から始まった戦闘を21日まで戦ったところで、大本営からの命令により戦闘を中止。

ソ連に降伏し、その多くがシベリアに抑留され、過酷な労働に従事することになるのだが、占守島を1日で抜きそのまま1週間で北海道を占領する予定であったソ連軍はその最初の1歩で計画が頓挫。

そして、ソ連軍が占守島の戦いで手こずっている間にこの不穏な動きを察知したアメリカ軍は、北海道と千島列島の間に太平洋艦隊を差し向けソ連の動きを牽制し、結局ソ連は北海道占領計画を断念した。

まさに占守島守備隊と士魂部隊が我が国の領土を守り、北海道を我が国の領土として保全するために最後の戦いを敢行してくれたお陰で今、この地は日本の領土でありえている。

おそらくこの時、占守島守備隊があっけなく敗れていれば、あるいは戦いを放棄すれば、北方4島の位置づけが北海道になっていた可能性が高く、我が国は目と鼻の先にソ連の大規模な領土と軍事基地を突きつけられ、暮らしていた事になっていたであろう。

おそらくそうなれば、安全保障環境は今とは全く異なっており、自然、経済発展も今日のようなものにはなっていなかったはずだ。

そのような誇り高い士魂部隊、戦車第11連隊のDNAを引き継ぐ第11戦車連隊を、第11旅団の副旅団長として指揮することになった岩名の思いもまた特別なものがあるのかもしれない。

この戦車の聖地で伝統の士魂部隊を指揮し、おそらく今後も機甲師団(第7師団)を始めとした戦車主力の旅団や師団での指揮を任されることが予想される岩名。

機甲屋としてどのようなキャリアを積み上げるのか、注目して追っていきたい。

◆岩名誠一(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 防衛大学校卒業(第32期)
63年9月 第73戦車連隊(北海道:北恵庭)

平成
2年3月 第73戦車連隊(北海道:南恵庭)
7年8月 幹部学校(東京都:目黒)
9年8月 富士学校機甲科部(静岡県:富士)
11年8月 第71戦車連隊中隊長(北海道:北千歳)
14年3月 陸上幕僚監部 調査部 調査課 企画班(東京都:市ヶ谷)
16年3月 陸上幕僚監部 防衛部 研究課 研究班(東京都:市ヶ谷)
16年3月 陸上幕僚監部 防衛部 情報通信・研究課 研究班(東京都:市ヶ谷)
19年3月 第5戦車隊長兼ねて鹿追駐屯地司令(北海道:鹿追)
20年8月 幹部学校(東京都:目黒)
21年8月 幹部学校 学校教官(東京都:目黒)
21年12月 陸上幕僚監部 人事部 人事計画課 服務室長(東京都:市ヶ谷)
23年12月 自衛隊京都地方協力本部長(京都府)
25年12月 第9師団司令部 幕僚長(青森県:青森)
27年8月 統合幕僚監部 総務部 総務課長(東京都:市ヶ谷)
29年3月 第11旅団副旅団長兼ねて真駒内駐屯地司令(北海道:真駒内)

◆姓名判断

大きな組織を統率する抜群の力があり、なおかつ才能にも恵まれるため、居場所さえ間違えなければ大きな仕事を成し遂げる人物になる。

その一方で、苦手意識がある仕事にはやや消極的になり成果への執着心も薄いことから、そのことが元で評価を下げることも。

信念にこだわりすぎると失敗するので、柔軟で臨機応変な対応を身につけると良い方向に流れ出す。

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的とし、軽量化処理やオリジナルからトリミングし切り取って用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 真駒内駐屯地公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/11d/jgsdf-post/images/makomanai/index.files/Page325.html

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