前田忠男(まえだ・ただお)|第31期・陸上自衛隊

前田忠男は昭和39年4月生まれ、千葉県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第31期の卒業で幹候68期、出身職種は普通科だ。

平成28年7月(2016年7月) 陸上幕僚監部防衛部長・陸将補

前職は陸上自衛隊研究本部総合研究部長であった。

2018年5月現在、陸幕防衛部長の要職にある前田だ。

31期組のエリートであり、米陸軍戦略大学への留学、第1空挺団長、そして陸幕防衛部長など、極めて輝かしいキャリアを誇る幹部である。

しかし前田の場合、その輝かしいキャリアや補職についてよりも、より特筆しなければならないことがある。

それは「識者」とされる一部の活動家たちによる、前田個人への強烈な個人攻撃だ。

多くの自衛隊ファンにとっては残念な出来事になった2017年夏の岡部俊哉(第25期)・前陸上幕僚長の更迭劇だが、今も記憶に新しい人は多いだろう。

順当に行けば統幕長に昇っていたであろうキャリアの中、「南スーダン日報隠蔽問題」のために岡部氏が詰め腹を切らされることになった理不尽さには、多くの関係者も歯噛みする思いであったはずだ。

そしてこの問題で、なぜか槍玉に上がり個人攻撃を受け続ける災難にあったのが、前田であった。

ヤフーニュースにも掲載されたある論評紙は、この「日報問題」の際に、前田をして

「陸幕の膿」「自己顕示欲の塊り」「自分たちの都合がいいように事実を歪曲」

とまで書き立てる。

そして、「反目する岡部陸幕長を失脚させるため、日報問題を仕掛けた」

という壮大なファンタジーまで流した。

憶測で記事を書くにしても、個人名を上げてここまで断定的に人を叩くには、憎悪の感情がなければなかなかできるものではない。

なおこの「岡部陸幕長失脚を目論んで」前田が一連の騒動を仕掛けたという珍説だが、岡部氏本人が後日、もちろん非公式だが一笑に付しているのでデマで間違いないだろう。

またそうかと思えば、ある元  小物  外交官は、岡部氏が詰め腹を切らされたことに腹を立てた前田による、政治に対するクーデターであると書き立てる。

そして平成の2.26事件であるとして、シビリアンコントロールの観点から前田を吊るし上げるべきだと批判を展開。

日報問題について、当時の元稲田防衛相が隠蔽を知っていたことをマスコミなどにリークしたのは前田であり、その行為は政治への反乱である、というのが糾弾の要旨だ。

いろいろと言いたいことはあるが、もし前田が本当に、政治家の不正を許すことができずに世の中にリークしたのであれば、それは公益通報と言ってよい行為だ。

おそらく自衛官でなければ、左翼系言論人やマスコミは間違いなく大絶賛したであろう。

その一方で、前田は31期組のトップエリートであり、1選抜(1番乗り)で陸将補にも昇った、31期組の将来の陸幕長候補の一人だ。

陸自では、1選抜で将補に昇ったものはそのまま1選抜で陸将にも昇る可能性が高い。

そしてその31期組は、2018年夏の将官人事で最初の陸将が選抜されることになっており、2017年夏の時点で前田は、1年後の選抜に向け、大事な時期を過ごしていたことになる。

そんな時期に、1選抜のキャリアも将来も全て棒に振り、鉄壁の安定を誇る安倍政権の目玉大臣・稲田前防衛相のクビを取るために人生を賭けたという説は余りにも荒唐無稽だ。

逆に、前田がそこまでして政治の不正を許すことができず、これまでのキャリアを全てなげうって真実を明るみにしようとしたのであれば、それはそれで男気がありすぎて凄い話である。

いずれにせよ、さすがに真相はわからない。

ただ一つ言えることは、前田を指弾する”言論人”の論陣は総じて自衛隊に批判的であり、また”平和憲法”を経典にしている活動家の方である。

断言の形で書いている情報ソースも「関係者によると」のような、お約束のパターンだ。

とても客観性のある合理的な人たちの言論とは思えず、わずかでも参考にするのはリスクが大きすぎるだろう。

現役自衛官が公に反論できないことを見越しての言葉の暴力は、さすがに言論の自由を名分にしても気分の良いものではない。

さて、そんな叩かれ方をしてしまっている前田だが、とりあえず話を戻し、そのキャリアと同期の動向について見てみたい。

前田が陸上自衛隊に入隊したのは昭和62年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成18年1月、陸将補に昇ったのが24年7月なので、共に31期組1選抜(1番乗り)のスピード出世だ。

先述の通り、31期組は2018年夏の将官人事で最初の陸将が選抜される予定であり、今のところ前田は、31期の先頭を走るスーパーエリートである。

そして2018年5月現在で、31期の陸将補にある幹部たちは以下の通りだ。

いずれ劣らぬエリートであり、その動向が楽しみな幹部ばかりである。

沖邑佳彦(第31期)・陸上幕僚監部運用支援・訓練部長(2012年7月)

