中村裕亮(なかむら・ひろあき)|第32期・陸上自衛隊

中村裕亮は昭和40年8月生まれ、香川県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第32期の卒業で幹候69期、出身職種は普通科だ。

平成30年3月(2018年3月) 陸上自衛隊教育訓練研究本部副本部長兼ねて総合企画部長・陸将補

前職は陸上自衛隊研究本部幹事兼企画室長であった。

2018年4月現在、陸上自衛隊教育訓練研究本部副本部長兼ねて総合企画部長を務める中村だ。

陸将補に昇って最初の補職が北部方面総監部幕僚副長であり、そのあと後職として陸上自衛隊研究本部幹事兼企画室長に。

そしてその研本(研究本部)を発展的に再編した陸上自衛隊教育訓練研究本部で、初代の副本部長を務める。

指揮官ポストではなく、補佐ポストが続いているため防衛省の公式Webサイトでなかなか写真が見つからなかったのだが、かろうじて上記、北部方面隊の機関紙・あかしあの集合写真に中村を見つけることができた。

下段右端が中村だ。

ちなみにその左横は、当時第7師団長で現北部方面総監の田浦正人(第28期)

更に真ん中に、在日米陸軍司令官のブーザー陸軍少将を挟んで、その左にいるのは当時の北部方面総監で、前の陸上幕僚長であった岡部俊哉(第25期)だ。

※肩書と呼び方はいずれも2018年4月現在。

当時まさか、田浦は岡部の跡を継ぎ第7師団長から1ステップすっ飛ばし、北部方面総監に昇るとは思っても居なかっただろう。

そして岡部は、陸幕長に昇ってまさか1年で、詰め腹を切らされる無念の退役が待っていようとは思わなかったはずだ。

政治の怠慢で自衛官の人事や人生がおかしなことになるのは、自衛官を志そうとしてくれる若者たちへの悪影響も計り知れない。

本当に、そろそろ政治があるべき道のイニシアティブを発揮してくれることを切に願う。

それはともかくとして、中村の仕事についてである。

陸上自衛隊教育訓練研究本部副本部長だが、教育訓練研究本部は極めて画期的で歴史的な組織改編の結果、生まれた組織だ。

従来、やや信じがたいことではあるが、陸上自衛隊では研究は研究、教育は教育でそれぞれ独立した組織であり、研究本部がどれだけ先進的な研究に取り組み、あるいはPKOなどの教訓を財産として残しても、それを直接教育に反映させる仕組みがなかった。

本組織は、それを一元的にする形で横串を刺し、研究成果を直接教育に反映させ、さらに訓練にも取り入れようという組織である。

この考え方は航空自衛隊では既に取り入れられており、航空教育集団がこれにあたる。

なお、それだけ重要な組織なので空自航空教育集団のトップである司令官ポストは、なんと陸自の陸上総隊司令官(=各地方総監)と同格となる、指定職5号の要職だ。

ちなみに陸自の教育訓練研究本部長ポストは3号職であり、空自では航空総隊の副司令官と同格と言うことになる。

戦前に「陸軍3長官」といえば、陸軍大臣に参謀総長、それに教育総監であったが、それほどまでに教育と訓練を統括する陸軍(陸自)のポストは重要なものとなる。

まだ発足したてであり、その役割に比べやや、格が低い扱いになっている気がしないでもないが、その重要性にはいささかの揺るぎもない。

中村には、その初代副本部長としてきっと活躍してくれるであろうと、陸自内外からの注目が寄せられている。

さて次に、その中村と中村を含む32期組の動向についてだ。

中村が陸上自衛隊に入隊したのは昭和63年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成19年1月なので、32期組1選抜(1番乗り)のスピード出世だ。

陸将補に昇ったのは26年3月なので、こちらは1選抜の7ヶ月遅れではあるが、堂々の将官昇任2選抜である。

32期組トップエリートであり、近い将来の有力な陸将候補の一人と言ってよいだろう。

なお、その32期組から最初の陸将が選抜されるのは2019年夏の将官人事の予定だ。

そのため2018年4月現在では陸将補が出世頭ということになるが、32期組からは以下の幹部たちがその任にあたっている。

梶原直樹(第32期)・統合幕僚監部防衛計画部長(2013年8月)

大塚裕治(第32期)・陸上幕僚監部装備計画部長(2013年8月)

森下泰臣(第32期)・陸上幕僚監部人事教育部長(2013年8月)

堀井泰蔵(第32期相当)・第5旅団長(2013年8月)

中村裕亮(第32期)・教育訓練研究本部副本部長兼ねて総合企画部長(2014年3月)

田尻祐介(第32期)・陸上自衛隊航空学校長兼ねて明野駐屯地司令(2014年8月)

鬼頭健司(第32期相当)・陸上自衛隊幹部候補生学校長(2014年12月)

木口雄司(第32期)・高射学校長兼ねて下志津駐屯地司令(2015年8月)

青木伸一(第32期)・水陸機動団長兼ねて相浦駐屯地司令(2015年12月)

池田頼昭(第32期)・第10師団副師団長兼守山駐屯地司令(2016年3月)

斎藤兼一(第32期相当)・第7師団副師団長兼ねて東千歳駐屯地司令(2017年12月)

※肩書はいずれも2018年4月現在。( )内は陸将補昇任時期。

※2018年3月の昇任将補については期別未確認のため後日加筆する可能性あり。

以上のような状況になっており、まずは梶原、大塚、森下、堀井の4名が中心になって陸将人事が選抜され、選ばれていくことになるだろう。

中村については、将補への昇任が2選抜だったこともあり、あるいは2019年夏の将官人事でサプライズの追い上げ昇任も期待でき、十分考えられる位置につけている。

とはいえ、1選抜の4人はいずれもトップエリートの幹部ばかりであり、なかなかそういうわけにもいかないだろうが、大方の予想を裏切るのが自衛隊の最高幹部人事だ。

ぜひ、サプライズがあり得るような大活躍を見せ、追い込みをかけて欲しい。

その仕事ぶりを楽しみに注目を続け、そして応援して行きたい。

本記事は当初2017年10月6日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年4月30日に整理し、改めて公開した。

◆中村裕亮(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 陸上自衛隊入隊(第32期)

平成
年 月 第4普通科連隊小隊長(帯広)
9年 月 外務省出向(北米局日米安全保障条約課)
年 月 第43普通科連隊第2中隊長(都城)
11年1月 3等陸佐
14年7月 2等陸佐
16年3月 陸上幕僚監部防衛課防衛班
19年1月 1等陸佐
19年3月 中央情報隊付(米陸軍戦略大学)
20年8月 陸上自衛隊研究本部研究員
20年12月 陸上幕僚監部教育訓練課訓練演習班長
22年8月 第40普通科連隊長(小倉)
24年7月 陸上幕僚監部教育訓練課長
26年3月 北部方面総監部幕僚副長 陸将補
28年3月 陸上自衛隊研究本部幹事兼企画室長
30年3月 陸上自衛隊教育訓練研究本部副本部長兼ねて総合企画部長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 北部方面隊公式Webサイト(あかしあ716号及び26年度協同転地演習より)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/katudou/butaikunren/tennti/tennti.htm

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/katudou/akasiya/akasiya.html

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