岩村福雄|第34期・陸上自衛隊

岩村福雄は防衛大学校第34期卒業、幹候71期の陸上自衛官。

陸上自衛隊入隊以来の職種は野戦特科だ。

防衛省の公式発表で確認はできないものの、ストレートの入学であれば、卒業年次から考えて昭和42年(度)の生まれであると推察される。

平成29年3月(2016年8月) 第5特科隊長・1等陸佐

前職は東北方面総監部人事部募集課長であった。

FH-70や自走155mm榴弾砲などを扱い、いかにも軍事組織らしい兵科を専門とする岩村だ。

陸上自衛隊の師団創立記念行事や、駐屯地の開設記念祭に足を運んだことがある人なら一度は見たことがあるであろう、あの大きな大砲でどーーんと空砲を撃つイベント。

あれがFH-70であり、その最大射程はおよそ24kmと長大であって、遠距離にいる敵を一気に無力化する力を持つ。

榴弾砲なので目標に直接照準をつけて撃つ武器ではないが、実はこの野戦特科という兵科は近代戦において、陸戦の勝敗をほぼ決定づけると言ってもよいほどに重要な役割を持っている。

海洋国家である我が国では中々想像がつかないが、通常陸続きの国同士で戦われる陸戦の場合、最初の砲撃で火蓋を切るのはこの野戦特科であり、FH-70のような面制圧を行う火砲だ。

すなわち戦闘の開始においては、まずこのような火砲で敵の拠点を目掛けありったけの砲弾を撃ち込み、出来る限りの弱体化を狙う。

湾岸戦争などでアメリカ軍が、地上部隊を投入する前に、敵の拠点に対し弾道ミサイルなどを徹底的に撃ち込み可能な限り弱体化させてから地上ユニットを投入したが、その陸戦版であると考えてもらえればわかりやすいだろう。

そして当然、こちらからの砲撃には相手も応戦してくるわけだが、最初のこれら野戦特科が行う火砲の撃ち合いで勝り、相手を弱体化させることに成功したほうが、その後の戦闘は極めて有利になる。

なぜなら、遠距離からの火砲の撃ち合いで勝ったということは、既に敵の拠点は大きく破壊された可能性が高いからだ。

この段階で直接照準を付け、敵を完全に無力化させる機甲科(戦車)や普通科(歩兵)が掃討作戦に出れば、最小の被害で作戦目標を達成することが出来るというのが、近代的な陸戦のプランであり戦い方になっている。

岩村がエキスパートとして活躍する野戦特科とは、このような役割を担っている。

その一方で、近年は、地対艦ミサイル連隊を除く野戦特科は、財務省からの虐待に遭ってしまい、すっかりとその装備と人数を削り取られ続けている有様だ。

2017年現在で岩村が隊長を務める第5特科隊も、かつては連隊編成の第5特科連隊であった。

第5特科隊に限らず、全国の特科は規模を縮小した上で統合され、方面隊直轄の特科隊に再編成される動きが進んでいる。

我が国は海洋国家であり、野戦特科が想定する地上戦は想起する可能性が低いという考え方に基づくものだが、こちらの装備が軽装備になれば、侵攻側も軽装備での作戦展開が可能になるという側面は否定できない。

自衛隊の最大の目的は抑止力であり、強力な武装の保持そのものである以上、余り行き過ぎた野戦特科の縮小は好ましくないと思うのだが、この流れは当面の間、止まりそうにない。

さて、このように重要な兵科をあつかう岩村だが、そのキャリアは自衛隊入隊以来、潔いほどに野戦特科の部隊を渡り歩き続け、経歴を積み上げている。

中で一つ、平成17年8月から補職された陸上幕僚監部人事部厚生課時代には、なぜかリクルートに出向し、リクルートワークス研究所というところで、人事と若者のキャリア形成について研究する、なかなかレアな体験をしている。

当時、岩村自ら執筆した短い原稿も残されているが、若い隊員のやり甲斐を引き出し、どうすれば自分の成長を実感させられることが出来るのか。

難しい課題に苦悩しながら取り組んだその経緯が感じ取れる興味深い内容になっているので、興味があればぜひ読んでみてはどうだろうか。

(岩村福雄 リクルート で検索すると恐らく1番目にヒットする)

やってみせ 言って聞かせてさせてみせ ほめてやらねば人は動かじ
話し合い 耳を傾け承認し 任せてやらねば人は育たず
やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば人は実らず

山本五十六・海軍大将ですらも悩み、このように喝破した部下の教育や曹士の能力を引き出す用兵術だ。

時代が下り自衛隊の時代になって、どれだけ技術が進歩しても、それを扱うのは人である以上、その人間を成長させる能力がなければ高級幹部であり続けることは難しいだろう。

そのような意味で、岩村の民間企業における研修で得た知見は、指揮官として非常に大きな積み上げになったのではないだろうか。

第34期といえば、これから先の5年ほどに渡り、自衛隊の中枢であり、そして最前線を守る指揮官として活躍していく世代だ。

北は北海道から南は九州まで、広く野戦特科の指揮官として渡り歩き、知識と経験を積み上げた岩村の活躍に、今後も期待したい。

◆岩村福雄(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
2年3月 陸上自衛隊入隊(第34期、幹候71期)
2年9月 第112特科大隊(湯布院)
4年3月 第111特科大隊(湯布院)
6年3月 幹部候補生学校(前川原)
8年3月 第1特科連隊(駒門)
9年3月 第1特科連隊中隊長(駒門)
11年3月 富士教導団(富士)
14年3月 富士学校付(富士)
15年3月 第13特科隊中隊長(日本原)
16年8月 中央業務支援隊付(市ヶ谷)
17年8月 陸上幕僚監部人事部厚生課(市ヶ谷)
21年8月 第4特科連隊第5大隊長(久留米)
23年8月 幹部候補生学校(前川原)
27年4月 東北方面総監部人事部募集課長(仙台)
29年3月 第5特科隊長(帯広)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第5旅団公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/5d/5toku/syoukai2.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/5d/01_unit/5fa/00_5fa.html

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