竹本竜司(第31期)・第11旅団長(2012年7月)

前田忠男(第31期)・陸上幕僚監部防衛部長(2012年7月)

原田智総(第31期)・第15旅団長(2012年7月)

蛭川利幸(第31期)・中部方面総監部幕僚長兼ねて伊丹駐屯地司令(2013年3月)

中野義久(第31期)・東部方面総監部幕僚長兼ねて朝霞駐屯地司令(2013年8月)

亀山慎二(第31期)・中央情報隊長兼ねて陸上総隊司令部情報部長(2013年12月)

小和瀬一(第31期相当)・第14旅団長(2014年3月)

藤岡登志樹(第31期)・陸上自衛隊富士学校副校長(2014年8月)

眞弓康次(第31期)・陸上自衛隊武器学校長兼土浦駐屯地司令(2015年2月)

片岡義博(第31期)・第1特科団長兼ねて北千歳駐屯地指令(2015年7月)

吉野俊二(第31期)・陸上自衛隊化学学校長兼大宮駐屯地司令(2015年12月)

森脇良尚(第31期)・第2師団副師団長(2016年12月)

鵜居正行(第31期)・防衛装備庁プロジェクト管理部プロジェクト管理総括官(2017年3月)

野村悟(第31期)・陸上総隊司令部日米共同部長(2017年3月)

※肩書はいずれも2018年5月現在。( )は陸将補昇任時期。

※2018年3月の人事で将補に昇任した幹部の期別は未確認のため、追記する可能性あり。

上記のような状況であり、前田はその補職や昇任の速さから見ても、1選抜陸将候補の筆頭にある。

通常、奇策を用いて人を追い落とそうとするのは、遅れを取っている方が考えることであり、そういう意味でも、やはり前田には奇策を使う理由がないと考えるのが自然だろう。

また素人考えで恐縮だが、そもそも前田に限らず、自衛官にとって海外での活動日報は、自分を守るための絶対に欠かせない拠り所にもなる重要なものだ。

なぜなら、仮に交戦状態になり、あるいは自衛官が発砲を余儀なくされるような事態になった際、軍法で守られない可能性がある自衛官にとっては、その行為の正当性を正当防衛や緊急避難に求めなければならないからだ。

その他、活動や任務の過酷な状況を政治に対し訴え、必要な法整備を要請するという意味でも、海外派遣日報を自衛隊もしくは自衛官の側で「無かったこと」にして都合の良い理由が全く想定できない。

実質的戦地にあると都合が悪い政府与党の怠慢であり、「日報隠蔽問題」については、制服組は詰め腹を切らされたと考えるのが自然ではないだろうか。

いずれにせよ、もし本当に前田が、安倍総理の秘蔵っ子である稲田朋美氏に反旗を翻し首をとったのであれば、前田は確実に、2018年夏の将官人事で陸将に昇任することはできないだろう。

それどころか、陸幕防衛部長の後職としては驚くほどの閑職に飛ばされることになるはずだ。

まずは、2018年夏の人事に注目し、31期組の動向を注視していきたい。

本記事は当初2017年10月8日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年5月3日に整理し、改めて公開した。

◆前田忠男(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
62年3月 陸上自衛隊入隊
63年3月 第26普通科連隊(留萌)

平成

元年 月 第1空挺団普通科群
10年1月 3等陸佐
10年 月 第18普通科連隊中隊長(真駒内)
13年 月 陸上幕僚監部教育訓練課
13年7月 2等陸佐
18年1月 1等陸佐
18年3月 中央資料隊付(米陸軍戦略大学)
19年3月 中央情報隊本部付
19年8月 統合幕僚本部運用1課
19年9月 統合幕僚監部運用1課防衛警備班長
21年3月 第12普通科連隊長
22年7月 陸上幕僚監部装備計画課長
24年7月 第1空挺団長 陸将補
25年12月 陸上自衛隊幹部候補生学校長
27年3月 陸上自衛隊研究本部総合研究部長
28年7月 陸上幕僚監部防衛部長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 幹部候補生学校公式Webサイト(講演会写真:PDF注意)

http://www.mod.go.jp/gsdf/ocsh/annzennhosyoutirasi261217.pdf

防衛省陸上自衛隊公式Webサイト(岡部前陸幕長)

http://www.mod.go.jp/gsdf/about/2017/20170612.html

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コメント

  1. 晴耕雨書 より:

    A第1空挺団初降下ー団長の自由降下に思う [名リーダーを思う]
    第1空挺団初降下ー前田団長の自由降下
     TVニュースで平成25年1月13日(日)に行われた第1空挺団初降下・離島奪回訓練の様子を承知していた私は1月某日習志野駐屯地を訪れた際、空挺団長前田将補の自由降下(普通降下ではなく、より難しく資格がいるスカイダイビング)実施を聞いた。全くの素人であり、門外漢であるが、その難しさは容易に想像できた。私は大変な感銘を受けた。

