岩﨑英俊(いわさき・ひでとし)|第31期・海上自衛隊

岩﨑英俊(岩崎英俊)は昭和39年10月生まれ、山口県出身の海上自衛官。

防衛大学校第31期の卒業で38幹候。

なお、2017年9月現在で現職である呉地方総監部のWebサイトには、「岩崎英俊」という表記で紹介がなされているものの、正確には旧字体である岩﨑英俊の表記が正しいと思われる。

過去の役職ではこちらの方が用いられていたため、掲題もこちらを採用した。

平成28年12月(2016年12月) 呉地方総監部幕僚長・海将補

前職は練習艦隊司令官であった。

防衛大学校第31期組は、海上自衛隊においてまさにこれからが、トップレース争いが佳境に差し掛かる頃合いだ。

おそらく2018年の夏頃には、31期組から最初の将官が誕生し始める頃であり、まさに今、31期組で海将補にある者たちは最後のひとレースをしていることになる。

ところで、2017年夏の海将人事にはややサプライズがあった。

29期であり、横須賀地方総監部幕僚長を務めていた杉本孝幸(第29期)が海将に昇り、航空集団司令官に着任したのはおそらく多くの人が予想したとおりだが、出口佳努(第30期相当)が海将に昇り、佐世保地方総監部幕僚長から統合幕僚学校長に昇ったのは、やや驚いた人も多かったのではないだろうか。

というのもこの人事は、第30期組から1番乗りでの海将昇進であり、なおかつ一般大学(岡山大学)出身でありながら、同期の一番出世となったからだ。

ちなみに出口は1970年代と、「防衛大学出身者の空白期」である1980年代などの特殊な時期を除けば、一般大学から初めての統合幕僚学校長に就任したことになり、海将昇進と併せてなかなかのインパクトであった。

あるいは海上自衛隊に、防衛大学1期生就任以降としては史上初となる、一般大学からの海上幕僚長が誕生することになるのかもしれない可能性を感じさせた人事であった。

そんな30期組から初の海将が生まれた2017年夏の人事だったので、2018年は、岩﨑を含む31期組から海将が生まれる可能性が高いと考えられる。

そして、その候補者となり得るのは以下5名の海将補であろう(医官を除く)。

なお、肩書はいずれも2017年10月現在のものだ。

乾悦久(第31期)・海上幕僚監部総務部長

岩﨑英俊(第31期)・呉地方総監部幕僚長

酒井良(第31期)・海上幕僚監部防衛部長

下淳市(第31期)・第2術科学校長

園田直紀(第31期)・海上幕僚監部人事教育部長

なおこの5名は、下を除く4名が全員、平成18年1月に1選抜で1等海佐に昇っており、下はそれに遅れること半年、18年7月の昇進。

海将補への昇進時期は以下のようになっている。

酒井・園田・・・平成24年7月

岩﨑・・・平成24年12月

乾・・・平成27年8月

下・・・平成27年12月

このように考えると、少なくともスピード出世という意味においては、2018年夏の海将補レースで候補になり得るのは酒井、園田、岩﨑の3名に絞られると考えて良いだろう。

このうち酒井と岩﨑が水上艦艇出身であり、園田は飛行ということになっている。

第31期組から海上幕僚長が誕生する政治状況になった際には、この3名から選ばれるとみてまず間違いなだろう。

さて、その近い将来に海上幕僚長に就任する可能性がある岩﨑だが、そのキャリアを見る限り、海上幕僚長に昇る可能性がある者としての過不足が特に見当たらない。

豊富な水上艦艇の指揮経験があり、艦隊や地方隊の幕僚経験など、そのキャリアを一つづつ確実に積み上げ、呉地方隊の幕僚長に就任した。

海将補としてのキャリアも5年になるので、いつでも海将に昇る環境が整っていると言えるだろう。

そのキャリアはどれも特筆するべきものばかりだが、敢えて上げさせてもらうと練習艦隊の司令官であろうか。

練習艦隊の司令官は、海上自衛隊幹部候補生学校を卒業した若者たちがその足で練習艦に乗り込み、その時の国際情勢に併せて選ばれた世界の各港を廻って、海上自衛官としての能力を磨き、国際感覚を磨くために行われるものだ。

その司令官に選ばれるということは、20年後、30年後の海上自衛隊を支える若き士官候補生たちの「オヤジ」になることであり、おそらく候補生たちは、これから長い海上自衛官生活の中で多くの指揮官に仕える事になっても、このオヤジがもっとも印象深い上司の一人になるだろう。

いわば士官候補生たちの人格形成や考え方に直接的な影響を与える存在であり、最初に本格的に接する将官として、自らの士官としての在り方すら、多くのことを吸収しようとするであろう存在だ。

ハッキリ言って、とんでもないオヤジがこのポストに就けば、それは日本のみならず世界にとっても悲劇である。

それほどに、未来に渡り影響力を残し続けるポストに就いたことは、おそらく岩﨑本人もこの上ない誇りとして、自衛官生活の中でも思い出深い一コマになったのではないだろうか。

なお、上記の画像は岩﨑率いる練習艦隊が航海中に、その寄港先近くで撮られたものだ。

海上自衛隊の公式Webサイトから規則に従い借用したものだが、どこの港でいつ撮られたものか、詳細がかかれていないものの2016年の練習艦隊の寄港地と写真から推測して、おそらくインド洋のジブチ沖ではないだろうか。

海上自衛隊が海賊対策の国際貢献活動で艦隊を派遣している地域であり、練習艦隊はこの周辺を2016年9月末にかけて通過している。

まさに海に生きる男たちからの、熱いエールだ。

遠く離れたアフリカの地で、若き士官が訓練を行う艦隊を見かけ声援を送るベテランたち。

そして、大先輩たちが今まさに死力を尽くし任務に励む現場を通り過ぎる際に、思いもよらぬサプライズで声援を受ける若き士官たち。

隊員たちの気持ちが写真からも伝わってくるようで、胸が熱くなる思いだ。

このような経験を通じて、岩﨑もまた初心に帰り、任務に対する熱い気持ちを思い出したことであろう。

最高幹部への出世レースに、31期組から誰が抜け出すのか、それが決まるのは2018年の夏頃になりそうだ。

誰が抜け出しても変わらぬ思いで職務を全うしてくれることは間違いないが、それが岩﨑であれば、なんとなく楽しみではある。

◆岩﨑英俊(海上自衛隊) 主要経歴

昭和
62年3月 海上自衛隊入隊(第31期)

平成
10年1月 3等海佐
13年7月 2等海佐
18年1月 1等海佐
19年7月 第3護衛隊群幕僚
20年12月 海上幕僚監部指揮通信課指揮通信班長
22年4月 第5護衛隊群司令
23年4月 海上幕僚監部指揮通信課長
24年12月 海上自衛隊幹部学校副校長 海将補
25年12月 第2護衛隊群司令
27年12月 練習艦隊司令官
28年12月 呉地方総監部幕僚長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省海上自衛隊 練習艦隊公式Webサイト(顔写真及び寄港先写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/formal/operation/enyo/2016/enyo2016_17.html

http://www.mod.go.jp/msdf/formal/operation/enyo2016_19.html

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