酒井良(さかい・りょう)|第31期・海上自衛隊

酒井良は昭和37年12月生まれ、兵庫県出身の海上自衛官。

防衛大学校第31期の卒業で、幹候は38期だ。

平成28年7月(2016年7月) 海上幕僚監部防衛部長・海将補

前職は護衛艦隊幕僚長であった。

さて、5~6年後の海上幕僚長候補とも言える酒井である。

2017年10月現在で海上幕僚監部防衛部長に補職されている海将補だが、近い将来に頂点の椅子を目指すであろう有資格者とあって、今後ますますその存在感が高まり、メディアの注目も集まっていくだろう。

2017年10月の段階では、名前でグーグル検索しても、同姓同名で元Jリーグの選手の記事が山ほど出て来るだけで酒井に関する情報など全く出てこないが、今後この結果は大きく変わってくるのではないだろうか。

まず、その酒井のキャリアと同期の動きを見てみたい。

酒井が海上自衛隊に入隊したのは昭和62年3月。

1等海佐に昇ったのが平成18年1月なので、堂々の同期1選抜(1番乗り)である。

さらに海将補に昇ったのが24年7月なので、こちらも現行で自衛隊が実施している人事制度上、最速の出世スピードとなる昇任だ。

もちろん、同期1選抜である。

その酒井の同期である31期組だが、海将補にあるものは以下のようになっている。

乾悦久(第31期)・海上幕僚監部総務部長

岩﨑英俊(第31期)・呉地方総監部幕僚長

酒井良(第31期)・海上幕僚監部防衛部長

下淳市(第31期)・第2術科学校長

園田直紀(第31期)・海上幕僚監部人事教育部長

(肩書はいずれも2017年10月現在)

これらのうち、下を除く4名が、1等海佐への昇任は酒井と同じ1選抜。

下は半年遅れの18年7月だ。

そして海将補への昇任時期を見てみると、

酒井・園田・・・平成24年7月

岩﨑・・・平成24年12月

乾・・・平成27年8月

下・・・平成27年12月

ということになっており、今のところ酒井、園田、岩﨑が31期組のトップ争いに残っているメンバーと言っていいだろう。

また31期組と言えば、恐らく2018年夏に最初の海将が誕生することになるであろう年次だ。

そういった意味では、酒井は海将補の階級において、極めて重要な3つの要職を歴任しており、理想的な出世コースにのっていることから、2018年中の海将昇任は恐らく間違いないものと予想している。

イケメンでありテレビ映りもよく、海上自衛隊の顔として相応しい最高幹部である。

なお敢えて弱点を言うと、その年齢が通常より2年遅れてることであろうか。

本来であれば、31期組はストレートであれば昭和39年度の生まれである。

酒井は昭和37年12月の生まれなので、どこで足踏みをしたのかについて情報はないが、その点だけが少し気になるといったところだろうか。

酒井のキャリアはどれも特筆するものだらけで、取り上げてご紹介したい物が多く、非常に充実したキャリアを誇っているのが特徴だ。

直近で言えば2016年、護衛艦隊司令部幕僚長であった時代には、そうりゅう型潜水艦はくりゅうを率いてオーストラリアに渡り、そうりゅう型潜水艦の輸出に向けた交渉と共同訓練を行っている。

海上自衛隊の潜水艦が豪州に寄港するのは史上初めてのことであり、日豪の絆の強さを中国人民解放軍に強調した形だ。

更に同じ2016年には、第1護衛隊群司令としてこんごうに座乗し、日米韓3カ国による共同訓練の訓練統制官を務めるなど、軍人外交の場にも頻繁に登場し、その存在感を高めている。

そのようなこともご紹介したいところだが、敢えて酒井に関し一つご紹介するとすれば、それは第7護衛隊司令時代にインド洋に派遣され、第7次補給支援活動派遣部隊の指揮官を務めた際の経験だろうか。

酒井がインド洋に派遣されていた時期は平成21年11月(2009年11月)から平成22年2月(2010年2月)まで。

勘の良い人なら既にお気づきであろうと思うが、2009年はあの悪夢の民主党政権が誕生した年であり、2009年9月には、鳩山由紀夫が総理大臣に就任している、そんな頃合いである。

或いは自衛隊関係者であれば今も記憶に新しいと思うが、鳩山由紀夫と小沢一郎は、テロ特措法の期限切れに際し延長手続きを取らず、インド洋への海上自衛隊派遣を打ち切り撤収させる命令を下した。

そしてその時、最後の指揮官となったのが酒井である。

インド洋における海上自衛隊の派遣は、アメリカに言われたからやっているというような次元の話ではない。

我が国のシーレーンを守るために直接の武力行使ができないなら、せめてその海域で対テロ戦争の作戦に従事している各国艦船に対し、油だけでも給油することでプレゼンスを示そうというものだ。

自国のシーレーンであり、オイルルートである海域から海上自衛隊の艦船が姿を消し、何らの活動も行わないということは、我が国の国益を大いに失わせ、その信頼を失墜させる行為だ。

にも関わらず、鳩山と小沢はそれを平然とやってのけた。

この際、酒井は

「撤収は今後、我が国の戦略に影響があるのではないか」

という短いコメントを発表したが、現役海上自衛官の言葉としては十分すぎるほど、怒気を含んだ強烈な非難の言葉であろう。

幸い、  アホで脳天気  職務に忙しい鳩山総理大臣はこの酒井の言葉に込められた行間を読むことはなかったようで、騒動にならなかったのは幸いであった。

ちなみにこの時、2010年2月に行われた酒井以下派遣部隊の帰国記念行事が晴海埠頭で開催されたが、鳩山自身も式典に出席し、ニコニコしながら隊員を出迎えている。

海上自衛隊の中枢に有り、常に最前線で仕事をしてきた酒井だ。

無責任であり、国家や国益のために命をかけ人生を掛ける覚悟すら無い、このような政治家を多く見て来ただろう。

その最たるものが民主党政権であり、テロ特措法の打ち切りであったが、それでも酒井はその後も淡々と職務をこなし、自らに掛けられた期待に誠実に応え、着実に成果を上げてきた。

それらの仕事が評価された上での、同期1番乗りの海将補昇任であり、そしておそらく、程なくして海将にも昇任するだろう。

これから海将に昇り、我が国の平和と安全にさらに貢献してくれるであろう酒井だ。

今はまだ、世間的にほとんど存在感の無い海上自衛隊幹部だが、ぜひその異動と活躍には注目して追っていって貰いたい。

◆酒井良(海上自衛隊) 主要経歴

昭和
62年3月 海上自衛隊入隊(第31期)

平成
10年1月 3等海佐
13年7月 2等海佐
18年1月 1等海佐
19年7月 海上幕僚監部防衛課
19年10月 海上幕僚監部防衛課業務計画班長
20年8月 海上幕僚監部防衛課防衛班長
21年8月 第7護衛隊司令
22年7月 海上幕僚監部教育課長
24年7月 第1護衛隊群司令 海将補
26年8月 護衛艦隊幕僚長
28年7月 海上幕僚監部防衛部長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省海上自衛隊 第1護衛隊群公式Webサイト(着任式写真)

http://www.mod.go.jp/msdf/ccf1/about/topic/20120731/index.htm

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする