小野打泰子|第31期相当・航空自衛隊

小野打泰子は幹候77期、防衛大学校第31期相当の航空自衛官。

生年月日は判明しないが、第31期はストレートであれば昭和39年度の生まれということになる。

職種(特技)は情報であり、ちょっと映画っぽい言い方をすれば情報将校ということになる。

平成29年9月(2017年9月) 第6高射群司令・1等空佐

前職は航空教育集団司令部総務部長であった。

なお、第6高射群司令としての指導方針は以下の通り。

【指導方針】 俺がやる!

今の時代、「女性自衛官」や「女性幹部自衛官」という言葉で人物評価をするのはそろそろ時代錯誤になりつつあるのかもしれない。

それでもやはり、防衛大学校が女性幹部を受け入れるより前、すなわち女性幹部候補1期生に相当する第40期より前に自衛隊に入隊し、活躍している女性幹部の存在は、特別なものがあると言って良いだろう。

小野打が幹部候補生として採用されたのは、女性自衛官すら珍しく、まして女性幹部となるとほとんど存在しない時代であったからだ。

さらに小野打は、第31期相当の女性幹部なのでもちろん一般大学出身であり、防衛大学校を卒業していない。

一般に幹部自衛官は、防衛大学校出身者が出世に有利と言われ、そして実際にそのような傾向が人事にも現れている。

そのような中、並み居る防衛大学校出身の男性幹部よりも結果を出し成果を出し続け、1等空佐にまで昇り、第6高射群司令に着任した小野打である。

失礼にあたるかもしれないことを承知でも、敢えて、女性自衛官であることを強調した上でその活躍を特筆してもバチは当たらないだろう。

極めて優秀な、航空自衛隊を代表する女性幹部だ。

なお、女性の年齢を言うのはなんだが、幹候77期で防衛大学校第31期相当であれば、小野打は少なくとも、2018年2月現在で53歳(を迎える年度)以上であるはずだ。

にも関わらず、この美貌は反則である。

心身ともに過酷な任務をこなしながら、なおかつ成果を出し続けている53歳(以上)の女性とはとても思えず、まさに才色兼備の才媛だ。

「女性の活躍」をテーマに、有能な女性であれば性別は無関係にどんどん要職に登用する今の自衛隊の方針を、まさに体現している女性だと言って良いだろう。

仮に1等空佐のまま空将補に昇任できなかったとしても、1等空佐の定年は56歳。

まだもうひとポストは活躍してくれそうな年齢でもあり、非常にその活躍が楽しみな幹部だ。

なお、小野打の第6高射群司令としての指導方針は

「俺がやる!」だ。

敢えて男性的な言葉で、指導方針を説いているのが印象的である。

そしてその第6高射群だが、決してお飾りばかりの、実稼働が想定できないような部隊ではない。

それどころか第6高射群は、航空自衛隊三沢基地にその本部を置き、第20及び第23高射隊(八雲分屯基地)、第21及び第22高射隊(車力分屯基地)を隷下に置く、北日本の防空の要となる部隊である。

なお第20及び第23高射隊のある八雲分屯基地は函館の北西部に位置する。

第21及び第22高射隊が所在する車力分屯基地は、津軽海峡にほど近い青森県つがる市に位置する部隊だ。

その位置関係を聞いてピンときた人も多いかもしれないが、北朝鮮の度重なる挑発的な行動、すなわち東北~北海道にかけての上空を飛び越える形での弾道ミサイルの試射の際、何度かメディアに登場したのも、この第6高射群だ。

八雲及び車力分屯基地ではPAC3、いわゆるパトリオット(ペイトリオット)ミサイルの運用を行っているが、北朝鮮の「弾道ミサイル乱射」の際には、これら部隊が機動展開訓練をメディアに公開する形で、その防空能力の高さを見せつけた。

小野打が第6高射群司令に着任したのは、その北朝鮮の「乱射」が繰り返されていた2017年9月である。

まさに、最前線1線級部隊の指揮官として赴任したことが、お分かり頂けるのではないだろうか。

現役の女性幹部自衛官では、やはり圧倒的な存在感でネットでも大人気なのは、堂々の海将補の階級にあり、2018年2月現在で統合幕僚監部首席後方補給官という、極めて重要な要職にある、近藤奈津枝(第35期相当)だ。

口の悪いSNS界隈では、「女性将補というより女将ですね」と茶化す意見もある、人気者である。

(確かに、友達のお母ちゃんというような雰囲気ではある・・・)

さらに2017年夏の人事では、陸上自衛隊の澤村満称子(第38期相当)が、陸上自衛隊で女性初となる連隊長に着任、第6後方支援連隊長に補職され、話題になった。

両名ともに、いうまでもなく防衛大学校第40期より前の幹部なので、一般大学卒業生として幹部自衛官となり、活躍をしている女性幹部自衛官だ。

そして小野打は、近藤や澤村よりも前の第31期相当で入隊し、活躍をし続けた女性幹部自衛官である。

言い換えれば、小野打は後進の女性自衛官に道を拓いたフロンティアの一人であり、その功績と活躍はただ単に、地位や補職だけでは評価できない、極めて大きなものがあると言って良いだろう。

防衛大学校第40期(女性1期)の女性幹部には、1選抜で1佐に昇った幹部自衛官が多くいた。

おそらくその中の何名かは、間違いなく将補まで昇るだろう。

もし1選抜で将補に昇る場合、それは2021年のことになるが、いずれにせよ2021年以降、陸海空自衛隊では女性の将官が珍しくない時代が到来することは疑いようがない。

しかしながら、そのような時代が来たとしても、先駆者として女性幹部自衛官が有能であることを証明し、後進のために道を切り開いた小野打を始めとした先人の活躍は、決して色あせることはない。

小野打の活躍にはそのような意味があり、長く語り継がれるべき最高幹部だ。

今後ともその活躍には注目し、そして応援していきたい。

◆小野打泰子(航空自衛隊) 主要経歴

昭和
62年3月 航空自衛隊入隊(第31期相当)
63年2月 航空資料作業隊

平成
4年8月 航空総隊司令部
10年3月 北部航空方面隊司令部
11年3月 航空幕僚監部調査部
16年4月 作戦情報隊第1警戒資料処理隊長
17年4月 航空幕僚監部調査課
20年8月 航空幕僚監部情報課計画班長
21年12月 西部航空警戒管制団基地業務群司令
23年2月 航空幕僚監部情報運用室長
25年3月 航空教育隊第1教育群司令
26年3月 航空幕僚監部総務調整官
28年4月 航空教育集団司令部総務部長
29年9月 第6高射群司令

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省航空自衛隊 三沢基地公式Webサイト(プロフィール画像)

http://www.mod.go.jp/asdf/misawa/newspaper/index.html

防衛省航空自衛隊 八雲分屯基地公式Webサイト(装備品展示画像)

http://www.mod.go.jp/asdf/yakumo/gyoji/index.html

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