丸茂吉成(まるも・よしなり)|第27期・航空自衛隊

丸茂吉成は昭和34年8月生まれ、群馬県出身の航空自衛官。

防衛大学校第27期の卒業で73幹候、出身職種は飛行で、戦闘機パイロット上りの空将だ。

平成29年12月(2017年12月) 航空幕僚長・航空幕僚長たる空将

前職は航空幕僚副長であった。

なお座右の銘は24/365(24時間365日)。

航空自衛隊の最高幹部として、常在戦場の心構えで隷下隊員の指導にあたり、頂点のポストを極めた。

【以下、2017年12月13日加筆】

ついに丸茂が、航空自衛隊のトップに着任した。

威厳に満ちていながら、同時に親しみやすさを持つ不思議な高級幹部であり、ユーモアのセンスも抜群のとても魅力的な男だ。

航空幕僚監部では防衛部の要職を歴任し、次期主力戦闘機選定の責任者も務める。

現場では南西航空混成団(現:南西航空方面隊)や西部航空方面隊において指揮官を歴任。

中国人民解放軍に対するスクランブルが急増した時期から今に至るまで、常に最前線で指揮を取り続けてきた。

2017年現在の我が国において、もっとも必要となる素養を全て兼ね備えた空将と言って良いだろう。

次期航空幕僚長については、同期であり、航空総隊司令官を務める前原弘明(第27期)を予想する声が圧倒的に多かった。

直近の人事では、航空総隊司令官から航空幕僚長に昇格するのがいわば慣例化していたためだと思われるが、2017年現在の安全保障環境を考えると、丸茂のキャリアがどうしても必要であったと言うことなのだろう。

一方で、第34代航空幕僚長である杉山良行(第24期)は勇退となった。

正直、次期統合幕僚長は杉山が昇り、史上初の「空→海→空」となるのではないかと予想していたので意外であった。

統合幕僚会議の時代から、陸上自衛隊はたったの1度も、3代連続で統幕長を出さないという人事を経験したことがない。

つまり、「陸→空→陸」や「陸→海→陸」という人事は過去に何度かあるが、「海→空→海」や「空→海→空」という統合幕僚長の人事は一度も無いということだ。

2017年12月現在、統合幕僚長は「陸→空→海」と来ている。

順当に行けば次は陸だが、2017年12月現在の陸上幕僚長・山崎幸二(第27期)は2017年8月に着任したばかりだ。

一方で、統合幕僚長である河野克俊(第21期)の任期は2018年6月まで。

なおかつ、定年を2度も延長する史上初の人事の結果であって、さすがに3度めの延長は考えづらい。

となれば、陸幕長1年未満の山崎が統幕長に昇る可能性は低いだろうと考えられたのだが、結果としてこの流れで行けば、河野の任期切れに伴い、山崎が統幕長に着任することになるだろう。

