壇 雅昭|第32期・陸上自衛隊

壇 雅昭は防衛大学校第32期の卒業で、幹候69期の陸上自衛官。

職種は判明しないが、その部隊歴からおそらく情報科であろうと思われる。

なお、情報科が職種科されたのは平成22年のことなので、それ以前にどういう区分であったのかについても、併せて判明しない。

平成26年12月(2014年12月) 陸上自衛隊中央輸送業務隊長兼横浜駐屯地司令・1等陸佐

前職は東部方面輸送隊長であった。

2017年10月現在、壇が補職されているポストは中央輸送業務隊長兼横浜駐屯地司令であるが、この仕事は方面隊をまたぐような輸送任務や、あるいは駐屯地と海外を結ぶような物流に際し、そのハブとなる役割を担う部隊である。

そのため部隊は第3京浜道路の保土ヶ谷インターから至近距離にあり、また横浜港からは3kmも離れていない場所に所在し、物流拠点として極めて利便性の高い場所に拠点を構える。

このポストに、すでに壇は3年近く(記事をポストした段階)あるため、おそらく2017年12月或いは2018年3月の定時異動で、いずれかの部署に異動になるのは確実であろう。

また壇は、自衛隊入隊以来のキャリアを見ると、かつての中央調査隊や陸幕の調査部及び情報保全室といった、情報系の経歴が目立つ。

これらの部署は、自衛隊内部からの情報漏えいを厳に監視し、また国内に潜伏する敵性勢力の工作員や協力要員を調査し、有事に備えた対応を行う部署でもある。

軍事組織としては極めて当然の組織なのであるが、「監視をされた」ということで、たまに「市民団体」と呼ばれることもある政治勢力から訴訟を起こされるなど、いろいろと大変な部署だ。

やましいことがなければ堂々としていれば良いと思わなくもないが、壇のような鋭い目を持った男に貼りつかれたら確かにおっかないので、怖い気持ちはわかる気がする・・・。

(このサイトも監視されていないだろうか・・・そう思うとたしかに怖い。。)

余談だが、もうどれくらい前だろうか。

おそらく20年以上は前で、30年くらい前だと思うのだが、ある日テレビを見ていると、当時としては珍しく制服自衛官が多数、スタジオに招かれ、有事の際の対応について司会者から聞かれていたことがある。

恐らく討論番組でオブザーバーの立場で出ていたような気がするのだが、司会者から、ロシアや中国、北朝鮮などと有事が発生した際に、日本は本当に防衛できるのか、というような質問を振られた時の回答だ。

その自衛官はおもむろに、

「外部から攻撃をしてくる敵は必ず撃退できますが、問題は国内に潜伏する不逞鮮人であります。不逞鮮人が暴動を起こすと非常に厄介です。あ、これ以上言うと上司から怒られるので・・・」

というような、当時としてはすごい発言をしたことを覚えている。

話の詳細までは覚えていないが、恐らくこのような内容であった。

政経中枢師団(第1、第3師団)の装備や都市防衛構想を見れば明らかなように、西部や北部と言った外向きの方面隊は外敵向きの編成が取られているものの、中部や東部と言った方面隊はどちらかというと、内部から攻撃をしようとする潜伏勢力から都市部を防衛することを目的とした編成だ。

そのため、これらの事実は自衛隊関係者でなくとも理解している暗黙知だが、それをはっきりとテレビで聞くことがあるとは思わず驚いたが、早い話が陸自の情報科が扱う主要な情報の一つとは、このような情報である。

常に、有事に備え情報を収集し、どこに所在するどのような勢力が外敵と呼応し、あるいは単独で我が国に攻撃を仕掛けてくる可能性があるのか。

極めて重要な仕事であるが決して表に出ることはない目立たない存在であり、壇はそのような部署で自衛官生活の多くの時間を過ごしてきた。

それにしても、あの時の自衛官は帰隊した後、上司から怒られなかったのか、今も非常に心配である。

その壇であるが、キャリアの中で目立つのはイラク復興支援隊要員として6ヶ月間、戦後のイラク復興に携わったこと、並びに防衛駐在官としてセルビアに駐在していた海外経験であろうか。

