井上浩秀(いのうえ・ひろひで)|第29期相当・航空自衛隊

井上浩秀は昭和36年4月10日生まれ、山梨県出身の航空自衛官。

学習院大学法学部を卒業し、昭和60年3月に航空自衛隊に入隊しているので、幹候75期の第29期相当ということになる。

出身職種は航空機整備。

平成29年12月(2017年12月) 航空開発実験集団司令官・空将

前職は航空幕僚監部装備計画部長であった。

2018年1月現在、航空開発実験集団司令官の要職にある井上だ。

2017年12月の将官人事で空将に昇り、現職に着任した。

学習院大学の卒業であり、一般大学卒業生でありながら空将に昇ったキャリアは極めて充実している。

2017年12月の将官人事では、日本大学法学部の卒業生でありながらF-15戦闘機パイロットとして活躍し、その後も要職を歴任し続けて空将に昇った宮川正(第26期相当)が退役となった、寂しい異動があった。

まさに、一般大学卒業で自衛隊に入隊を志す者にとっての憧れであり、励みとなった空将であったが、その役割を今度は井上が背負うことになったと言って良いだろう。

一般に、防衛大学校卒業生で無ければ出世ができない(出世が遅い)と言われる自衛隊。

しかし、そんなことを理由にして入隊をためらっている学生がいたら、ぜひこう言って励ましてあげて欲しい。

「何を小さなことを言ってるんだ、君は航空自衛隊の井上空将を知らないのか?」と。

その井上が航空自衛隊に入隊したのは昭和60年3月。

1等空佐に昇ったのは平成15年6月だが、第29期相当の入隊者にとって、どれだけ早くとも1等空佐に1選抜(1番乗り)で昇れるのは16年1月である。

なぜ井上だけが、人事の規則も無関係に1選抜より半年も早く1等空佐に昇ったのか。

それは、井上が余りにも優秀であり、史上初の特別昇任が適用されたため・・・ではもちろんない。

井上が平成15年6月から外務省に出向し、防衛駐在官として中国に赴任したためである。

防衛駐在官で海外に赴任する期間は原則として3年間だ。

その期間中、1佐に昇任することが見込まれるものは、1選抜よりも先んじて昇任させる人事が、陸上自衛隊と航空自衛隊にはあるようだ。

例えば、一般大学卒業生の先輩である宮川正(第26期)は、第26期の1選抜である平成13年1月より1年半も早い平成11年6月に1等空佐に昇り、米国防衛駐在官として赴いている。

陸上自衛隊の権藤三千蔵(第29期)は、29期の1選抜である平成16年1月よりも半年早い平成15年6月に1等陸佐に昇り、スェーデン防衛駐在官として現地に赴いた。

このような人事の事例は相当数あるので、陸空ではこのような昇任の運用が為されていると言うのは間違い無さそうである。

しかしなぜか、海上自衛隊ではこのような運用になっていない。

海上自衛隊の益田徹也(第27期)は、平成13年6月から防衛駐在官としてロシアに赴いているが、その任期中である平成14年1月に1等海佐に昇った。

なぜか海自だけは、外務省出向中であっても昇任させるという運用を行っているようだが、なぜそうなっているのかはさすがにわからない・・・。

(本職さん、ご存知でしたら教えて下さいm(_ _)m)

話を元に戻す。

実質的には1選抜で1等空佐に昇った井上。

米国交換留学生やモザンビークPKO(中部地域司令部要員)、外務省国際情報局分析1課、米国統合幕僚大学、中国防衛駐在官と、呆れるほどに海外経験が豊富だ。

米国通だけでなく中国にも通じており、まさに2018年の安全保障環境を考えると、我が国に無くてはならない空将の一人である。

中央では主に空幕の装備畑で要職を歴任し、空将補に昇ったのが平成24年3月。

こちらは同期1選抜に比べ1年半の遅れであったが、空自では空将補への昇任時期が決定的な遅れにならないことが多く、空将補時代の評価で速やかに空将に昇ることも多い。

井上もまさにその一人で、空将補昇任から5年余りでの空将昇任であった。

空将昇任で着任したポストは航空開発実験集団司令官。

航空開発実験集団は、航空自衛隊における航空機装備品の研究・開発を一元的に引受け、空における質的優位を確立することを目的とする組織だ。

空幕装備計画部長時代、井上は講演で、今後の検討課題はF-35装備品であると、その開発に意欲を見せていたことがある。

当時はまさか自分がそのポストを担うことになるとは思っていなかったと思うが、結果として空将に昇り、その責任者を任されることになった。

F-35の戦力化にあたり、導入黎明期である2018年における航空開発実験集団の役割は極めて重く、その司令官たる井上にかかる空自内外の期待も同様に、極めて厚い。

その活躍には一層注目し、そして応援していきたい。

◆井上浩秀(航空自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 航空自衛隊入隊(第29期相当)
61年2月 第2航空団

平成
2年2月 米国交換留学生(Chanute AFB)
4年3月 第2補給処
6年5月 モザンビークPKO(中部地域司令部)
6年12月 第2補給処
8年1月 3等空佐
8年3月 幹部学校付
9年3月 外務省国際情報局分析1課
11年3月 幹部学校付
11年7月 2等空佐
12年1月 米国統合幕僚大学
12年8月 航空中央業務隊付
15年6月 中国防衛駐在官(北京) 1等空佐
18年7月 航空幕僚監部装備課
18年8月 航空幕僚監部装備課調整班長
19年9月 航空幕僚監部総務課総務調整官
21年3月 航空幕僚監部装備課長
24年3月 幹部候補生学校長 空将補
26年3月 第3航空団司令兼ねて三沢基地司令
27年12月 航空幕僚監部装備計画部長
29年12月 航空開発実験集団司令官 空将

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 航空開発実験集団公式Webサイト(顔写真)

http://www.mod.go.jp/asdf/adtc/3-sireikannentounoji.html

防衛省航空自衛隊 三沢基地公式Webサイト(着任式および離任式画像)

http://www.mod.go.jp/asdf/misawa/newspaper/index.html

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