荒木淳一(あらき・じゅんいち)|第27期・航空自衛隊

荒木淳一は昭和36年1月11日生まれ、宮崎県出身の航空自衛官。

防衛大学校は第27期(応用物理)、幹候は73期の卒業だ。

平成28年12月(2016年12月) 航空教育集団司令官・空将

前職は南西航空混成団司令であった。

2018年4月現在、航空教育集団司令官を務める荒木だ。

27期組のトップエリートであり、航空自衛隊のみならず、3自衛隊の中で幕僚長を除き、もっとも格上となる指定職5号のポストを務める。

ちなみに航空教育集団司令官と同格の指定職5号にあるのは、陸上総隊司令官、陸自の各方面総監、自衛艦隊司令官、横須賀及び佐世保地方総監、それに航空総隊司令官である。

荒木が務める航空教育集団司令官のポストがいかに重要なものであるか、おわかり頂けるのではないだろうか。

さて、そんな要職にある荒木のことなので、そのキャリアは極めて充実しており、27期のエリートらしい補職を歴任してきた。

航空自衛隊の最高幹部に求められる米国通であることはもちろん、米空軍士官学校への留学にとどまらず、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院(米国)において修士課程を修め、さらにそのまま米国にとどまり、ハーバード大学の国際問題研究所でもキャリアを積む。

帰国後は、21世紀の我が国の最前線である南西航空混成団(現・南西航空方面隊)で防衛部長を務め、航空団司令職は百里の第7航空団で経験。

さらに航空方面隊司令相当職は南西航空混成団を任されるなど、ただのエリートではない、極めてタフな現場で指揮官のポストを歴任してきたことになる。

その全てが特筆するべきキャリアばかりだが、敢えて一つだけ挙げるとすれば、ここは第7航空団(百里基地)時代の仕事をご紹介したい。

なぜなら、あの未曾有の大災害となった東日本震災は、荒木がこの百里基地司令の時に発生したからだ。

百里基地はもちろん茨城県に所在するが、あの震災にあっては停電を含め、基地機能の一部を失い十分な可動ができないほどに、基地自身も被災する被害を負った。

にも関わらず、航空基地としての機能を可能な限り速やかに回復させ、所在の偵察飛行隊を東北方面に直ちに派遣。

津波の被害状況や火災による2次災害の状況を正確に情報収集し、自衛隊の迅速な活動に大きく貢献する。

さらにここ百里基地は福島に近く、比較的被害が少なかった基地ということもあり全自衛隊の航空拠点と位置づけられ、あらゆる航空作戦はここから展開していくことになる。

すなわち、

1.広域激甚災害に対する対応

2.福島原発に対する対応

3.基地周辺被災地への対応

の3つの作戦を荒木は指揮することになり、文字通り戦場のような混乱の中で冷静・適切な指示や命令を次々に下し事態に対応。

最終的には、ここ百里基地を拠点に救助した被災者の数は数千名を越え、航空自衛隊全体で救助した要救助者の3割を占めるほどの大活躍をみせた。

もちろんそれだけだけなく、百里基地からは所在の消防隊が福島原発に赴き、至近距離から放水作業を行うなど、全ての隊員が過酷な任務に従事。

荒木は時に現場で最前線に立ち、時には基地で総指揮にあたるなど、あの災害においては極めて大きな役割を担った。

おそらく長い自衛官生活の中でも、もっとも印象深い任務の一つになったのではないだろうか。

さて次に、その荒木を含む27期組の人事の動向だ。

荒木が航空自衛隊に入隊したのは昭和58年3月。

1等空佐に昇ったのが平成14年7月の1選抜(1番乗り)。

空将補に昇ったのが21年3月の2選抜。

空将に昇ったのが26年12月でこちらは3番手ということになっている。

航空自衛隊では、将官に昇るものの数が少ないことから、率直に言って数ヶ月程度の遅れに全く差はない。

そして実際に、荒木が空将に昇った26年末には、早くから近い将来の航空幕僚長候補として注目を集める存在となっていたが、この際に候補と目されていたのは以下の幹部たちであった。

前原弘昭(第27期)・航空総隊司令官(2014年3月)

丸茂吉成(第27期)・航空幕僚長(2014年8月)

荒木淳一(第27期)・航空教育集団司令官(2014年12月)

※肩書は全て2018年4月現在。( )は空将昇任時期。

以上のように錚々たる同期と錚々たる肩書の大幹部たちばかりだ。

なお丸茂については、空幕長に昇る前の肩書は航空幕僚副長。

この3名は、ポストの格からもキャリアからも、誰が航空幕僚長に昇っても全くサプライズではなかったが、最終的には丸茂が僅かに上回り、27期から航空幕僚長に昇ったというところであった。

近年稀に見る豊作の年であり、激しいトップ争いとなった27期は、このようにして空幕長レースは決着がついた。

なお、このような状況なので、荒木については間違いなく、現在の補職が最後のポストになるだろう。

遅くとも2018年冬の将官人事で退役になることは確実であり、或いは初夏にも予想される統合幕僚長人事にあわせ、夏の将官人事を前に退役となることも予想される。

まさに紙一重の人事でわずかに頂点に手が届かなかった荒木だが、その活躍と我が国の国防に対する多大な貢献では、史上稀に見る最高幹部の一人であったことだけは間違いない。

長かった自衛官生活もあと僅かとなってはいるが、その活躍には最後まで注目し、そして応援していきたい。

本記事は当初2017年9月14日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年4月27日に整理し、改めて公開した。

◆荒木淳一(航空自衛隊) 主要経歴

昭和

58年3月 航空自衛隊入隊(第27期)
58年9月 航空教育集団司令部付
61年5月 第2航空団

平成
2年8月 第4航空団
4年4月 幹部学校付(米空軍士官学校)
6年1月 3等空佐
7年3月 第8航空団
8年8月 航空幕僚監部
9年4月 幹部学校付
10年1月 2等空佐
10年5月 タフツ大学フレッチャー法律外交大学院修士課程(米国)
11年7月 ハーバード大学国際問題研究所(米国)
12年8月 航空幕僚監部防衛課
14年7月 1等空佐
14年9月 防衛研修所第50期一般課程
15年8月 航空幕僚監部編成班長
18年3月 南西航空混成団司令部防衛部長
19年7月 航空幕僚監部運用支援課長
21年3月 第7航空団司令 空将補
23年12月 第1輸送航空隊司令
25年3月 統合幕僚監部総務部長
26年12月 南西航空混成団司令 空将
28年12月 航空教育集団司令官

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 航空教育集団司令部公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/asdf/atc/shireikan/index2.html

防衛省航空自衛隊 熊谷基地公式Webサイト(視察写真)

http://www.mod.go.jp/asdf/kumagaya/topics.html

防衛省 統合幕僚学校公式Webサイト(講話写真)

http://www.mod.go.jp/js/jsc/school/section_education_domestic_270420.html

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