齋藤聡(さいとう・あきら)|第33期・海上自衛隊

齋藤聡(斉藤聡)は昭和41年7月生まれ、長崎県佐世保市出身の海上自衛官。

防衛大学校第33期の卒業で40幹候、出身職種は水上艦艇だ。

プライベートでは水泳やプラティスも楽しむ、行動力溢れる海自の高級幹部である。

平成29年8月(2017年8月) 海上自衛隊幹部候補生学校長・海将補

前職は護衛艦隊司令部幕僚長であった。

2017年9月現在、齋藤が務める海上自衛隊幹部候補生学校の学校長職は、ある意味で最も海上自衛隊、更に言うと日本海軍の伝統を引き継いでいる職であり、施設であるといえるかもしれない。

江田島にある、明治以来のあの赤レンガを今も大切に使い、海上自衛隊の幹部を育てる最初の出発点であるからだ。

防衛大学校卒業者と一般大学卒業者を始めとした幹部候補生、部内選抜で選ばれた候補生、航空学生出身の飛行幹部候補生など、海上自衛隊のあらゆる幹部候補たちは、ここ江田島で地獄の特訓を受け、幹部としての最初の試練に立ち向かう。

齋藤自身もここで、鬼の上官からしごかれ、短艇訓練で汗と涙を流し、卒業と同時に練習航海に巣立っていった思い出の地であるだろう。

それから28年の時を経て、学校長という立場で戻ってくるなど想像もつかなかっただろうが、戻ってきてしまった。

そして同様に、20年後、30年後において、我が国の平和と安全を担う立派な海上自衛官を育てるという、提督としてこれ以上はない名誉ある職に補職されたことになる。

このポストはやはり、海上自衛官の将官にあるものとして、特別な思いが胸に去来するものであるに違いない。

その齋藤のキャリアを見てみると、後進の指導に責任を負うにふさわしい、極めて華麗なものとなっている。

出世も早く、1等海佐に昇ったのは平成20年1月なので41歳の頃。

文句なしの1選抜であり、33期の一番乗りで1等海佐に昇ったことになる。

1等海佐に昇ると直ちに米国海軍大学の指揮課程に学び、帰国後は海上幕僚監部の要職を歴任。

さらに第1護衛隊群司令や護衛艦隊司令部幕僚長といったエリートコースを歩み、今日に至る。

なかでも海上自衛隊が誇る最新鋭DDH(ヘリ搭載型護衛艦)いずもが就航し、第1護衛隊群隷下の第1護衛隊に編入されたのは、齋藤が第1護衛隊群司令を務めている時であった。

いずもに最初に座乗する第1護衛隊群司令となったわけだが、いずもはその性能の上で意味を成すことはもちろん、所在や動向すら政治的に意味を為す最新鋭の護衛艦だ。

その動きそのものが諸外国へのメッセージとなる護衛艦だけに、齋藤に対する海上自衛隊内外の期待の大きさが推し量れる配置であり、人事であったといえるだろう。

出生も早く、そのキャリアもエリートらしいものになっている齋藤だが、一つ気になることがある。

2017年9月現在で齋藤が補職されているのは、繰り返しになるが幹部候補生学校の学校長だが、実はこのポストを経験したものから海上幕僚長に就任したものは、過去1人の例外を除いて存在しない。

なおかつその1人も、すでに半世紀以上も前、昭和37年(1962年)に第5代海上幕僚長に就任した杉江一三の例があるのみだ。

杉江は幹部候補生学校の第2代校長であったが、以来齋藤で45代目となる歴史の中で、海上幕僚長まで昇りつめたものは一人も出ていないことになる。

直近の事例で言えば、第40代校長で舞鶴地方総監から横須賀地方総監までも務めた堂下哲郎(26期)が海上幕僚長候補として有力視されていたものの、結局横須賀地方総監を最後に退役している。

現役では、池太郎(27期)・呉地方総監を海上幕僚長候補として予想する雑誌などもあるが、1954年に始まった呉地方隊の歴史の中で、呉地方総監の後職として海上幕僚長にジャンプアップしたものは皆無だ。

地方総監の格としても横須賀や佐世保に1歩譲り、なおかつ2017年9月現在で海上幕僚長を務めている村川豊(25期)の後任は第27期以降の幹部から選ばれることになる客観情勢になっている。

つまり、池が海上幕僚長に就任する可能性があるとすれば、呉地方総監からの直接のジャンプアップ以外に難しい情勢であり、その可能性は極めて低いだろう。

順当に考えれば、村川の後任である第34代海上幕僚長は、そのキャリアから考えても山下万喜(27期)になると考えるのが妥当だ。

このようなことからも、現役自衛官を含め、やはり幹部候補生学校長経験者が海上幕僚長に就任する可能性は今のところ見通せない。

あるいはありえるとすれば、齋藤聡その人こそが、最初の幹部候補生学校長経験者からの、海幕長になり得る可能性があるといえるだろうか。

齋藤の直近の異動を見ると、ほぼ1年ごとにポストを変え、要職を歴任している。

このように短期間で重要ポストを異動するのは、最高幹部候補に残っている者の特徴であり、齋藤は間違いなく、頂点争いのレースに残っている有力な高級幹部であると考えるのが妥当だ。

どのようなことでも、やはり「史上初」というのは楽しいものだ。

齋藤がその偉業を成し遂げるのかどうかは、おそらく次の異動ポストではっきりすることだろう。

33期組の海上幕僚長候補として、ぜひ齋藤の動向には注目して見てもらえれば幸いだ。

◆齋藤聡(海上自衛隊) 主要経歴

平成
1年3月 海上自衛隊入隊
12年1月 3等海佐
15年7月 2等海佐
17年4月 第4護衛隊群幕僚
18年3月 いそゆき艦長
20年1月 1等海佐
20年3月 護衛艦隊司令部幕僚
20年7月 幹部学校付(米海大指揮課程)
21年7月 海上幕僚監部防衛課
22年7月 海上幕僚監部防衛課防衛班長兼幹部学校
23年8月 第14護衛隊司令
24年7月 海上幕僚監部教育課長
25年8月 海上幕僚監部補任課長
26年8月 第1護衛隊群司令 海将補
28年7月 護衛艦隊司令部幕僚長
29年8月 海上自衛隊幹部候補生学校長

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【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照し、その確度を確保している。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的とし、軽量化処理やオリジナルからトリミングし切り取って用いているものがある。

【引用元】

防衛省海上自衛隊 幹部候補生学校公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/mocs/mocs/about/sub01/index.html

防衛省海上自衛隊 活動状況公式Webサイト(いずも空撮写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/izumo-sazanami/

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