    自由降下は随分難しいらしい

    まず飛行中のヘリから空中に飛び出さなければならない。
     何回やっても恐しく、躊躇する心が当たり前だと思う。

    飛び出してすぐ水平の空中姿勢をとり其のまま降下。
     秒速何十メートルの速さで落ちてゆく。その間、俯きで大の字に手足を拡げる水平姿勢を取り続けなければならない。少しでも傾くとパラシュートが体に巻きついて開かず予備傘が操作できない場合はそのまま墜落してしまう。 そこをクリアして、所定の高度に達っしたら落下傘を開き、操作して、目的地上空に誘導する。
     風速・風向を考えながら、狭い習志野演習場内の降下地点に誘導することがまた難しい。
     降下地点への誘導をクリアしても、最後の着地がある。
     完全には減速できない、数mから飛び降りたのと同じ衝撃が体に加わる。この衝撃は自分の体の柔軟さや動きで吸収するしかない。降り易いフラットな処は少ない。凹凸面や木・石などの障害もある、それらへも適応しなければならない。
     要するに体力気力に優れ、訓練を重ねた空挺隊員の中でも更に技量や経験に優れたもの(有資格者)が自由降下に挑戦出来る。

    20年ぶりの空挺勤務
     確か前田団長は昨年7月に上番、若手幹部時代に数年勤務して以来20年ぶりの空挺勤務であったはず。
     20年は普通に考えると致命的なブランク。降下技術が体から抜け落ちてもおかしくないし、パラシュートも進化しその操作要領は時代遅れのはず。何より年齢が問題。
     聞いたところでは風洞訓練場で空中姿勢が保てるか否かを試したところ体が覚えていたので自信を得て、本格的に風洞訓練を重ね、教官の厳しいチェックを受け降下断行を決意したらしい。

    無事降下成功に思う
    身についていた基本動作
     若手幹部の時に真剣に取り組んだ降下技術が本当に身についていた。言い換えれば本当に身に着くまで徹底して訓練した、からと思う。その訓練は先輩幹部や猛者の陸曹諸官の厳しく温かい指導・注意と本人の汗と恥かきの賜物であった、ろうと思う。初降下での団長の自由降下は基本動作を身につける大切さを教える何よりの手本である。

    挑む気概
     団長がより難しいへ挑んだ気概は敬服に値する。将補の団長が自由降下をした例がどのくらいあるか私は知らない。まして年度訓練初めの初降下に於いては・・・。
     失敗も十分頭をよぎったであろう。しかし、失敗よりも己を信じ断行したそこに惹かれる。団長以下全員が成功させる為に心と技を一つにする。しかもそれは一人一人が敢えて厳しい目標や状況に挑戦する気概を前提とする。そしてやる以上は必ず成功させる、勝!その中で、指揮官は部隊の核心たらん、を強く自分に言い聞かせる強い気持ちが伝わってきた。全員で味わった任務達成の美酒に空挺魂を隊員と共有する喜びも伝わってきた。

    本稿の終わりに
     当日の風速は2m/秒であった、らしい。昨年14m/秒の風速で降下が出来なかった、と聞いた。団長の気概に運も味方したのであろうか。
     前田団長にとっての20年は”国家のいざ”では、何時でも何処でも飛び降りて見せるぞ、の覚悟を新たにする日々の積み重ねであった、に違いない。

    NHKスペシャル「60年目の自衛隊 ~現場からの報告~、大いなる精神は静かに忍耐する」、に思う [名リーダーを思う]
    始めに
     8月10日、夜9時の表記報道を視聴後、私は私なりに余韻を楽しんでいた。そこへ8月18日、某氏から電話があり、陸上自衛隊幹部候補生学校長が語った『大いなる精神は静かに忍耐する』、に感動した、と言う。何故?の私の問いに、あの言葉に日本人の魂そのもの、多くの人が忘れていた、を感じたから、という答えが返ってきた。
     私はこれだ、と思った。

    前田学校長の大仕事
     学校長は実に大きな仕事を二つした。
     先ず1つ、たった一つのフレーズで自衛隊の60年はこれです。これから先も(役割の変化でより難しい状況となっても)精神は変わらず務めを果たす、と言ってのけ、視聴した大多数の人にそのしんし(真姿)を納得させた。
     二つ、同時にたった一つのフレーズで、視聴した人に、暗に気高い志がありますか?その志を果たす為忍耐する事を知っていますか?と問いかけ、一人一人はその胸に手を当て感じるところがあった・・・。
     その感じた何か、例えば冒頭の『日本人の魂そのもの』、が自衛隊のしんし(真摯)さへの納得、共感の感情を呼び起こした。
     その真摯さとは『事に臨んでは危険を顧みず、身を挺して責務の完遂に務め』の宣誓に正面から取り組む姿勢である。いつ来るか分からぬ事ある時に備えて、覚悟と意欲を静かに燃やしている姿勢であり、その事ある時に断固実行する姿勢である。
     その事ある時は自分の代では来ないかもしれない、しかし後に続く誰かが身を挺して責務を果たす。自衛官がその心を伝え続ける真摯さもある。

