石丸威司(いしまる・たけし)|第31期・陸上自衛隊

石丸威司は昭和39年生まれ、大阪府出身の陸上自衛官。

防衛大学校第31期の卒業で68幹候、職種は施設科だ。

平成29年8月(2017年8月) 自衛隊愛知地方協力本部長・1等陸佐

前職は西部方面後方支援隊長であった。

いぶし銀の仕事師というのはあるいは石丸のような男のことを言うのであろうか。

平時においては自らの訓練だけでなく他職種の訓練支援を、有事においては工兵として戦場を駆け回る施設科の高級幹部であり、PKOでの海外派遣任務も豊富な現場のベテラン幹部だ。

我が国の施設科が国際的にも高い評価を受けており、PKO活動を通じて日本の国益に大きく貢献してるのは誰もが知るところだが、石丸のキャリアはまさにその中心にあったと言える。

現場指揮官としては、1995年に第3次モザンビーク派遣輸送調整中隊の一員としてモザンビークに、2004年からはイラク復興業務支援隊のクウェート分遣班長としてサマーワに赴き、イラクで活動する自衛隊の後方支援任務を行ってきた。

そしてこのような経験から、平成26年(2014年)4月からは「国連PKO工兵マニュアル」作りという大役を任され、1年を掛けてこの大仕事に取り組むことになる。

このマニュアルは国連が加盟各国の軍に対し制作を呼びかけたもので、14カ国からなる代表者で構成されるワーキングチームにより作成に着手されたものだが、日本の工兵(施設科)はそのPKO活動における確実な仕事ぶり、早さ、規律の高さなどから議長国に選ばれることになる。

そしてその責任者に選ばれたのが石丸であったが、豊富なPKO活動と施設科での経験や実績を元に各国の意見まとめをリードし、およそ1年掛けてマニュアルを完成させるに至った。

これから先、国連PKO活動で行われる施設科の「世界の教科書」は石丸を始めとした陸上自衛隊のチームが中心となって作られたものが使われ続け、改定もあるであろうが、そのベースとなる思想や在り方は、長きに渡り世界平和に貢献し続けるだろう。

まさに石丸の施設科幹部としての集大成とも言える作業であった(まだ退役するような年でもないが)。

そして石丸はこの国連PKO工兵マニュアルを作り上げ世界に範を示した功績により、2015年4月22日、防衛功労章を添え第1級賞詞が中谷防衛大臣(当時)から授与されるに至る。

第1級賞詞は防衛大臣から授与されるものであり、特別賞詞に準ずる功績を挙げた者に贈られるものだが、オリンピックで金メダルに輝いたものが授与されるクラスの賞詞であるといえば、その凄さがおわかり頂けるだろう。

国連PKO活動の現場指揮で我が国の国益に貢献した男が、ベテランになってその知見を余すこと無くマニュアルとして残し、世界平和に貢献する。

余り目立つことはないが、自衛隊はもちろん、世界平和に欠かすことができない我が国の施設科部隊。

まさにいぶし銀のような活躍を見せた男が一旦現場を離れ、2017年8月から愛知地方協力本部長のポストに就き、急に市民に近い場所に出てきたことになる。

自衛隊員であっても、施設科の隊員となれば一般市民にはなかなか接点がない。

駐屯地開設祭や師団創立祭で行われる訓練展示でも、普通科や機甲科(戦車)、野戦特科(FH-70)などが出てくることは多いが、施設科の施設組み立て展示や、逆に爆破展示と言うものはなかなかできそうもないので当たり前といえば当たり前なのだが、その分どうしても目立たず、派手さがない部隊となる。

その指揮官を歴任してきた石丸が愛知の地方協力本部長として、市民に一番近い所に出てきたわけだが、その前職でも西部方面後方支援隊長と、やや馴染み深いポストを任されキャリアを積んでいる。

後方支援隊とは、糧食や燃料、需品器材や被服の補給、整備、回収、給水、入浴洗濯等幅広い任務を負っている部隊で、要するに自衛隊の後方支援全般を行う部隊だ。

そのため災派(災害派遣)では、普通科や施設科が人命救助や瓦礫の撤去などと言った前線で活躍するのに対して、後方支援隊は野外炊具を使い温かい食事を作り被災者に振る舞い、また風呂を設営して心身に渡り疲れた被災者の心を癒やす。

前線で戦うものと後方で戦うものの役割分担はこのようなものだと、とてもわかり易い事例ではないだろうか。

ちなみに石丸は、西部方面後方支援隊長のポストにあった平成29年1月、鳥栖市で行われた「鳥栖市ロードレース大会」に野外炊具1号を持ち込み、参加者1600人に温かい豚汁を振る舞う支援を行っている。

美味しい豚汁が大好評であったのはもちろん。よほどのマニアでなければ知らない野外炊具での調理だ。

その調理工程も興味津々で、多くの市民の関心を集める、とても意義深い支援活動になったようだ。

このような経験を経て、愛知地方協力本部長に就いた石丸。

豊富な海外経験と世界平和への貢献、また施設科の裏話などその話題はきっと多くの人たちを惹き付け自衛隊への関心を喚起し、大きな成果を上げてくれることだろう。

31期組の最高幹部レースは、すでに陸将補も出て固まりつつある状況だが、そんなところとは関係のないところで、自身に与えられた任務を誠実にそして着実に、こなしていってくれるに違いない。

今後の石丸の活躍にも注目し、期待したい。

◆石丸威司(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
62年3月 防衛大学校卒業(第31期)

第5施設大隊(帯広)
第3次モザンビーク派遣輸送調整中隊
イラク復興業務支援隊クウェート分遣班長
第8施設大隊長兼ねて川内駐屯地司令(川内)
第8師団司令部施設課長(北熊本)
中央即応集団司令部防衛部長(朝霞)
陸上幕僚監部施設課建設班長(市ヶ谷)
第4施設群長兼ねて座間分屯地司令(座間)
陸上幕僚監部装備部施設課長(市ヶ谷)
西部方面後方支援隊長(目達原)
自衛隊愛知地方協力本部長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省 愛知地方協力本部公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/pco/aichi/greentingsfromthegeneralmanager.html

防衛省陸上自衛隊 滝ヶ原駐屯地公式Webサイト(訓練写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/takigahara/butai/butai_sisetu.html

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