腰塚浩貴(こしづか・こうき)|第32期・陸上自衛隊

腰塚浩貴は昭和40年11月生まれ、長崎県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第32期の卒業で69幹候、出身職種は施設科だ。

防衛大学校在学時代にはハンドボール部で活躍した。

平成29年8月(2017年8月) 陸上自衛隊施設学校長兼ねて勝田駐屯地司令・陸将補

前職は第2施設団長であった。

2017年9月現在、腰塚が補職されているのは陸自施設学校の校長職で、施設科で活躍する、あるいは活躍しようとする隊員たちに対し、施設科隊員として必要な知識や技能を教える組織だ。

この学校では、実際に学生たちの手でRC造(鉄筋コンクリート造)の建物まで造ってしまうほどに実戦的な教育を施しており、世界的にも非常に評価が高い我が国の「工兵」は、ここでそのノウハウを身に着け、各部隊で活躍することになる。

そのような責任ある組織のトップに着任した腰塚である。

これまで歩んできたキャリアは極めて充実しており、施設科の頭脳とも言える学校長にふさわしい経歴になっている。

腰塚が陸上自衛隊に入隊したのは昭和63年。

1等陸佐に昇ったのが平成19年1月なので、文句なしの1選抜であり、32期組のスーパーエリートとして1番出世を果たした高級幹部であった。

その後、陸将補に昇ったのが平成27年8月だったので、この間は8年かかったことになり、将補への昇進は同期の出世頭に少し置いて行かれた感がある。

しかしながら、そもそもが数%しかなることができない将官ポストだ。

7年で1佐をパスしてしまうバケモノと比較しても仕方ないだろう。

また腰塚は、若き3等陸佐の時代にはゴラン高原のUNDOF(国連兵力引き離し活動)にも参加し、イスラエルとシリアの停戦監視を行う任務にも携わっている。

国際的にも評価が高い我が国の施設科幹部として、平和と復興に活かすための知見を大いに活用し活躍したが、この際の経験は論文としても著しているものがあり、興味深い。

なお同著は、国会図書館にもアーカイブされているので、誰でも閲覧することができるため、興味があれば検索してもらえれば幸いだ。

その後、5施設群長、第2施設団長など、施設科の現場で広く指揮を執り、2017年8月からは後進の指導育成にあたることになった。

様々なキャリアを経て将補に昇った腰塚だが、あるいは忘れがたい経験といえばやはり、東日本大震災ではないだろうか。

腰塚は当時、第5施設群長兼ねて高田駐屯地司令の要職にあったが、震災が発生すると隷下部隊を率いて直ちに現地入り。

相馬市や南相馬市を中心に生存者やご遺体の捜索に携わる。

この際の活動地域は原発から20km圏内であり、線量計を携えての極めて厳しい任務となったが、この間腰塚と隷下部隊は多くの被災者を救出した一方で、残念ながら192を数えるご遺体も発見することとなり、ご家族の元に届けるという過酷な任務も経験した。

放射線という目に見えない敵と戦いながら、そして津波さえ無ければ失われることがなかった子供たちの亡骸までも扱わなければならないのは、ギリギリの精神状態であっただろう。

それでも腰塚以下、高田駐屯地の精鋭たちはこの任務をやり遂げ、復興の大きな力となった。

その一方で、余り報じられてはいないのだが、震災からわずか半年後の2011年10月、腰塚とともに震災復興にあたった高田駐屯地に所在する、第2普通科連隊の連隊長が自殺するという事件が発生している。

2011年7月には一度駐屯地に帰投し、腰塚とともに記者会見を開き現地の様子や自衛隊の活動など記者の質問に応じていたのだが、まさに突然の自死であり、第2連隊と高田駐屯地には衝撃が走った。

遺書も遺されていたということだが、その内容はさすがに発表されていない。

何があったのか窺い知ることなどできないが、一つ確実に言えることは、東日本大震災の現場に足を運び、子供から高齢者まで多くのご遺体に接したことは、一人の人間としての死生観に影響を与えるものであったのは確実であろう。

あるいはこれもまた、あの未曾有の震災がもたらした悲劇の一つであるのかもしれない。

連隊長としての職責にあるものがこのような事になって残念ではあるが、今はただ、故人の冥福を静かに祈りたい。

様々な経験を経て現職にある腰塚だが、32期という年齢はまだ退役には随分時間がある年次だ。

おそらく後職では、いずれかの方面隊で幕僚長を務めるか、あるいはいずれかの方面隊にある補給処長のポストに異動になるであろうことが予想される。

いずれも我が国の国防を大きく左右する要職であり、腰塚のキャリアからまさに適材の職務となるだろう。

さらなる活躍は間違いのない腰塚の、今後の活躍にも大いに注目していきたい。

◆腰塚浩貴(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 陸上自衛隊入隊(第32期)

平成
11年1月 3等陸佐
14年7月 2等陸佐
19年1月 1等陸佐
19年8月 陸上自衛隊幹部学校付
20年8月 陸上幕僚監部人事計画課制度班長
22年12月 第5施設群長
24年8月 陸上自衛隊幹部学校主任教官
25年8月 西部方面総監部人事部長
27年8月 第2施設団長 陸将補
29年8月 陸上自衛隊施設学校長兼ねて勝田駐屯地司令

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 東北方面隊公式Webサイト(顔写真は広報誌「みちのく」より)

http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/neahq/

防衛省陸上自衛隊 第5施設団第9施設群公式Webサイト(訓練写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/wae/link/9eg/9egindex.html

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