     東日本大震災で原発事故に際し、原子炉の早急な冷却が求められた時、その緊急事態で国家が持ち得た手段は極めて限定されていた。その限定された取り得る手段は放水冷却隊であった。完全防護で、ヘリは最も放射能の濃度が高い原発真上から放水した。地上からは消防車の短いホースを最大限延して、原発に最接近し、放水した。状況不明下に刻一刻と迫っているかもしれない大爆発の危機、自衛官が後ずさりしたらその瞬間に限っては国家は無策であった、かもしれない。これこそ将に自衛官の服務の宣誓そのものである。自衛隊創設以来、営々と育み、伝え続けた自衛官の心を行動で示した、ものである。

     多くの人がこの光景を見、その行為の意味を理解していた。この事が当該報道で、前記真摯さに共感、納得した下敷きである。

    終わりに
     前田学校長は陸上自衛隊幹部候補生学校開設60周年の今年、入校した候補生への訓示に建学の精神として「大いなる精神は静かに忍耐する」を取り上げたが、集団安全保障の閣議決定に絡めたNHKの報道というタイミングの中では対象が候補生だけで済むはずがなかった。図らずも部外者・国民の多くの方への大きなメッセージという副次の効果を挙げた、と思う。
     これこそ将に大いなる精神は静かに忍耐するの実践ではないか、そんな気が強くしている。

    市民安全保障講座『60年目の幹部候補生学校~伝統の継承を意識して~』に思う [名リーダーを思う]
    始めに
     12月17日剛健大講堂において表題の講座を陸上自衛隊幹部候補生学校の校長前田将補が行った。私はこの講座を聴講させて頂いた。前回ブログ『NHKスペシャル「60年目の自衛隊 ~現場からの報告~、大いなる精神は静かに忍耐する」、に思う』以降、①大いなる精神とは、その在り様は?②静かに沈黙するとは、その中味は?そして③沈黙に決別する時とは、どのような時でその時の精神の在り様は?等について整理したい、と考えていた、その契機とする為である。前回頂いた感動を、一過的なものにしない為に、の思いが強かった。

    前田学校長の発信
     同校長はNHK特集を振り返り、言いたい事を富沢元陸幕長の談話と自らの談話の2つの場面のビデオに集約した。1つ目、前者は国防に任ずる自らの信念とその信念が揺らぎかねない強烈な雑音?への思い。その狭処で問い続けた”大いなる精神は静かに沈黙する”、であった。2つ目、後者は最も強大な力を持つ組織即ち軍隊はもっとも謙虚でなければならない、であった。そして若干の補足を加え、高い志を持ち”謙虚”であれ、と語った。要するにここが肝、なのだ・・・。大いなる精神は静かに忍耐する、のなかでなぜ謙虚なのか、を考えたい。
     その前に先ずは1つ目、前者の談話について考えを纏めておきたい。

    修親2015年1月号、岩田陸幕長の巻頭言を読む
     講座の翌々日送られてきた表記巻頭言に目を通した私は心と頭が洗われる思いを抱いた。即ち”始めに”、で記した整理したい事項のうちの2つ(①②項)について私の考えていたズバリの内容であった、ので。以下引用しつつ感想を述べたい。
     『(前略)長く厳しい冷戦時代、そして冷戦後の流動する安全保障環境にも的確に対応し、抑止体制を堅持して、一発の銃弾を撃つこともなく平和を守り通してきた。』事に触れ、『これは謂われない誹謗中傷にも耐えながら、国の防人としての地位役割を深く認識して、謙虚にかつ直向きに防衛の務めに励んでこられた、諸先輩方の努力と叡智の賜物である。』と今までの60年を振り返り、”大いなる精神は静かに忍耐した”在り様を述べ、先人への感謝の言葉を述べられている。
     そして『我が国防衛の最後の砦たる陸上自衛隊の使命と責任の重さを深く自覚すると共に、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民負託にこたえる」との覚悟を堅持し、何事にも惑わされず、黙々と強靭な陸上自衛隊の創造に邁進していくことを、心新たに誓いたい』と”大いなる精神は静かに忍耐する”の在り様を力強く示されている。

    在り様の”肝”謙虚を思う
     これからは今まで以上に局地の小部隊指揮官の決断や指揮に伴う行動が外交・防衛の全般政治や軍事戦略に直ちに連動する事も考えなければならない時代に入ってゆくだろうと、の発言に、幹部候補生を育て送り出す学校長の使命の重さへの誇りと苦悩を感じた。私が以下を感じているからこその受け止めからかもしれないが・・・。
     現場の小隊等の長が一発の銃弾を撃たねばならない局面や安全保障体制の切れ目で決断と命令をしなければならない局面等ただ強さを求めるだけでは答えが無い時にきちんと(答えを)出せる指揮官が必要だ。その為幹部候補生の教育でどのようにすべきか、についての誇りや苦悩である。結局は謙虚。志は高く、目線は低く。自らが出来る事と出来ない事。知っている事と知らない事等を弁え、所命を果たす為に、為すべき事や為し様を考え得る指揮官を養成する。その肝が謙虚なのだ、と思う。以上本項が前述③の答えでもある。

    終わりに
     市民安全保障講座において在り様について60年を振り返って富沢談話、これからを見据えて謙虚(こそ”肝”)と語る前田校長。機を一にして在り様を率直に、全国の幹部一人一人に直接語りかける岩田陸幕長の巻頭言との印象を強くした。
     私はこの意味を考えた、たった一人に過ぎない。これに限らず多くの人が諸々の事を考えたであろう、その事で我が国の防衛基盤がモットモット強固になり、幹部候補生学校の在り様がモットモットクローズアップされ、幹部候補生がより逞しく謙虚で大きくなる、に違いないと思う。ものを思わせ、考えさせる前田学校長の発信力は凄い。

    陸上自衛隊幹部候補生学校95期B・U課程卒業式に思う [名リーダーを思う]
    表記卒業式が平成27年1月24日該学校(久留米市前川原)で行なわれた。

    始めに
     当日は小春日和の穏やかな陽気。学校には終日、291名の卒業生の元気はつらつとした大声と感謝の言葉、学校長以下の職員の慈愛・ねぎらい・激励の言葉、多くの来賓の慶祝や父兄方の我が子息への賞賛・激励並びに学校職員へのお礼の言葉が飛び交っていた。
     その雰囲気の中で私はいつもと違う、ある事に思いを寄せ続けた。それは卒業式に於ける前田学校長の式辞についてであった。
     例年の学校長の式辞とはちょっと違うなーと思いながら書きとめたメモを見て、その違いが何であるかを探った。走り書きの乱れたメモ、我ながら見づらい、で取り違えもあるかもしれないが・・・。そこに絞って感想を述べたい。

    リーダー論
     前田学校長はマックスウェーバーの金言分析をかりてリーダーが備えておかなければならない要件を卒業候補生に明示された。勿論”ならでは”のものである。内容は2つの視点からなる。1つ目は徳性に関わる「情熱」・「責任感」・「冷静さ」等を持つこと。2つ目はリーダーの意識に関わる他の人への影響力を持つ等への「自覚」や大きなり決定等の中枢にかかわる等の「生き生き感」を持つこと、である。
    伝わって来た2つの心
    1つ、大成を願う心
     自衛隊の中だけ、でなく国家として存在感のある幹部自衛官を目指せとの大意がこもっているように思える。
     本来、限りなく精強な部隊、強いリーダーが求められてきたし今後もそうであろう。それは余分な事を考えず愚直に与えられた役割を果たせ、ととらえられ、見えない枠の中での話であったように思う。自衛隊への期待がますます増し、高い能力が求められる、と考えられる今、見えない枠を取っ払い、それに応じる高い志や心構えと能力を持ち武についての優れた良智を弁えた高級幹部が必ず求められるとの先見性が言わしめたリーダー論であった、ように思える。

    2つ、普遍性を求める心
     マックスウェーバーの金言・分析を借りての物言いに、より普遍的なリーダー論を贈りたいとの強い思いが伝わる。自己の体験に基づく主観的なリーダー論では受け手も限られ、一生”道”として追い求めるにはパワー不足である。しかも自分の思いを正確に伝えたい、それには横文字が優れている、との思いも加えて。

    終わりに
     最初は新しい剛健大講堂での賑々しい卒業式の雰囲気の中でちょっと違和感的な思いであったが、その違いはよく考えてみると大きな、大きな思いから発せらた、と今は思われる。

    陸上自衛隊幹部候補生学校・(前)学校長前田将補離任に思うー最後の発信から伝わるもの [名リーダーを思う]

    始めに
     3月30日付で異動されることとなった(前)学校長前田将補を離任前の慌ただしいときに訪ねた。その非常に限られた話しの中で、心に響くものがあった。それを堀りさげたい、と会話に登場した資料を拝読させて頂くようお願いした。以下はその拝読所見である。