いずれにせよ、まずは空幕長の丸茂だ。

詳細は下記、以前の記事を確認してほしいが、そのキャリアは極めて充実しており、空幕長に昇るべくして昇った男である。

その活躍を心から楽しみにし、そして応援したい。

【以下、2017年10月30日加筆】

2017年10月現在、次期航空幕僚長候補の最有力候補の一人である丸茂だ。

そして航空幕僚長である杉山良行(第24期)が空幕長に着任したのは2015年12月。

特段の事情がない限り、その任期は2017年12月までか、最長でも2018年3月までであろうと思われる。

つまり、この記事をポストしている時点で、間もなく頂点のイスを極めるかもしれないポジションに着けている男である。

そのキャリアは極めて充実しており、まさに我が国の国防を根底から支えるにふさわしい最高幹部の経歴になっている。

航空自衛隊に入隊したのが昭和58年3月。

戦闘機パイロットとしての訓練を受け、最初に配属されたのは第6航空団(石川県小松)。

戦闘機パイロットとして日夜任務に励み、時にはスクランブルで空に上り、その青年期を我が国の平和と安全の為に捧げた。

1等空佐に昇ったのは平成14年1月。

さらに空将補に昇ったのが平成20年8月であり、空将に昇ったのが平成26年8月。

いずれも27期組1選抜(一番乗り)で、自衛隊の人事制度上、これ以上はない最速での空将昇任であった。

特筆するべきは、その歴任してきたポストであろうか。

空幕においては防衛部の要職を歴任し、次期主力戦闘機を選定する責任者であった防衛課長兼次期戦闘機企画室長も経験。

さらに現場においては、2017年現在における我が国の最前線、西部或いは南西方面で指揮官ポストをこなす。

南西航空混成団防衛部長、第8航空団(福岡県築城)司令、そして西部航空方面隊司令官など、ホットスポットの経験は万全だ。

まさに国防の最前線において要職を歴任し続け、これ以上はないキャリアを積んだ上での、航空幕僚副長への着任であった。

率直に言って、このポストは、丸茂の年齢を考えてももう次は、1か0である。

すなわち、頂点のイス(航空幕僚長)に着任するか、このポストを最後に退役するかだ。

ここまで偉くなった人間には、後職では、もう航空幕僚長以外のイスがないと言って良いだろう。

そしてその答えは、この記事をポストしている時から早ければ2ヶ月以内、遅くとも5ヶ月以内に発表されることになるはずだ。

ではその丸茂のライバルたちの状況はどのようになっているのか。

2017年10月現在で、杉山の跡を継ぎ次期航空幕僚長に着任する可能性があるのは以下の4名。

前原弘昭(第27期)・航空総隊司令官

丸茂吉成(第27期)・航空幕僚副長

荒木淳一(第27期)・航空教育集団司令官

山田真史(第28期)・航空支援集団司令官

一人ひとり見ていこう。

まず前原である。

近年の航空自衛隊のトレンドは、航空幕僚長に就くものは航空総隊司令官から昇格になることがもはや一般的と言ってもいいほどだ。

このポストは極めて重く、我が国の航空戦力を束ねる総責任者であるのだから当然であるといえるだろう。

一方で前原は、いずれかの航空方面隊司令官も経験しないままに航空総隊司令官に着任するという、ややイレギュラーな人事で現職に昇っている。

陸自で例えれば、連隊長経験がないまま師団長になり、師団長経験がないまま方面総監に昇ったようなものだ。

間で踏むべきステップを経験しておらず、なおかつ2017年現在のホットスポットである西部・南西方面での指揮経験がほとんどない。

僅かに、平成17年から西部航空方面隊司令部の防衛部長を務めたことがあるのみである。

その意味では、ポストの格で言えば前原に軍配が上がるものの、キャリアだけで言えばこの4人の中で、今必要とされている現場での経験がもっとも乏しいと言えるだろう。

次に丸茂だ。

丸茂は先述のように、頂点に昇る者にとって必要なすべての経験をこなしてきている。

西部航空方面隊司令官であった当時は、中国人民解放軍へのスクランブル発進が急増している時期でもあり、緊急対応への経験値も完璧だ。

ポストの格で航空総隊司令官にやや譲ること以外に、トップに着任しない理由を見出すことができない。

次に荒木である。

荒木も南西航空混成団で防衛部長を務め、また南西航空混成団司令を務めるなどそのキャリアには非の打ち所がない。

次期航空幕僚長に着任しても、なんらサプライズではない得難い最高幹部である。

唯一、ポストの格という意味では、厳しいものがあるということだろうか。

航空教育集団司令官のポストは、確かにその後職として空幕長に昇る可能性が想定できる、極めて重要なポストである。

しかしながら実際問題として、過去34名を数える航空幕僚長の中で、航空教育集団司令官から空幕長に昇ったのは1例があるのみであり、第28代航空幕僚長であった吉田正(第14期)一人のみである。

