瀬田晃一郎(せた・こういちろう)|第38期・陸上自衛隊

瀬田晃一郎は福岡県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第38期の卒業で、職種は普通科だ。

平成28年3月(2016年3月) 第27代第25普通科連隊長兼遠軽駐屯地司令・1等陸佐

前職は第8師団3部長であった。

瀬田の防衛大学校卒業は平成6年3月。

一方で平成26年には1等陸佐相当職である第8師団第3部長に就任しているので、1佐に昇ったのは42歳の頃(43歳になる年)であると思われる。

その為、38期の1選抜の1年遅れではないかと思われるが、1等陸佐に昇進後の後職で第25普通科連隊長に就任しており、その将来に対する期待は極めて高い高級幹部の一人であるといえるだろう。

なお同期の連隊長クラスには、陸上自衛隊で史上初めてとなる女性連隊長、澤村満称子(第38期相当)がいる。

澤村は第15代第6後方支援連隊長を務めているが、一般大学(南山大学仏文科)卒業でありながら出世競争にもピッタリついて来ていることになり、陸自史上始めてとなる女性将官の可能性が高いと見られている人物だ。

38期組の人事異動では、こちらも注目して追って行きたい一人になるだろう。

その瀬田が2017年9月現在補職されている第25普通科連隊は、北海道の道北、遠軽駐屯地にある。

遠軽駐屯地は網走のサロマ湖からほど近い場所に在り、いかにも北海道らしい、何もない大平原の中に突然出現する。

冬は大豪雪で雪深く、気温はマイナス25度にも下がる自然環境の極めて厳しい場所だ。

なお瀬田は福岡県の出身だが、最初の任地こそ第41普通科連隊(大分・別府)であったものの、その後の任地は北日本が多い。

第22普通科連隊中隊長(宮城県多賀城市)、第6師団第3部訓練班長(山形県神町)、そして第25普通科連隊長(北海道遠軽)と言った具合だ。

あるいはこのような雪深い任地を周ることが多かったせいであろうか。

瀬田は福岡県出身でありながら、第25普通科連隊長に就任後、さっそく地元遠軽で開かれた85kmものマラソンクロスカントリー大会に出場し、7時間3分で完走するスキーの腕前を見せている。

順位で言うと、出場者400人余の中で真ん中くらいのものであったが、そもそも遠軽駐屯地は冬季戦技の猛者が揃う冬の最精鋭部隊だ。

なおかつ地元で雪とスキーに慣れ親しんだスキーヤー相手に46歳の瀬田が85kmものクロスカントリーで勝負をしようというのである。

勝つほうが無茶というものだが、ちょうど半分くらいの順位でゴールする快挙を見せてしまった。

また瀬田は、第6師団第3部長であった山形県時代にも地元のハーフマラソンに出場し、1時間56分と2時間切りのタイムで完走をしている記録が残っている。

普通科のエリートらしく、ストイックに自己鍛錬を繰り返す瀬田の生活習慣が目に見えるようだが、まだまだその気力と体力が衰えることはないだろう。

ところで第25普通科連隊のことだ。

この連隊は北海道の北側、道東ともいえる場所に位置しており、第3普通科連隊(足寄)や第26普通科連隊(留萌)のように、同じ北海道の中でも、対ソ連戦闘の最前線に立つことを想定して整備された部隊ではなかった。

むしろその部隊の伝統は雪中戦にあり、極寒の雪深い環境の中で鍛え上げたその冬季戦技は陸自の普通科の中でも最高峰に位置し、真冬の特殊戦を戦わせたら第25普通科連隊とまともに戦える連隊はほとんどいない。

なお冬季戦についてはこちら、冬季戦技教育隊長(2017年9月現在)を務める山口尚(第36期)のページに詳しいので参照して欲しい。

わかりやすく言えば、冬季戦技は冬のレンジャーだ。

具体的な仮想敵はソ連であり、現在ではロシアが北海道に侵攻し、内陸深くまで浸透してきた場合、地形や天候といった環境要因を全て味方につけ、敵を撃破する技術を身につける。

モデルは第二次世界大戦前、ソ連が一方的にフィンランドに侵入し植民地化しようと開戦に踏み切った冬戦争におけるフィンランド軍の戦い方といえるだろう。

冬戦争では、装備と数に圧倒的に劣るフィンランド軍はソ連軍の隊列を発見するとスキーを用いて巧みに接近、攻撃をかけこれを分断。

さらに広く開けた街道から森の中深くに誘い込み、小さな戦闘集団に孤立をさせたところで各個撃破するという戦術を取った。

この巧みな冬季戦技を駆使したフィンランド軍は、多くの犠牲を出しながらもその5倍以上の損害をソ連軍に強要し、継戦意欲を失わせるほどの大打撃を与え、結果として領土の一部を失うものの、独立を守ることに成功する。

我が国に於いては、北海道にロシア軍が進行するようなことがあれば、おそらく主力戦車同士の砲撃戦といった事態は想定し辛く、万が一あったとしても第3連隊や第26連隊の表玄関の方になるだろう。

その意味では、第25連隊が所在する遠軽は、表に周ったロシア主力部隊に対し、後方を撹乱する別働隊が軽武装高機動で侵攻を始めることが想定される位置に所在する。

まさにその場所を守る第25連隊が、冬のレンジャーである冬季戦技に長けており、一般に寒さと雪中戦に利があると思われるロシア軍と対峙する意味は大きい。

25連隊がここにいる限り、主力部隊の後方は取らせず、必ず食い止めることになるだろう。

そのような冬の精鋭を取り揃える連隊を預かる若い連隊長の瀬田であるが、順調に行けばあと1つ、おそらく陸幕に戻って1佐職を経験し、48~49歳の頃に陸将補に昇るものと思われる。

北海道の最前線で、陸自ど真ん中の普通科のエリート幹部である瀬田が、今後どのようなキャリアを重ねるのか。

長い目で見て、注目して行きたい。

◆瀬田晃一郎(陸上自衛隊) 主要経歴

平成6年3月 防衛大学校卒業(第38期)

6年 第41普通科連隊(別府)
15年 幹部学校(目黒)指揮幕僚課程
17年 第22普通科連隊中隊長(多賀城)
19年 第6師団3部訓練班長(神町)
21年 陸上幕僚部教育訓練部教育訓練課
24年 幹部学校(防研)
25年 幹部学校戦術教官
26年 第8師団3部長(北熊本)
28年 第25普通科連隊兼遠軽駐屯地司令(遠軽)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的とし、軽量化処理やオリジナルからトリミングし切り取って用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第25普通科連隊公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/unit/butai/engaru/rentaityo/rco.html

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