坂本知司(さかもと・ともじ)|第29期・陸上自衛隊

坂本知司は昭和37年10月生まれ、北海道出身の陸上自衛官。

防衛大学校第29期の卒業で幹候66期。

出身職種は判明しないものの、そのキャリアから考えて、恐らく普通科であると思われる。

平成29年8月(2017年8月) 陸上幕僚監部法務官・陸将補。

前任は第9師団副師団長兼青森駐屯地司令であった。

2017年11月現在、陸幕の法務官に補職されている坂本だ。

自衛隊には、一般市民には馴染みがなく、まず接点がないであろうポストが多いが、この法務官というポストもまた、一般市民からは相当遠い所にいる存在である。

法務官というと、自衛隊法に基づく部隊の運営や規律の確立というようなイメージがあるかもしれないが、実はもっとわかり易い任務を主としている。

自衛隊の活動に伴い発生した損害や損失に関する法的対応や、自衛隊員個人に生じてしまった災害などについて、その補償に関する法的対応を行う責任者という役割だ。

例えば、陸上自衛隊饗庭野駐屯地では2015年、射撃演習中に発砲された小銃弾がおかしな跳弾となり、民家の瓦屋根を突き破り、その居室で発見されるという事件があった。

どこをどうすればこんな跳弾になるのか、狙ってできることではなく不思議な気がするが、例えばこのような場合の損失補償に関する法的対応も、法務官の仕事ということになるだろう。

なお、謝罪や原因究明といった役割は、一義的には現場単位の高級幹部が担うので法務官が出ていくことはない。

この事件の場合、当時中部方面総監部幕僚副長であった藤岡登志樹(第31期)が、地元市役所などへの対応にあたった。

高級幹部をしていると、突然こんな畑違いのポストを任されることもあるのかと、そのこなさなければならない職務の幅に驚かされが、高級幹部に課せられる理不尽さは今に始まったことではない。

与えられた任務を遂行できるかできないか。

それが自分の価値を決定する、極めて厳しい世界であることを改めて思い知らされる人事である。

その坂本が法務官に着任する前に補職されていたのは、第9師団の副師団長。

副師団長職は事実上、師団長の実務担当者であり、師団長に代わり遂行できる実務的な役割は全て行うことが求められる。

そのようなこともあり、師団が所在する駐屯地司令も副師団長が務めることになっている。

例えば上記の画像。

平成28年10月、最新版の防衛白書が完成した際のもので、東北防衛局長が青森県知事に内容の説明を行っている時のものだ。

画面奥が青森県知事の三村申吾。

その左隣が局長の深澤雅貴であり、その左隣が坂本である。

重大な事故や不祥事など、トップが行くことに意味がある場合は別だが、地元自治体に対する実務的な説明作業を行うような際には、このように副師団長が出向くことも多い。

このようにして組織の仕事をどんどん部下に任せ、その指揮監督能力を高めさせていく組織運営は、民間企業を経営する上でも、ひとつ参考になる考え方ではないだろうか。

ちなみに左端の人物は、第1航空団副司令(2017年11月現在)で、当時青森地方協力本部長であった島津貴治(第32期相当)である。

また坂本の連隊長経験は、北海道釧路に所在する第27普通科連隊。

第5旅団隷下にある、機動力を重視した軽編成の連隊だが、日本陸軍と同じ所在地で、なおかつ同じナンバリングを引き継いでいるのはこの部隊だけである。

すなわち歩兵第27連隊をそのままこの地で受け継ぐ精鋭たちであり、特に冬期戦に関してはその強さに一目置かれる戦闘集団である。

それもそのはずであろう。

歩兵第27連隊の伝統、といってもピンとこない人が多いかもしれないが、203高地の頂上に、ほぼ全滅しながらも僅か数十名の手勢で最初にたどり着いた部隊と言えば、その栄光を知る人も多いのではないだろうか。

日露戦争における、陸上戦闘だけでなく海上戦闘の大きなターニングポイントとなった203高地の奪取と占領。

尋常ではない被害を出しながらも繰り返し反復攻撃を繰り返し、ついに最初に頂上にたどり着いたのが歩兵第27連隊であった。

正面からはロシアの激しい反撃を受け、背中からは砲兵の援護射撃が飛んでくる、地獄のような現場である。

その山頂を、味方の増援がたどり着くまで実に1昼夜、飲まず食わずのこの27連隊の精鋭たちが、わずか数十名の手勢で守り抜いた。

この際、27連隊が決死の覚悟で守ったものは203高地の山頂ではあるが、それだけではない。

歴史的事実がそれを証明しているように、彼らが守ったのは日本という国そのものであり、この時彼らが崩れていたら、あるいは我が国は永遠に203高地を取る事ができず、そして我が国は日露戦争に敗れていたであろう。

我が国が日露戦争に敗れていれば、どう贔屓目に見ても朝鮮半島から北海道まではロシアの領有地となり、日本にはロシア軍が進駐していたことは疑いようがない。

203高地の武勲というだけでも非常に誇らしい活躍だが、歴史という流れを俯瞰すると、歩兵第27連隊が成し遂げた功績はこれほどまでにも大きなものだ。

その伝統を積極的に引き継ぎ、強さと誇りを継承する第27普通科連隊が弱小であるわけがない。

そしてそのような連隊を率い、見事に統率した坂本もまた非常に誇り高い武人であり、陸上自衛隊が誇る陸将補である。

今後ともキャリアを活かし、さらに我が国の平和と安全のために力を尽くしてくれることだろう。

その活躍と異動には、楽しみにしながら注目していきたい。

◆坂本知司(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 陸上自衛隊入隊

平成
8年1月 3等陸佐
11年7月 2等陸佐
13年8月 陸上幕僚監部訓練課
16年1月 1等陸佐
16年3月 陸上幕僚監部教育訓練計画課
16年8月 第4師団第3部長
18年3月 第27普通科連隊長
19年7月 陸上幕僚監部人事計画課服務室長
21年12月 熊本地方協力本部長
24年7月 東部方面総監部防衛部長
26年12月 幹部学校副校長 陸将補
28年3月 第9師団副師団長兼青森駐屯地司令
29年8月 陸上幕僚監部法務官

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的とし、軽量化処理やオリジナルからトリミングし切り取って用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 第9師団公式Webサイト(記念行事写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/9d/gyouji/h29Dkinenn/h29Dkinenn.html

防衛省 東北防衛局公式Webサイト(青森知事面談写真)

http://www.mod.go.jp/rdb/tohoku/topics/281031_01/page.html

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