鹿子島洋(かごしま・ひろし)|第36期・陸上自衛隊

鹿子島洋は昭和45年3月6日生まれ、長崎県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第36期の卒業で92幹候、職種は普通科だ。

平成29年3月(2017年3月) 自衛隊三重地方協力本部長・1等陸佐

前職は第36普通科連隊長であった。

2017年10月現在、鹿子島が補職されているのは、自衛隊と一般国民、あるいは自衛隊と企業を結びつける架け橋の役割である三重地方協力本部長。

早期退職制度で自衛隊を去る幹部や下士官、任期を終え自衛隊を去る士に対し第2の人生を用意し、また自衛隊に新たな力を供給するため、学生や若者を勧誘し入隊を勧める役割も担う。

そんな鹿子島の現在の仕事ではあるが、本職は普通科の高級幹部であり、自衛隊入隊以来、普通科一筋で鍛え上げていたいかにも陸上自衛隊の高級幹部らしいキャリアを歩んできている。

自衛隊に入隊し最初に配属となったのは第27普通科連隊。

北海道の東、釧路に位置する駐屯地で、日本陸軍と陸上自衛隊時代で変わらぬナンバリングを受け継ぐ普通科であり、なおかつ所在地も同一というのは日本でこの連隊のみとなっている。

いわば歩兵第27連隊がそのまま第27普通科連隊に引き継がれたと言っても良い形だが、歩兵第27普通科連隊は日露戦争において、あの203高地の山頂を最初に奪取し、わずか数十名の生き残りで山頂を死守したことで名を馳せた部隊だ。

この27連隊の活躍に続き、上級師団である第7師団主力が増援に駆けつけることで我が国は203高地の制圧に成功し、なおかつ旅順要塞を陥落させることに成功して、日露戦争勝利への道筋をつけることに成功した。

いわば鹿子島は、陸自に入隊しまず最初に、もっとも伝統と栄誉のある部隊で教育を受け、指揮を執ることになったと言っていいだろう。

その後中隊長を務めたのが第3普通科連隊。

北海道の名寄に位置する、我が国最強の普通科連隊の一つであり、冷戦時代からこの連隊はその装備と陣容が極めて充実した普通科連隊として、歴代のエースが連隊長を務めてきた部隊だ。

なお鹿子島が第3普通科連隊で中隊長を務めていたのは2004年8月からだが、着任当時の連隊長は番匠幸一郎(第24期)。

第1次イラク復興支援群長などを経て西武方面総監に着任し、陸上幕僚長就任が確実視されていた最高幹部であったので、記憶に新しい人も多いだろう。

当時の陸上幕僚長であった デスラー総統 岩田清文(第23期)も、番匠が西部方面総監としての任期を終える2015年8月で陸上幕僚長として2年になるので、このタイミングでの交代は確実視されていたにも関わらず、まさかの3年目に突入。

陸自内外を驚かせる人事劇となり、結局岩田は2016年6月に退役して岡部俊哉(第25期)がその後を継いだ。

そして鹿子島が連隊長職を務めたのが、伊丹駐屯地に所在する第36普通科連隊。

政経中枢師団である第3師団の基幹部隊であり、阪神大震災が発生した際には当時の連隊長、黒川雄三の迅速な判断により近傍派遣を利用して直ちに被災地入りし、多くの人命を救ったことで知られる部隊だ。

当時の県知事や総理からの災派(災害派遣)要請が極めて遅く、そのため多くの助かる生命が失われることになったと今も根強い批判がある中で、この36普連だけは直ちに人命救助に動き出したことは、特筆に値する活躍であった。

なおそのあたりの話は、早崎和寿(第36期)のページで詳しく触れているので、よければ確認して欲しい、

このようなキャリアを積み、普通科のど真ん中を歩んだ上で、鹿子島は三重県地方協力本部長に着任した。

第36普通科連隊で、初めて都市部の普通科に配属となり指揮を執った鹿子島だが、都市部における対ゲリコマ(ゲリラ・コマンドー)対応は2017年現在における陸上自衛隊の喫緊の課題だ。

正面戦争が考えづらい分、地域紛争が発生した際には、敵性勢力が我が国の国内に潜伏させた武装工作員が一斉蜂起する可能性があるからだ。

その意味では、政経中枢師団での要職は、これからの普通科高級幹部にとって絶対に通過しておきたいポストになる。

さらに三重県地方協力本部長のポスト。

こちらも、最高幹部に昇っていくものの多くが一度は経験するポストであり、地本長でおそらく人生初となるであろう「営業活動」を、鹿子島も四苦八苦しながら取り組んでいるのではないだろうか。

そしてその鹿子島は、防衛大学校36期の高級幹部ということになるが、同期1番乗りが2017年8月に初めての陸将補に昇任した。

取り急ぎ確認ができたのは第2施設団長兼船岡駐屯地司令に着任した德永勝彦(第36期)が同期1番乗りの陸将補だが、通常自衛隊では、同期の中から1人だけを突出して出世させるという人事は取らない。

他にも2~3名はいるはずなのだが、陸幕勤務から将補に昇ったものはなかなか公開されている情報がなく、また、最新の防衛年鑑にももちろん記載がないので確認が取れないのだが、或いは以下の新任陸将補も36期ではないだろうか。

藤岡史生(北部方面総監部幕僚副長)

松永浩二(中部方面総監部幕僚副長)

源弘紀(第9師団副師団長兼ねて青森駐屯地司令)

これらの3名は、2017年8月現在の昇任陸将補の中で、手元の資料で卒業年次の確認ができないというだけであり、本当に36期であるのかは不明なので注意して欲しい。

ただ、德永一人を陸将補に昇任させるという人事はまずありえないことから、おそらくこの中の少なくとも2名は、36期であるのではないだろうか。

本件については、分かり次第加筆していきたい。

一つはっきり言えることは、36期は今まさに最高幹部として、自衛隊の中枢を担っていくことになる世代ということであろう。

そのような中で、鹿子島のように陸自のど真ん中を歩んできた普通科幹部が、この先10年、我が国の平和と安全を担保するために最前線で戦っていくことになる。

まさにこれから活躍していこうとする世代であり、人事異動や着任ポストがもっとも注目される年次ということになるだろう。

ぜひ鹿子島を始めとした、36期の幹部には注目して追っていって貰えれば幸いだ。

◆鹿子島洋(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
5年3月 第27普通科連隊
12年3月 富士学校普通科部教育課訓練班
12年8月 幹部学校付(#46指揮幕僚課程)
14年8月 福岡地方連絡部援護課
16年8月 第3普通科連隊中隊長
18年3月 陸上幕僚監部人事部募集・援護課総括班
20年3月 陸上幕僚監部運用支援・情報部運用支援課企画班
21年8月 陸上幕僚監部教育訓練部教育訓練課教育班
23年4月 防衛大学校訓練部首席指導教官
24年3月 幹部学校付(#63幹部高級課程、#13統合高級課程)
25年3月 陸上幕僚監部人事部募集・援護課募集班長
27年4月 第36普通科連隊長
29年3月 自衛隊三重地方協力本部長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第36普通科連隊公式Webサイト(顔写真及び視察写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/mae/3d/36i/04-20_284topics.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/mae/3d/36i/07_27-1.html

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