このようなことを考えると、前原・丸茂を抑え荒木がジャンプアップする可能性は、低いのではないだろうか。

なお、山田については28期であることもあり、恐らく次は無いであろう。

次の次はあるかもしれないが、杉山の後任としては、とりあえず候補から外して予想しても差し支えなさそうである。

その上でだが、世間一般の予想は圧倒的に前原である。

何かの雑誌が予想していた特集でも、前原の次期航空幕僚長着任を予想していたが、ここでは敢えて、丸茂が杉山の後を継ぎ、空幕長になると予想しておきたい。

第35代航空幕僚長・丸茂吉成である。

理由は、その充実したキャリアということに尽きるだろう。

これほど、ホットスポットでの指揮経験が豊富であり、現場の情勢を知り尽くしている丸茂がこのまま退役をすれば、それは我が国にとって大いなる損失である。

失いたくないものは維持したい。

維持するためには、後職では空幕長しか無い。

極めて単純な理由だ。

なおかつ丸茂は、話し方もユーモアに溢れ親しみやすく、人を惹き付ける魅力に富んだ人格者でもある。

これほど威厳に満ち、なおかつ親しみやすさを兼ね備えている自衛隊の最高幹部という存在は近年稀に見るほどだ。

そういったことから考えても、丸茂がこのまま航空自衛隊を去るような気が全くせず、おそらく頂点のイスを極めることになるのではないだろうか。

世間的には「ややサプライズ」になるかもしれないが、ぜひ注目して、間もなくあるであろう空幕長人事を楽しみに待っていたい。

本記事は当初2017年7月7日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年10月30日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年7月に公開した当時のものを一部抜粋する形で、そのまま残している。

西部航空方面隊の司令官在職中も、月1~2回は自ら練習機を飛ばし、練度の維持向上に努めていた生粋のパイロットであり、戦闘機の現場を知り尽くすエキスパートである。

一方で丸茂は、実は当初、国防に対する熱い思いも深い考えもなく、自衛隊の道に進んだことを告白している。

防衛大学校を受験しようとした動機はなんと、「友だちに誘われた」からであり、本気で入学する意志はなかったのだというから驚きだ。

しかも自分を誘った友人は防大に入学しなかったというのだから、これもまたなかなかのエピソードだ。

そんな丸茂も、防大に入ればなんとなく戦闘機に乗りたいという、ある意味「男の子らしい」動機で航空自衛隊に進むが、この時も深い考えなしに、防大を卒業してしばらく勤め上げれば、すぐに退役するつもりでいたそうだ。

しかしながら、初任地である第6航空団。

日夜緊張感を強いられる対ソ戦の最前線で国防の任務に就きスクランブルで空に上がり、また祖国の美しい自然を空から見るうちに、この国を守るという強い使命感が芽生えて来たという。

結果として、友人に誘われたから受験しただけという防大に入学し、かっこいいという理由でファイターになった男は、すぐに辞めるつもりでいながら厳しい任務の中で過ごし、気がつけば30余年。

空将という最高幹部に登りつめ、さらにその上の椅子が見え始めて来た。

海上自衛隊の大塚海夫(第27期)・海上自衛隊幹部学校長(海将)のように、小学校の頃から「提督になる」と公言していた人生とは対照的だが、このような男こそ、「勇猛果敢・支離滅裂」の航空自衛隊をまとめ上げるにふさわしい最高幹部なのかもしれない。

講演会などではスマートな身のこなしでジョークもうまく、人を惹き付ける語り口がとても印象的な空将だ。

次期航空幕僚長人事では、あるいは丸茂の名前が告げられることになるのではないだろうか。

◆丸茂吉成(航空自衛隊) 主要経歴

昭和
58年3月 航空自衛隊入隊 (第27期)

平成
2年 月 第6航空団(石川県小松)
6年1月 3等空佐
9年7月 2等空佐
14年1月 1等空佐
17年4月 幹部学校付
15年7月 航空幕僚監部防衛課
16年4月 航空幕僚監部防衛班長
17年4月 南西航空混成団防衛部長
18年3月 航空幕僚監部庶務室長
19年7月 航空幕僚監部防衛部防衛課長兼次期戦闘機企画室長
20年8月 航空幕僚監部防衛部 空将補
21年7月 第8航空団司令
24年1月 航空幕僚監部運用支援・情報部長
25年8月 航空幕僚監部防衛部長
26年8月 西部航空方面隊司令官 空将
27年12月 航空幕僚副長
29年12月 航空幕僚長

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 西部航空方面隊Webサイト(顔写真及び献花、視察風景)

http://www.mod.go.jp/asdf/wadf/activi/activ3/27act/2711/index1.html

http://www.mod.go.jp/asdf/wadf/activi/activ3/26act/2612/index1.html

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