山田憲和(やまだ・のりかず)|第38期・陸上自衛隊

山田憲和は昭和46年2月13日生まれ、青森県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第38期の卒業で幹候75期、職種は普通科だ。

平成29年8月(2017年8月) 第41普通科連隊長兼別府駐屯地司令・1等陸佐

前職は統合幕僚監部総務部総務課であった。

なお、第41普通科連隊長としての指導方針は以下の通り。

【統率方針】

任務の完遂

【要望事項】

あたりまえのことをあたりまえにやれ

【駐屯地司令要望事項】

1.和

2.あかるくさわやかに

3.地域との一体化

見た目もイカツいがそのキャリアもなかなかにイカツい1等陸佐、山田憲和だ。

ちなみにこの画像で一緒に写っているゆるキャラは自衛隊とは無関係で、大分市のマスコットキャラクターべっぴょんである。

2017年の駐屯地記念祭では、なんと観閲式にジープに乗って現れるという図々しいマネをやらかしたゆるキャラだ。

普通科の車列に混じり、観閲官の厳かな敬礼に向かってこの顔で手を振り愛嬌を振りまく様はなかなかシュールであった。

さて、そんなおちゃめなべっぴょんと2ショットで写る山田は、防衛大学校ではハンドボール部に所属していたイカツさである。

ハンドボールをやろうという人間は大概、肩から腕回りの筋肉が常人離れしており、なおかつ握力がバケモノ級に強い。

既に40代後半になる山田だが、明らかに当時の体格を維持している。

幹部候補生学校を卒業した後、初任地も第11普通科連隊というイカツさである。

第11普通科連隊は東千歳に所在する、我が国で最精鋭の普通科連隊の一つに数えられる部隊だ。

定員は1500名と、通常の普通科連隊の倍近い規模を持ち、なおかつ第7師団(機甲師団)隷下の普通科連隊であることから完全機械化歩兵と位置づけられる。

機甲科と共に協働で戦闘を展開することから、その機動力及び戦闘能力はまさに機甲師団の中核としてふさわしい精鋭部隊だ。

新米尉官としてまず最初に、こんなイカツい現場を任された山田だ。

ますますイカツさを増すのは当然であり、次に配属となった現場は西部方面普通科連隊。

なおかつ創設メンバーである。

西部方面普通科連隊と言ってピンとこない人もいるかもしれないが、「日本版海兵隊」といえば通りが良いかもしれない。

ヘリ部隊と協働し空中機動力を磨き、海自の第1輸送隊と協働して海上機動力を磨くなど、陸上自衛隊の中で唯一、離島奪還を専門に戦技を高めている超精鋭部隊だ。

もっと平たく言うと、尖閣諸島に中国人民解放軍が上陸を図った時、その阻止と奪還に向かうのが西部方面普通科連隊である。

山田はその創設を任されたメンバーの一人であり、間に東ティモールへの海外派遣を一度経験しているが、14年3月の創設から17年8月まで、西部方面普通科連隊の基礎を作る役割を担った。

なお、陸幕の人使いの荒さはこれで終わりではない。

平成17年8月から2年間の幹部学校付を終えると、山田が次に補職されたのは第1混成群の指揮官ポスト(沖縄)。

2017年現在で言うところの第51普通科連隊だが、同混成群(連隊)は、軽武装高機動で沖縄の離島に空中機動展開を行う、こちらもいわば殴り込み屋の役割を果たす部隊だ。

第11普通科連隊で、機甲科とともに機動戦闘を展開する現場経験を積み、西部方面普通科連隊で海・空からの殴り込み組織を作り、そして沖縄で空中機動部隊の指揮を執ってきたわけである。

こんなイカツいキャリア、他に見たことがないという程に非常に充実した現場経験を積み、その指揮能力を高め今日に至る。

さてその山田だが、3等陸佐であろうと思われる平成17年から2年間、幹部学校となっていることから、おそらくCGS過程(指揮幕僚課程)に学んだと思われる(M様、情報ありがとうございます!)。

CGSは陸自幹部として最難関の過程であり、その合格と修了は極めて困難だ。

そしてその修了者はよほど深刻な服務事故を起こさない限り、1佐(三)まで、出世が約束されていると言われる。

また多くの場合、それ以上に出世して将官に昇るものもいるのだが、山田の場合、38期1選抜である平成25年1月の昇任1佐人事にその名前がない。

それどころか、25年7月、26年1月、26年7月、27年1月の昇任1佐人事にも名前がなぜか載っていない。

それでいながら27年8月、幹部学校教官に異動する人事では1等陸佐として記載されているのでいったいいつ1佐に昇ったのか謎なのだが、そのキャリアと考え合わせ、38期トップエリートの一人であることは間違いないのではないだろうか。

なお、38期が最初に陸将補に昇るのは、2019年夏の将官人事となる。

こんなイカツい男が1選抜で陸将補に昇れば、いろいろとおっかないことになりそうだ。

なお山田は、東ティモール以外にもCRF(中央即応集団)では国際活動教育隊研究科長を務め、さらに平成25年からは2年間、防衛駐在官(レバノン・シリア・ヨルダン兼務)を務めるなど、海外に関する知見にも抜かりはない。

それにしても、防衛駐在官の赴任先すらイカツいにも程がある。

世界地理のマニアでなければなかなかピンと来ない人も多いと思うが、レバノン・シリア・ヨルダンの位置関係だ。

これら3カ国は、イスラエルを中心にして説明した場合、イスラエルの東に位置するのがヨルダン。

イスラエルの北に位置するのがレバノン。

イスラエルの北東に位置するのがシリアである。

なおかつヨルダンは、ヨルダン川を挟んだ向かい側がパレスチナ暫定自治区だ。

つまり、一瞬で火がつくこの世界の火薬庫を、というよりも今もそこらじゅうで火薬が燻っているこの危険地域で、防衛駐在官を命じられたことになる。

ビジネスマンとして行っても命の危険を感じる地域に、軍人外交の担い手として赴くというのは、相当緊張感のある任務であったのではないだろうか。

イカツすぎる補職が続いた山田だが、様々な経験を経て、2017年8月に第41普通科連隊長に着任した。

41普通科連隊は日本一の温泉どころである別府に所在する部隊だが、のんびり温泉に浸かるような暇も無さそうである。

イカツいキャリアを誇る山田の活躍は、今後も楽しみに注目して追っていきたい。

◆山田憲和(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
6年3月 陸上自衛隊入隊
7年3月 第11普通科連隊(東千歳)
13年3月 第3教育団本部付(相浦)
14年3月 西部方面普通科連隊(相浦)
15年10月 第4次東ティモール派遣施設群(東ティモール)
16年7月 西部方面普通科連隊(相浦)
17年8月 幹部学校(目黒)
19年8月 第1混成群(沖縄)
20年8月 中央即応集団国際活動教育隊国際活動教育隊研究科長(駒門)
24年8月 陸上幕僚監部運用支援・情報部運用支援課(市ヶ谷)
25年6月 防衛駐在官(レバノン・シリア・ヨルダン兼務)
27年8月 幹部学校教官(目黒)
27年10月 統合幕僚監部総務部総務課(市ヶ谷)
29年8月 第41普通科連隊長兼別府駐屯地司令

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 別府駐屯地公式Webサイト(プロフィール画像及び着任式画像)

http://www.mod.go.jp/gsdf/wae/4d/beppu/top.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/wae/4d/beppu/activity/activity-g/a-g.html

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