本吉幸則(もとよし・ゆきのり)|第36期・陸上自衛隊

本吉幸則は昭和44年12月1日生まれの陸上自衛官。

防衛大学校第36期卒業で73幹候、職種は機甲科だ。

平成29年8月(2017年8月) 第6戦車大隊長兼大和駐屯地司令・2等陸佐

前職は富士学校勤務であった。

2017年9月現在で第6戦車大隊長兼大和駐屯地司令のポストにある本吉だが、大和駐屯地が所在するのは宮城県大和町。

東北方面隊隷下の第6師団に所属しており、南東北では唯一の戦車を運用する部隊になっている。

平成28年4月に発生した熊本地震の際には、遠くこの大和駐屯地から熊本まで、第6戦車大隊の災派(災害派遣部隊)も派遣されたが、この際には救援資材を満載したトラックだけでなく軽装甲機動車、さらに偵察用バイクまで被災地に向かい、長駆熊本を目指した。

なお、なぜ戦車大隊所属の偵察隊がわざわざバイクで向かうのか、ということだが、これは文字通り、震災で道路が寸断された被災地では、バイクによる状況視察が極めて有効であるからだ。

なおかつ陸上自衛隊の偵察隊の練度は高く、悪路や悪条件であっても任務をこなす訓練を積んでいるため、4輪車が入れないような大規模震災の現場でこそ力を発揮し、救援活動に欠かせない情報を収集する。

この際、東北自動車道から一路南に向かう自衛隊の車列を目撃するインターネットの書き込みが急増したが、中でも偵察部隊のバイクが東北から熊本まで2輪で向かっていることに、多くの驚きの声が挙がっていた。

あの2輪バイクで大和駐屯地から熊本まで行こうと思えば、並大抵の体力ではまず保たない。

自衛隊員そのものがそもそも、並大抵の体力では保たないのだから当たり前といえば当たり前かもしれないが、このような遠方からも、国民の危機に際し被災地入りする自衛隊には本当に敬意を感じる他ない。

「国民が危機に陥った時にも、この国には自衛隊がいる」

国民がそう思える軍隊を持つことができている日本は、本当に素晴らしい国だ。

なお震災といえば、宮城県に所在する大和駐屯地は、東日本大震災の際にももちろん中核となってその災害救助の任務にあたったが、その際、あの時の自衛隊の活動を象徴するかのような1枚の写真が撮られていた。

著作権の関係で貼ることができずに残念だが、おくるみに包まれた生まれたての赤ん坊を抱き、その赤ちゃんの顔を笑顔で見つめる自衛隊員の写真といえば、あるいはピンとくる人も多いのではないだろうか。

2017年9月現在、「東日本震災 赤ちゃん」でグーグル画像検索すると1番目に出てくる画像だ。

実はこの赤ちゃんを抱くのは、この大和駐屯地に所属している千葉浩司2等陸曹(44)=当時=。

津波に呑まれ孤立した住宅地を、生存者がいないか捜索を行っていた千葉2曹の班によって発見・救出された一家に生まれたばかりの赤ちゃんであり、あの未曾有の震災の僅か3日後に救助された。

赤ちゃんを眩しそうに、優しい目で見つめる千葉2曹の目線が、我が国自衛官の心根を余すこと無く表しており、とても素晴らしいショットであった。

なおこの話には後日談が在り、この1年後に、救助現場近くで、千葉2曹と一家は再会し、すっかり大きくなり、自分の足で歩き始めた女の子とも再会を果たす。

おくるみの中に居た女の子は千葉2曹の制服をしっかりつかむ1歳児に成長しており、その模様を2012年3月11日 付の読売新聞が伝えていた。

この際、親子からの「年賀状を贈りたい」という申し出に千葉2曹は快く連絡先を教えたそうだが、その女の子も今では6歳になり小学校1年生になったはずだ。

きっと今年も、大きくなった女の子の年賀状が千葉のもとに届き、あの頃の様に目を細め嬉しそうに目を通したことだろう。

隊員たちが命をかけて救った生命は、今日も各地で力強く、復興に向けて歩みを進めている。

さて、そんな心優しく強い戦士たちを率いる本吉だが、その自衛隊キャリアは清々しいほどに機甲科一色だ。

平成4年3月に陸自に入隊すると、最初に配属になったのがここ第6戦車大隊。

3等陸尉として初めて赴任した現場の大隊長になるなど、25年前には想像もしていなかったのではないだろうか。

古参の最先任曹長に習い、顔色を伺いながら右も左もわからないまま初めて指揮を執った現場に、すっかり機甲科のプロになって戻ってきたことになるが、第73戦車連隊や第2戦車連隊など「機甲科の聖地」である北海道でキャリアを重ね、その経歴は素晴らしいものとなっている。

特に、第73戦車連隊(南恵庭)では中隊長で指揮を執っているが、第73戦車連隊は「機甲師団」である第7師団隷下にある、我が国最強の機甲科部隊の一つだ。

90式戦車を運用し北海道の恵まれた演習場で十分な演習をこなしており、その練度は極めて高く、近年では南西方面への転地演習を繰り返すなど、危機に際しては全国どこにでも駆けつける体制を整える。

その後富士学校教官や第1偵察隊の隊長などを経て、ここ大和駐屯地で第6戦車大隊長に補職されたことになるが、機甲科の現場指揮官としてはこれ以上ない幹部であり、連隊はさらに精強さを増し、我が国の平和と安全に貢献してくれることだろう。

本吉の指揮の下、第6戦車連隊が今後どのような活躍を見せてくれるのか。

本吉のキャリアとも併せて、楽しみに注目していきたい。

◆本吉幸則(陸上自衛隊) 主要経歴

平成4年3月 陸上自衛隊入隊(第36期)
平成4年10月 第6戦車大隊(大和)
平成7年8月 第6偵察隊(大和)
平成15年3月 第73戦車連隊中隊長(南恵庭)
平成15年7月 3等陸佐
平成17年3月 防衛大学校(横須賀)
平成20年3月 第2戦車連隊(上富良野)
平成22年3月 富士学校(富士)
平成25年7月 2等陸佐
平成25年8月 第1偵察隊長(練馬)
平成27年8月 富士学校(富士)
平成29年8月 第6戦車大隊長兼大和駐屯地司令(大和)

自衛隊高級幹部名簿一覧に戻る

トップページに戻る

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 大和駐屯地公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/6d/unit_hp/taiwa_hp/sirei.html

防衛省陸上自衛隊 中部方面隊公式Webサイト(74式戦車写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/mae/MAkatudou/izatoiutoki/Photo15.html

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする