戒田重雄(かいだ・しげお)|第35期・陸上自衛隊

戒田重雄は昭和44年3月生まれ、兵庫県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第35期の卒業で幹候72期、出身職種は判明しないが、あるいは普通科であろうか。

平成28年7月(2016年7月) 西部方面総監部幕僚副長・陸将補

前職は統合幕僚監部運用第2課長であった。

2018年3月現在、西部方面隊で幕僚副長を務める戒田だ。

35期組絶対エースの一人であり、我が国の新たな最前線と言っても良い西方の防衛担当幕僚副長である。

35期組のエースは、将官に昇り最初の補職では方面隊の幕僚副長に着任したものが多かったが、その中でも西部方面隊を任されたことはやはり特別な意味があるだろう。

まだまだ横一線の35期組だが、あるいは戒田については、僅かでもリードしていると言っても良い存在なのかも知れない。

エリート自衛官らしく、陸自の王道でキャリアを積んできた戒田だが、中でも印象深いのは、第14普通科連隊長(金沢)のポストを経験していることであろうか。

この部隊は、とても不思議な立ち位置を持つ存在だ。

率直に言って第14普通科連隊は、冷戦時代の陸自の華であった北部方面隊隷下でもなく、冷戦後の最前線と言っても良い西部方面隊所属でもなく、ゲリ・コマ対応で我が国の政経中枢を守る役割を担っているわけでもない。

にも関わらず、この連隊を任されてきた幹部自衛官は、外部の人間から見ても明らかにエース級の人材が投入されてきた歴史がある。

古くには、第6代陸上幕僚長・第3代統合幕僚長を務めた天野良英(陸士43期)の2代目にして、第26代西部方面総監を務めた天野良晴(第10期)が第17代で。

直近では、第27期のイケメンであり、陸上幕僚長である山崎幸二(第27期)と最後まで陸幕長のイスを争った山之上哲郎(第27期)・東北方面総監が第25代。

東大出身の英才で、第5旅団長まで昇った正木幸夫(第28期相当)(退役)が第26代。

33期組の1選抜として出世を続ける冨樫勇一(第33期)・統合幕僚監部報道官が第28代。

幹部学校副校長を務める34期組の陸将補・松永康則(第34期)が第29代。

そして、こんな錚々たる面々の後を継ぎ、第30代で第14普通科連隊を預かったのが戒田であった。

(※肩書は全て2018年3月現在)

なぜ第14普通科連隊にはこれほどまでに、エース級の人材が投入されてきた過去があり、そして今なお投入されているのか。

正直なところわからないが、あるいは1999年に発生した能登半島沖不審船事件のように、日本政府中枢では、古くから対北朝鮮を想定した上での最重要拠点と認識されていたのかも知れない。

もちろん、我が国の最前線部隊の一つである航空自衛隊小松基地に対する攻撃を想定すれば、金沢駐屯地では、相当気合の入った部隊を育てる必要があり、その重要性は今も昔も変わりはない。

おそらくそんな事もあったのであろう。

伝統の第14普通科連隊長兼ねて金沢駐屯地司令などの要職を歴任して、35期組絶対エースの一人として将官に昇ったのが、戒田であった。

さて次に、その戒田を含めた第35期組の人事の動向について見て行きたい。

戒田が陸上自衛隊に入隊したのは平成3年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成22年1月、陸将補に昇ったのが28年7月であったので、共に35期組1選抜(1番乗り)のスピード出世だ。

第14普通科連隊を任されてきた、過去の並み居る大幹部と同様に、戒田もまた、同期のエースとしてこの駐屯地を任されたことになる。

なお、その35期組で2018年3月現在、陸将補にある出世頭については、以下のようになっている。

井戸川一友(第35期)・沖縄地方協力本部長(2016年7月)

上田和幹(第35期)・北部方面総監部幕僚副長(2016年7月)

遠藤充(第35期)・第3施設団長(2016年7月)

戒田重雄(第35期)・西部方面総監部幕僚副長(2016年7月)

坂本雄一(第35期)・中部方面総監部幕僚副長(2017年3月)

※肩書は全て2018年3月現在。( )は陸将補昇任時期。また、2017年12月の将官人事で昇任した期別不明の将補がいるため、追記する可能性あり。

上記のうち、遠藤については将官昇任後の最初の補職は東部方面総監部幕僚副長であったが、35期組として最初の、将官として2つ目の補職である第3施設団長を、2017年12月から担っている状況だ。

ある意味において、将来を嘱望されるエースに不可欠な、様々な要職を歴任する異動を最初に経験したのは遠藤ということになる。

そういった意味では、

・地本長としての最重要ポストを担う井戸川

・要職を数多く歴任する異動を最初に経験した遠藤

・最重要方面隊と位置づけられる西方を任された戒田

と、甲乙つけがたい35期の動向になっている。

もちろん、

・陸自最大規模を誇り、もっとも多くの幕僚長を排出している北部方面隊を任された上田

・今の陸自にもっとも求められる、政経中枢師団の防衛を任された坂本

とも言えるので、要職でない将官ポストなど何一つ無く、やはり現時点では、35期組は横一線と言って良さそうである。

人事の動向は運もあり、予断を持って見通せるものではないが、一つ確実なことがある。

それは、戒田を始めとした35期組はいずれも50歳になったばかりの世代であり、この先10年近くに渡り、我が国の平和と安全に対し、国防の中枢で要職を担っていく世代であると言うことだ。

言い換えれば、日本の平和は彼らの活躍次第であると言ってもよいだろう。

陸将補として切磋琢磨し、これからさらに活躍の場を広げていく最高幹部たちである。

その動向にはぜひとも注目し、そして応援し続けて欲しい。

本記事は当初2017年9月10日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年3月14日に整理し、改めて公開した。

◆戒田重雄(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
3年3月 陸上自衛隊入隊(第35期)
14年1月 3等陸佐
17年7月 2等陸佐
22年1月 陸上幕僚監部防衛課 1等陸佐
22年3月 陸上自衛隊研究本部研究員
22年8月 陸上幕僚監部補任課
23年8月 陸上幕僚監部補任課人事1班長
25年8月 第14普通科連隊長
26年8月 統合幕僚監部運用第2課長
28年7月 西部方面総監部幕僚副長 陸将補

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第10師団公式Webサイト(第14普通科連隊 転地演習写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/mae/10d/photo/h29/hokuten/index.htm

防衛省陸上自衛隊 西部方面隊公式Webサイト(鎮西新聞28年7月号 着任式画像)

http://www.mod.go.jp/gsdf/wae/chinzei/28chinzei/28chinzei.html

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コメント

  1. すーさん より:

    戒田将補とは、一昨年だと思いますが某陸幕副長を市ヶ谷に表敬訪問した際に一緒に昼食を食べました、普通科で 心はいつも空挺と共に が身上な空挺団出身です、某副長より将来の団長候補と紹介された一佐御二人の内の一人でした、今の兒玉空挺団長が昨年の夏より移動し頃だったのでなるほどと想った次第です、因みに兒玉団長の送別会の話がちらほら聞こえております、兒玉将補は人当たりが良く地域に開かれた空挺団を実践し小生も数々の訓練を演習場で拝見させていただきました、さて次はどうなることやらですね、特に最近は防大(ラグビー部かな(笑))空挺団のルートは実戦派エリートが多いです、岡部さんの件は残念でしたがまだまだ多数の方が控えていますよ、最近当たり前と言われればそうですが空挺団から幹部以下西方への移動が非常に多いです、この流れから言えば戒田将補の移動もさもありなんと言う処です、初投稿で長文失礼しました今月の陸自人事評価楽しみにしております、ブログ頑張って下さい。

    • ytamon より:

      すーさん様
      はじめまして、とても興味深いコメントありがとうございました。
      1昨年であれば、山之上さんの頃でしょうか、とても羨ましいです。
      兒玉空挺団長は異動ですか・・・西方か、あるいは陸上総隊でしょうか。
      後職と併せて、空挺団長の後任も気になりますね。
      今月の人事は本当に楽しみです。

      応援ありがとうございます!
      更新の励みになります、これからもよろしくお願いします。