    一つ、心に響いた何かを掘り下げたい

     前田学校長の候補生教育への締め括りの思いは自主自律であった。候補生が、自ら困難に立ち向かい自らの力で克服する。問題の所在を自ら発見して取組み、自らの知恵で解決する等の精神を持ち、型や殻を自ら破り次第に重くなる責務に適応出来る(成長し得る)素地を持って卒業し、幹部としての(修行の)道を歩み始める。これが本校における仕上がりの姿である。
     この精神は幹部としての矜持の強弱に大きく左右される。従って、本校では幹部としての矜持の保持にすべてを帰結させる教育の重視を要望した。自分が幹部としての矜持を具体的に持った原体験は空挺勤務時にあった。空挺基本降下課程においては幹部であろうと陸曹であろうと同じカリキュラムで同じように扱われるが、時間外は幹部学生は敬意を込めて扱われる。理由を被教育者であった学校長《空挺団長》が尋ねると敵後方に降下した後は幹部の作戦指揮能力に空挺部隊の成否が委ねられるからその責務の重さ、に対する敬意であるという意であった。しっかりしなければ・・・、と思った。

     話の大要は以上、【登竜門】の最終号での発信をもとにしていた。【登竜門】は校長としての色々な思いを候補生や職員へ伝える為に着任当初から続けているという。同様の試みを空挺団長【タイトルは挺進赴難】、第12連隊長【タイトルは不易流行】時にも発信した、とのこと。

     上記話に幾つかの心に響くものを感じた私はもう少し掘り下げるべく、上記3つの資料を読ませていただくよう、お願いした。生憎「不易流行」は手元に無い、との事。勿論支障のない範囲でのお願い、である。

     余り時間を置きたくないので記憶の新しい処で書き始めたい。以下私の感じた点に絞らせて頂く。前学校長前田将補が意図する処とは程遠いものになるかも知れないがお許し願いたい。

    二つ、二つの資料に目を通して

    一つ目、前学校長前田将補の幹部自衛官”道”を思う

     ブログ『第1空挺団初降下ー団長の自由降下に思う』で其の最後を「前田団長にとっての20年は”国家のいざ”では、何時でも何処でも飛び降りて見せるぞ、の覚悟を新たにする日々の積み重ねであった、に違いない。 」と締め括った。あの時点では全くの想像であったが2つの資料を読み終えて、的を得ている、との感想を持った。

     先ず読み取れたのは最精鋭の空挺部隊を希望し、戦士として戦技・体力など全く隊員と同じ行動が出来(自由降下資格や空挺レンジャー課程終了等)、その上でリーダーとしての高い見識や力量、特に決断と命令などの戦機に投じた指揮運用力や畏敬されつつも慕われる人柄等を身に着けるべく努力してきた歩みである。その背景に高い志と幹部自衛官としての矜持。有事役立つ強い部隊・隊員作りの先頭に立つ使命感と気概等が窺える、のは勿論であるが全般の記述上この程度でとどめる。

     つまり防大入校以来の初心を貫き、一流の戦士であり一流のリーダーたらんと修養してきた歩み、がある。

     その道の中で大きな比重を占めるものがある。

     それは、自主自立の精神である。

     空挺団訓練始めでの自由降下挑戦等自ら困難に立ち向かい、常に問題意識を持ち、納得できない時は上司の処に乗り込み意見具申を行った。簡単にあしらわれたがひるまず食い下がった。分からない事は相手が誰であろうと素直に指導を受けた。自ら考え抜き、得心したら血肉とする、を愚直に続ける事が将来の難問へ立ち向かう大きな力となり得る、を信念として持った。それは中隊長時代の修親投稿記事で述べているように、若手幹部時代における精到な訓練の専念・追求を通じて確固たるものになった。だから最後の締めくくりは自主自立だった、のだ。

     戦技(戦闘行動や武具の操作技術)への関心を例にとると、戦技の理について、空挺動動作の肝心要は飛び出しよりも降着動作にある。何故なら降りた後の戦闘行動が目的であるから、と突き詰め(疑問と答え)ている。同様に降下飛び出しの際,45度膨らませているがおかしい。何故ならぎゅうぎゅう詰めの機内で其のような余裕はないはず、と実戦の理・訓練の理についても突き詰め(疑問と答え)ている。他の事項についても同様であるがこれくらいで止めておく。

     候補生教育においても小隊長と一般の隊員との射撃動作が違うか否か。戦いの備えとは如何なるものか、武装障害走における装具落下防止処置を例に考える。何故50KM、100KM行進を行うのか。候補生教育で行う組長動作は幹部としての判断・振る舞いが表れてしかるべきではないか等々について何処に理があるかを提示(疑問)し突き詰め(答え)ている。