なお画像はイラク復興支援群の集合写真だ。

イラク復興支援隊は、イラクにおいて現地政府との調整や支援内容の打ち合わせなどを行う部隊であり、イラク復興支援群は実際に業務にあたる部隊で違う組織であるが、共に同じ時期、協力してイラク復興にあたった部隊である。

とても良い写真なので、こちらを使わせてもらった。

またさらに興味深いのは、防衛駐在官としてのセルビア赴任であろう。

壇がこの任務にあたっていたのは平成18年(2006年)から21年(2009年)。

セルビアと言ってどこにある国なのか、すぐに分かる人はかなりの地理オタクであろうと思うが、ヨーロッパの内陸国家で、イタリアの東側、アドリア海の対岸を少し内陸に入った所にある国である。

なおかつこのセルビア、独立し国家を宣言したのが2006年という国でもある。

つまり、壇が防衛駐在官として赴任していた時期は、ちょうど独立し新しい国家を宣言した時期であった。

詳細については余りにも長文になるので避けるが、このセルビアという国家は元々ユーゴスラビアという名前であったと言えば、きな臭さと共にその独立に至る複雑で激しい過程がピンと来る人も多いかもしれない。

多民族国家であるユーゴスラビアがどんどん崩壊し分離独立していく中で生まれた国の一つであって、その過程では極めて激しい紛争や対立が繰り返された国であり、地域だ。

その中核にいたと言っても良いセルビアに防衛駐在官として派遣されるということは、欧州本場の民族紛争や対立について、軍人外交の立場で多くの情報を収集し、我が国の防衛政策はもちろん、外交政策にも有益な情報を提供せよという意味を持つ。

本格的な紛争、戦争と言ってもいいかもしれない戦いを経験し、国家を独立させたセルビア軍との交流である。

並の神経ではとてもこなせる任務ではなく、おそらく相当タフで厳しい仕事であったのだと思うが、情報科のエキスパートとしてそのキャリアを積んでいた壇には、まさに適任であったのだろう。

この時期のセルビアに防衛駐在官として3年間赴任していたというのは、このように極めて重要な意味がある補職であり、おそらく壇にとっても印象深い任務の一つになったのではないだろうか。

なお帰国後は、やはり情報系の部署で要職を歴任したものの、直近のポストを見ると輸送系の仕事が続いている。

やや意外な気がしなくもないが、情報系には、高級幹部が赴任するべきポストが余り多くないというのが本当のところでは無いだろうか。

しかし、2018年3月に行われる陸自大改革では情報系も例外ではなく、このタイミングで陸上自衛隊情報学校が富士駐屯地内に新設される予定だ。

あるいはこの校長職は陸将補ポストになるのではないかと思われるが、そうなれば壇も、その有力候補の一人となりそうである。

余り表に出てくることがない仕事師であり、詳細についてなかなか追いかけるのが難しいのだが、情報学校長の人事と併せて楽しみに、そのキャリアを追っていきたい。

◆壇雅昭(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 陸上自衛隊入隊(第32期)

平成
7年 幹部学校指揮幕僚課程学生(市ヶ谷)
9年 中央調査隊(市ヶ谷)
11年 三菱総合研究所
12年 陸上幕僚監部調査部(市ヶ谷)
13年 内部部局(市ヶ谷)
15年 陸上幕僚監部装備部(市ヶ谷)
16年 イラク復興支援隊(イラク)
16年 陸上幕僚監部装備部(市ヶ谷)
18年 外務省(在セルビア日本大使館)
21年 東方総監部調査部調査課長(朝霞)
23年 陸上幕僚監部情報保全室長(市ヶ谷)
25年 東部方面輸送隊長(朝霞)
26年12月 陸上自衛隊中央輸送業務隊長兼横浜駐屯地司令

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 中央輸送業務隊公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/yokohama/hp2015/01stasyoukai/cmander/ctmc_cdr.html

防衛省陸上自衛隊 第36普通科連隊公式Webサイト(イラク復興支援群写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/mae/3d/36i/02-3_pko.html

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