小田島邦弘(おだじま・くにひろ)|37期相当・陸上自衛隊

小田島邦弘は昭和46年3月13日生まれ、熊本県出身の陸上自衛官。

平成5年3月の陸上自衛隊入隊であり、公式Webサイトには一般幹候93期とあって、なおかつ当時で幹候課程を11ヶ月履修していることから、一般大学卒業のU課程であると思われる。

職種は普通科。

家族との史跡巡りやゴルフを愛する高級幹部だ。

平成29年3月(2017年3月) 第9代第12特科隊長兼ねて第38代宇都宮駐屯地司令・1等陸佐

前職は陸上自衛隊富士学校主任教官であった。

なお、第12特科隊長及び宇都宮駐屯地司令としての指導方針は以下の通り。

【統率方針】

任務完遂

【要望事項】

即動

たゆまぬ練磨

【駐屯地司令要望事項】

地域から信頼される駐屯地

思いやり

2017年9月現在で小田島が補職されている宇都宮駐屯地だが、同じ敷地内には中央即応連隊が同居する、北関東の要となる駐屯地の一つだ。

また現在では、第12特科連隊はFH-70擁する野戦特科の部隊として機能しているが、平成23年(2011年)4月までは第6地対艦ミサイル連隊も設置されていた駐屯地であり、中央即応連隊の編成と併せ、非常に強力な実力集団が同居する駐屯地であった。

一方でそのミサイル連隊だが、国際情勢の変化に併せ6個存在していた連隊を3個規模まで縮小するという、今から振り返れば相当無茶な中期防(中期防衛力整備計画)が決定されたことがある。

2005年のことであり、その結果、実際にここ、宇都宮駐屯地に所在していた第6ミサイル連隊は廃止。

隷下の曹士は職種転換となり、あるものは普通科に、あるものは同じ駐屯地に所在する中央即応連隊へと移り、第6ミサイル連隊は完全にその姿を消した。

一方で、その直後から活発化したのが、我が国周辺海域での、中国人民解放軍の傍若無人な海洋進出だ。

F-15戦闘機の南西シフトや西部方面普通科連隊の海兵隊化、海上自衛隊においては第1輸送隊の強襲揚陸艦隊化などが進められ、今この危機に対処している真っ最中であるが、その中において、地対艦ミサイル連隊の重要性の再認識も進むことになる。

そして、連隊数半減という極端な方針が示された僅か6年後の2011年度に策定された中期防においては、現行の5個連隊の維持(すでに第6連隊は廃止されていた)だけでなく、装備の更新や新型ミサイルの新規取得までも予算化され、実際に配備されるなど、政治と財務省に振り回された兵科となってしまった。

また2017年9月現在、東北方面隊隷下の第4ミサイル連隊が第15旅団(那覇)隷下に編成替えとなることが決まっており、陸上から我が国の領海・島嶼部に侵入しようとする海上艦艇を狙う強力な切り札として運用される事が予定されている。

本来であれば、ここに異動するのは宇都宮の第6ミサイル連隊であったであろう。

あるいは第4・第6ミサイル連隊共に編成替えとなり、南西の防備を強化していたかもしれない。

小田島率いる宇都宮駐屯地にはそのような歴史があるが、このようなことを考えるにつれ、中期防はまさに中長期で計画を立てるべきものであり、目先の情勢で安易な兵科の削減を考えるべきではないと、政治にはそのことを肝に銘じてもらうことを期待したい。

さて、そのようなこともあり、宇都宮駐屯地に所在する特科は第12特科隊のFH-70主力ということになっているが、そのFH-70は2017年現在で、最も予算削減と規模の縮小の嵐に晒されている兵科の一つになっている。

そのもっとも大きな規模の縮小は2001年、第12師団が第12旅団に改変された際、第12特科連隊が第12特科隊に縮小され、11個中隊が4個中隊まで削減された際であろう。

なおかつこの時、削減された部隊所属の曹士の多くが第6ミサイル連隊に移ったにも関わらず、その第6ミサイル連隊は10年後の2011年に廃止。

まさに踏んだり蹴ったりの目にあった隊員も少なくない。

さらに、現在のFH-70を中心とする野戦特科の動向を見ると、師団や旅団隷下に所在する特科部隊は廃止・統合をされた上で方面隊直轄部隊へと改変されることも予想される。

西部方面隊においては2003年、第3特科群と第5地対艦ミサイル連隊が統合され、西部方面特科隊として再編された。

東北方面隊においては2010年、第2特科群を廃止し第130特科大隊を置いた上で第4地対艦ミサイル連隊と統合、東北方面特科連隊として再編されている。

中部方面隊においては2018年に、第3師団隷下の第3特科隊、第10師団隷下の第10特科連隊、第13旅団隷下の第13特科隊が統合され、中部方面特科隊として再編される予定だ。

このような中にあって、おそらく東部方面隊も同様に野戦特科の方面隊直轄化が進むことになるであろうと予想している。

言うまでもないことだが、近代以降における陸の局地戦において、その勝敗を大きく左右してきたのは野戦特科及びその周辺兵科だ。

小田島率いる野戦特科は陸戦の上では効果的な兵科であるだけでなく、その運用コストも極めて安くつく優秀なユニットでもある。

「上陸戦は想定できない」という考え方には一定の合理性はあるものの、我が国が敵地攻撃能力を持たない限り、武力侵攻を受けた際には絶対に「いきなり本土決戦」になるという事実。

「どうせ何も仕返しできない」とたかをくくる隣国の面白いヘアスタイルをした指導者のように、抑止力を持たない限り、人の家の屋根を飛び越えてミサイルを撃つ挑発を繰り返すのが、隣人たちのモラルだ。

予算に限りがあるとはいえ、昨今の野戦特科の縮小にはやや危機感を感じている自衛官も多いのではないだろうか。

その中でも、限られた装備と人員で日夜練磨し、有事に備え訓練を重ねる小田島以下第12特科連隊の曹士であり、特科部隊の自衛隊員である。

ぜひ、駐屯地祭などに足を運んだ際には、「いつも任務ご苦労様です」と、笑顔で話しかけて貰えれば幸いだ。

そんな何気ない一言が、自衛隊員の何よりの心の栄養になる。

◆小田島邦弘(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
5年3月 入隊(一般幹部候補生93期)
6年2月 第8特科連隊(熊本県)
14年3月 富士学校(静岡県)
15年8月 幹部学校付(東京都)
17年8月 第10師団司令部(愛知県)
19年8月 陸幕運用支援・情報部(東京都)
21年8月 第103特科大隊(北海道)
23年4月 統合幕僚監部総務部人事教育課(東京都)
25年3月 西部方面総監部防衛部(熊本)
26年3月 幹部学校付・統合幕僚学校(東京都)
27年3月 陸上自衛隊富士学校主任教官(静岡県)
29年3月 第12特科隊長兼ねて宇都宮駐屯地司令

自衛隊高級幹部名簿一覧に戻る

トップページに戻る

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 宇都宮駐屯地公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/utunomiya/utsunomiyahp/sireipr.html

防衛省陸上自衛隊 日本原駐屯地公式Webサイト(FH-70写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/mae/13b/nihonbara/syasin.html

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする