木口雄司(きぐち・ゆうじ)|第32期・陸上自衛隊

木口雄司は昭和40年3月生まれ、神奈川県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第32期の卒業で幹候69期、出身職種は高射特科だ。

平成28年12月(2016年12月) 陸上自衛隊開発実験団長・陸将補

前職は第1高射特科団長であった。

さて、木口はある意味で、我が国の南西方面における防衛体制のカギを握る将官の一人と言っても良い、キーマンとなる最高幹部だ。

その出身職種は高射特科だが、中でも1佐時代の連隊長(相当職)は第7高射特科群長。

第7高射特科群は長崎県大村市に所在し、第2高射特科団隷下にある部隊だが、陸上自衛隊宮古駐屯地、あるいは石垣駐屯地が新設された場合、地対艦ミサイル連隊とともに同地に移駐する最有力候補の部隊となっている。

陸上自衛隊の地対艦ミサイル連隊と高射特科部隊が石垣島と宮古島に配備されると、中国人民解放軍目線からみて、その脅威は相当なものとなる。

ある意味において、航空自衛隊の主力戦闘機F-15の南西航空方面隊、西部航空方面隊への編成替えと集中よりも大きなインパクトとなるが、そのためその抑止力の高まりは計り知れない。

なぜこれら「辺境の」駐屯地に2つの兵科が駐屯するだけで、勢力が書き換わる可能性があるほどにインパクトがあるのか。

詳細はこちらのコラムで触れているのでここでは割愛するが、航空自衛隊と海上自衛隊だけでは対処が難しかった敵性勢力の飽和攻撃にも対処が可能になり、また24時間365日、強力な防衛体制が強く確立することに依る。

そしてその兵科の一つである高射特科にあり、平成23年から第7高射特科群長を務めていた経験を持つ木口はその後、研究本部主任研究官や開発実験団長に補職され、装備品の運用や開発に携わることになる。

この人事は、今の安全保障環境において、より強力な抑止力たる地対空ミサイルの開発と運用体制がいかに期待されているのか、ということの証左であると考えて良いだろう。

率直に言って、地対艦ミサイルに関しては、12式地対艦誘導弾の開発に成功したことで、我が国が当面対処が必要になる脅威への性能という意味では、要件を満たす兵器を得たことになる。

この誘導弾は、我が国の近海と島嶼部を広くカバーする上に、その諸性能も極めて高く、海上自衛隊が試験艦あすかに搭載し、護衛艦での運用を研究するほどだ。

つまり、尖閣諸島を始めとした島嶼部防衛には一定のめどが付いたことになるが、次に脅威になるのはこれら地対艦ミサイル連隊が配備されている部隊への、空対地ミサイルによる攻撃であり、また低空から飛来する弾道弾への対処である。

つまり、陸自の高射特科がその力量を試されている時であると言ってもよく、11式短距離地対空誘導弾を始めとした現行の地対空ミサイルの運用能力を高め、さらにその防空能力を確かなものにすること。

その役割を期待されているのが木口であり、木口の仕事がこの先数十年に渡って、我が国の平和と安全を左右することにもなるといえる重要なキーマンと言って良いだろう。

さて、その木口だが、そこまでの重責を任されるからには恐らく凄いエリートなのだと思われるかもしれないが、その通りである。

というよりも、将官に昇った自衛官にエリートでないものなどいないのだが、木口は佐官時代からその出世は常に1選抜(同期1番乗り)。

昭和63年3月の陸上自衛隊入隊だが、1等陸佐に昇ったのが平成19年1月であったので、文句なしの32期組1番乗りだ。

その後、将補に昇ったのが平成27年8月なので1等陸佐を8年務めたことになり、そういった意味では、将官レースでは同期の1番出世に遅れを取っているともいえる。

しかしながらその分、1佐時代の現場経験が厚く、むしろ現場経験を豊富に積んだ上で将官に昇り、理論に上滑りしない現場経験を活かした上で将官相当の責任を背負うことを求められたといえるだろう。

現場経験の厚い将官は、やはり頼もしい。

なお32期組と言えば、恐らく2019年夏頃には最初の陸将が生まれ、極めて近い将来、我が国の防衛体制における最高意思決定を行っていく年次だ。

5年後の2022年前後には陸上幕僚長に昇っているものが現れてもおかしくない年次であるが、2017年10月現在で、その頂点のイスに座る可能性がある者は以下のとおりである。

梶原直樹(第32期)・統合幕僚監部防衛計画部長(2013年8月)

大塚裕治(第32期)・陸上幕僚監部装備計画部長(2013年8月)

森下泰臣(第32期)・陸上幕僚監部人事教育部長(2013年8月)

堀井泰蔵(第32期相当)・第5旅団長(2013年8月)

中村裕亮(第32期)・陸上自衛隊研究本部幹事兼企画室長(2014年3月)

田尻祐介(第32期)・陸上自衛隊航空学校長兼ねて明野駐屯地司令(2014年8月)

鬼頭健司(第32期相当)・陸上自衛隊幹部候補生学校長(2014年12月)

木口雄司(第32期)・陸上自衛隊開発実験団長(2015年8月)

青木伸一(第32期)・西部方面総監部幕僚副長(2015年12月)

池田頼昭(第32期)・第10師団副師団長兼守山駐屯地司令(2016年3月)

※肩書はいずれも2018年1月現在。( )内は陸将補昇任時期。

※上記以外に、2017年12月に陸将補に昇任した斎藤兼一が32期と思われるものの、詳細不明のため一旦割愛する。

陸将補に昇った時期を比べてみると、

大塚、森下、梶原、堀井・・・平成25年8月

田尻、中村・・・平成26年3月

木口・・・平成27年8月

青木・・・平成27年12月

池田・・・平成28年3月

となっており、恐らく陸将1番乗り候補は大塚、森下、梶原あたりとなるであろうか。

おそらくそのキャリアから考え、梶原と森下は間違いないと思われる。

これらトップエリートの出世競争は確かに気になるが、確かな技術と運用を確立し、もって我が国の平和と安全に大きく貢献する木口のような将官もまた、ぜひ注目してその活躍を追って欲しい。

彼のような存在こそが、有事の際に我が国の大きな力となる。

◆木口雄司(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 陸上自衛隊入隊(第32期)

平成
11年1月 3等陸佐
14年7月 2等陸佐
19年1月 1等陸佐
19年3月 陸上自衛隊幹部学校付
20年3月 陸上幕僚監部情報通信・研究課研究班長
22年3月 陸上幕僚監部防衛課防衛調整官
23年4月 第7高射特科群長
24年8月 陸上自衛隊研究本部主任研究官
26年3月 東北方面総監部人事部長
27年8月 第1高射特科団長 陸将補
28年12月 陸上自衛隊開発実験団長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第4師団公式Webサイト(近SAM実写訓練写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/wae/4d/kurume/page_11_kunren/3_4aa_kunren/4aa_kunren_1/4aa_kunren_1.html

防衛省 自衛官募集公式Webサイト(高射特科紹介写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/jieikanbosyu/streaming/movie/story/ground-leader/kind/subject04/index.html

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