     自主自立の実践を絶え間なく続ける。その姿が候補生の鏡となっている。

    二つ目、発信力を思う
     ブログ『NHKスペシャル「60年目の自衛隊 ~現場からの報告~、大いなる精神は静かに忍耐する」、に思う』で「図らずも部外者・国民の多くの方への大きなメッセージという副次の効果を挙げた、と思う。これこそ将に大いなる精神は静かに忍耐するの実践ではないか、そんな気が強くしている。」又ブログ『市民安全保障講座『60年目の幹部候補生学校~伝統の継承を意識して~』に思う』で「ものを思わせ、考えさせる前田学校長の発信力は凄い。」と締め括った。

     候補生に話してるにもかかわらず部外者の多くが感動する。言葉の奥深さに知的好奇心が頭をもたげる。それらの根源は何か、を思う・・・。

     ・・・今何をどう行うべきか、を考え抜き、金言道の引き出しから最もふさわしいものを撰びだす、を答えとしたい。

    一番目、今何をどう行うべきか、を考え抜いている
     学校長としては60周年をどう候補生教育に活かすかの視点である。そしてどういう言葉で伝えるかに全エネルギーを注入する。即ち入校式や記念行事或いは学校長講話等の場での訓示・訓話に自らの知恵を絞る。折からのNHK取材にはそのやったこと、作り事ではない信念について取材を受けた。候補生や職員が感動する。その輪が広がったのだ。

     今意味が分からないかもしれないが将来必ず思い当たることにぶつからはずだ。その時にこんな事を話した学校長がいた、と思い出してくれるような贈り物をしたい、とのロマンも感じる。

     空挺団長としては訓練始めを隊員の練度向上や統率にどう活かすか、の視点で、離島防衛のシナリオでの降下・戦闘を企図した。始めての試み、当然隊員は必ずしも普段通りではない未知の動き、チャレンジを要求される。しかし空挺団長自らが邪気なく自由降下に挑戦する姿が隊員を励まし意欲を振起する。挺進赴難の精神を全員が共有して事を為し、抑止と言う大仕事を成した。その姿が感動を呼んだ。

     以上に限らず、普段の、今の諸々をどう伝えるか、教育するか、を考え抜いて「不易流行」「挺進赴難」「登竜門」を書き続けた。その努力・熱意は前述の自衛官道の篤さ・確かさと相まって、大きな発信力を作る根源である。

    二番目、金言道
     防大入校以来、日記の最後に心に響いた、思い当たる事や意味をもっと突き止めたい等の金言を書き留めている。その数250を超えるという。そのジャンルは大学人・学者・宗教界・軍人・政治家・経営者・作家・芸術家・職人等と多岐に亘っている。それらを適宜取り出しては自省・教育・訓話・論旨の強化等に活用している。その引き出しの多さはメッセージの多様性を意味している。又目線の高さや深さをを反映し、その用法と相まって隊員に限らず広く共感を呼ぶものとなる。金言は夜ではなく、朝書き出しているらしい。その理由は定かではないが推測するに夜は隊員との交流?や仕事に充て、朝ピュアな心で金言に集中する、の意ではないだろうか。

    金言の効果について
     ブログ『NHKスペシャル「60年目の自衛隊 ~現場からの報告~、大いなる精神は静かに忍耐する」、に思う』から以下を再掲し説明に変えたい

     学校長は実に大きな仕事を二つした。先ず1つ、たった一つのフレーズで自衛隊の60年はこれです。これから先も(役割の変化でより難しい状況となっても)精神は変わらず務めを果たす、と言ってのけ、視聴した大多数の人にそのしんし(真姿)を納得させた。

     二つ、同時にたった一つのフレーズで、視聴した人に、暗に気高い志がありますか?その志を果たす為忍耐する事を知っていますか?と問いかけ、一人一人はその胸に手を当て感じるところがあった・・・。
     感じた何か、例えば冒頭の『日本人の魂そのもの』、が自衛隊のしんし(真摯)さへの納得、共感の感情を呼び起こした。(以上再掲)

     福島大尉は偕行社課題論文「降雪及び積雪の戦術上に及ぼす影響」に於いて自らの優れた八甲田山雪中行軍などに触れず沈黙をしたまま、戦史や格言のみで論を構成して応募した。罫紙108枚(規定は罫紙30枚以内)4.3万字の大作を3ヶ月弱で仕上げ、優等賞を得た。戦史引用92件。格言(註:金言の事)引用39件。

     引用・活用する事例(教訓等)や格言を蒐集整理する作業は一朝一夕に出来るものではない、普段の地道な取組がありしかも整理・整頓されていたので花開いたわけである。前学校長前田将補の長年にわたる地道な研鑽にも思いを寄せ、敬意を表したい。
    自衛隊応援クラブ22号(平成27年12月号)「陸上幕僚監部防衛部長前田忠男陸将補スペシャインタビュー」にフォロワーシップを思う [名リーダーを思う]
    フォロワーシップについての金言は陸上自衛隊に当てはまる

    表記記事を目にした私は記事中の囲みの一つに目を留めた。それには

    大いなる精神は静かに忍耐する
     東日本大震災に際して、当時大阪大学の総長だった哲学者の鷲田清一さんが引用された「請われれば一差し舞える人物になれ」という言葉が、私の記憶に残っています。これは文化人類学者である梅棹忠夫さんが、亡くなられる直前のインタビューを締めくくられた言葉だそうです。もしリーダーに推されたときには、いつでも「舞える」よう、日頃から準備をしておけということです。
     この言葉は、まさに陸上自衛隊に当てはまるものだと思っています。積極的な活動はもちろんのこと、さらに国民のみなさんに請われれば、差し舞うだけの準備はできています。淡々と日々の訓練をこなし、しっかりとその実力を蓄えているのです。

    とあり、フォロワーシップについての金言と受け止めた。

     鷲田清一大阪大学総長の式辞(H23.3)では市民生活特に公共的な生活に於ける集団とそのリーダー及びそのリーダーをケアするフォロワ―の在り方について述べられ、「請われれば一差し舞える人物になれ」はフォロワーシップについて語られた文脈の中にあった。この考えは、国防・安全保障という公共の課題に対する陸上自衛隊という集団と置き換えると前田将補が語っているようにまさに陸上自衛隊に当てはまる、と私も感じた。

    フォロワーの考え方。

     ここでいうフォロワーは後ろに控えているが何時でも前へ出れるものという意味である。陸上自衛隊は国家の最後の砦という位置づけであり、普段は後ろに控えているがいざでは、前へとなる。国家は命運を託すに足る人物にそのいざを委ねる。託されたリーダーはその時に備え用意を怠らず、知恵の限りを尽くし勝利へと導く。

    防衛大学校生活でフォローワーとしての原石を磨いた

     前田将補は防衛大学校学生時の断郊競技について触れている。全員参加の3年生時の断郊競争は私の経験では大変きついレースであった。そのきつさはアップダウンのきついコースに加えて最後の者がゴールした時がチームのタイムとなる競技の特性にある。即ち同じ力のものが走るのでその日の調子によってバテルものが必ず出るし、いつも同じものがバテたりする。しかもコースの一番苦しいところで発生する。バテてレースを放棄することは出来ない。ゴールしなければチームはもちろん大隊対抗なので大隊も失格となる。そこでバテた者の背嚢を持ってやり、叱咤激励して這ってでもゴールを目指すことになる。そうこうしているうちに、そんな余裕のある者はいないので別の者や背嚢を持ってあげた者がバテたリする。請われた前田学生は本来の自己の走力以下の第3分隊長となりバテそうな隊員のフォローをし、それどころか全体で4位の好成績を収めた。本来早い分隊で勝負したかった自分を押さえ責任者の指示に従った。見込まれたのならそれに応えようと大隊の勝利への貢献を優先した。
     体力さえあれば誰でも出来ると思う方がいるかもしれないがとんでもない。きつさは同じである。その時に他人の背嚢を持ってやる人は”かみさま”である。私がバテた時、背中を押し励まし続けてくれた同期は”かみさま”であった。それだけでも”かみさま”であった。爾来そいつが何かやるときは協力を惜しまなかった。それどころかの好成績には大きな意味がある。足を引っ張る者が逆に牽引車となるプラスの力を引き出したに違いない。体力だけではない推されるに値する力が既に備わっていたのだ。

    終わりに

     「大いなる精神は静かに忍耐する」のおおいなる精神とはここで述べたフォロワーシップである。最後の砦として、いざに備え黙々と務めを果たし続ける国家のフォロワーたる陸上自衛隊の使命とそれを自己の精神の琴線とした心ある陸上自衛官の心映えである、と私はこの記事をみて思った。
     また二つの金言提示は自分の専門外の専門家のそれに反応し、心に響いたことを、ミリタリーの専門家として他の分野の方々に対し発信するというスタイルである。防衛基盤をより新しくより大きくするという点で関心の向け方や発信力の在り方について鷲田式辞にある自分の専門外の専門家に対する、外向きの、説明の在り方に通じるものがあると思った。
     最後にこの読者は自衛隊の門を叩くかもしれない若者である。その若者に大きな志や気概を、自らの背中で示した。大変印象に残る、含蓄のある言葉のプレゼントで。

  2. 自衛隊ウォッチャー より:

    北海道の地震の指揮官なんですね。行方不明者捜索はすっごく速く終わって、生活支援も順調そうで。総理に説明している写真とニュース見ました。8月に3つ星になったそうで。

    • ytamon より:

      8月に1選抜で陸将に昇られましたね。
      災害対応も迅速でした。第7師団の練度の高さと前田陸将の指揮統率ぶり、頼もしく思います。

  3. 災害派遣ウォッチャー より:

    安倍総理視察の官邸ホームページに雄姿を見ました。今回の災害派遣は御見事ですね。まだ続いているそうですが、災害派遣お疲れ様です。