北島一|第39期・陸上自衛隊

北島一は昭和48年生まれ、神奈川県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第39期の卒業で幹候76期、職種は普通科だ。

平成29年8月(2017年8月) 第39普通科連隊長兼ねて弘前駐屯地司令・1等陸佐

前職は陸上幕僚監部人事部補任課勤務であった。

第39期組で1選抜の出世を続ける北島だ。

なお、公式プロフィールには昭和48年生まれとのみ記され、誕生月は記されていないが、平成7年の陸上自衛隊入隊であれば、ストレートでも昭和47年度生まれの者が入隊する年である。

そのため北島も、昭和48年1月~3月のいずれかの生まれであり、昭和47年度生まれの年次と思われる。

その北島だが、普通科の高級幹部として極めて充実したキャリアを歩み、順調に出世を続ける。

陸上自衛隊に入隊し最初に配属になったのは、第28普通科連隊(函館)。

1976年9月6日に発生し、世界を震撼させたベレンコ中尉亡命事件の舞台となった陸自部隊の一つであり、自衛隊史上初めて、臨戦態勢を経験した普通科連隊と言っても良いだろう。

冷戦時代から今に至るまで、北方防衛に極めて重要な役割を果たしてきた最前線の部隊において初級幹部としての教育訓練を叩き込まれ、自衛官生活のスタートを切った。

その後、普通科連隊の現場で指揮官を歴任する傍ら、高級幹部としての教育も最高の環境で習得。

平成15年には、陸自の最高幹部になる者にとっての登竜門であるCGS(指揮幕僚課程)に合格し、修了。

さらに22年からは米国海兵隊指揮幕僚大学に留学し、26年には米国国防大学にも留学するなど、自衛隊最高幹部にとって不可欠な米国人脈を築き上げ、さらに知米派としての知見も積み上げる。

陸幕では、エリート街道ど真ん中である防衛部防衛課や人事部補任課でキャリアを重ね、満を持して第39普通科連隊長兼ねて弘前駐屯地司令に着任した格好だ。

39期組のエリートとして、今後もその活躍の場を広げていくことは間違いのない高級幹部の一人である。

さて次に、その北島の補職である39普通科連隊について、少し見ていきたい。

39普連と言えば、やはり1番に思い浮かぶのは、伝統の強兵部隊であるということと併せ、1902年(明治35年)に発生したあの有名な、「八甲田雪中行軍遭難事件」に関するエピソードだろう。

八甲田山遭難事件の際、39普通科連隊はその前身である陸軍歩兵第31連隊(弘前)であった。

そして幹部曹士210名のうち、実に199人が殉職する大惨事の舞台となったのが、歩兵第5連隊。

これほどまでに過酷な真冬の八甲田山であったが、実はこの時に別ルートで同様に八甲田山に挑み、踏破したのが歩兵第31連隊の強兵たちであった。

用意周到な準備と、地元猟師を案内に立てるなど、念入りな現地での振る舞いもあっての偉業であったが、以来弘前の強兵は世間の知るところになる。

そして我が国始まって以来の国難であった、日露戦争での活躍だ。

歩兵31連隊の強兵は、黒溝台会戦において自軍の5倍近いロシア軍主力の奇襲を受け、防戦一方の窮地に陥る。

しかしながら、自軍が破られると日本軍は完全に包囲され、各個分断され殲滅されることは確実の絶体絶命の危機。

全軍崩壊の危機に際し、ロシア軍の主力を引き受け、さらに押し返すまでの鬼神の働きを見せたのが、この歩兵第31連隊などを主力とする陸軍第8師団であった。

この戦いで第8師団が抜かれていれば、おそらく日本は戦争に敗れていた。

そして、近代においてロシアに敗れた国々がその後どういう運命をたどったのかを見れば明らかなように、日本は実質的な独立を失うことになったであろう。

この危機に際し、日本を守り抜き、反撃の拠点となる働きを見せたのが陸軍第8師団であり、その主力のひとつである弘前の強兵・歩兵第31連隊であった。

ちなみに第8師団は日露戦争後、この時の活躍を讃えられ、「国宝師団」の通称を与えられる名誉を受けることになる。

そして弘前の強兵も共に、長くその武勇を讃えられ、今に延々と続く、第39普通科連隊の歴史を積み上げることとなった。

このようなこともあるのであろう。

弘前の強兵を預かる第39普通科連隊の連隊長には、伝統的に気合いの入った高級幹部が着任してきた歴史がある。

その代表格と言えば、やはりなんと言っても第28代陸上幕僚長にして、初代統合幕僚長である先崎一(第12期)だ。

先崎一は第15代の、第39普通科連隊長であった。

現役の幹部に限ってみると、第21代連隊長が本松敬史(第29期)・統合幕僚副長であり、第22代は吉田圭秀(第30期相当)・第8師団長、それに第26代が鳥海誠司(第34期)・第6師団副師団長だ。

(※肩書はいずれも2018年3月現在)

いずれ劣らぬ将官たちばかりであり、とくに本松と吉田は、それぞれ1選抜で将官に昇り、近い将来の陸上幕僚長候補として出世ルートど真ん中を歩み続けている最高幹部である。

もちろん鳥海も34期組のエリートであり、2番手グループとして将官に昇り、いずれ陸将に昇ることは確実であろう、34期組のエースの一人だ。

そして、1選抜で1等陸佐に昇り要職を歴任し続け、伝統ある第39普通科連隊で連隊長を任された北島である。

その北島が今後、さらに活躍の場を広げていかないということはまず考えられず、39期組注目の最高幹部となっていくであろう。

39期組から最初の陸将補が選ばれるのは、2020年夏の将官人事だ。

あるいは北島もその有力候補の一人となっているのではないだろうか。

その活躍にはぜひ注目し、そして応援し続けて欲しい。

◆北島一(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
7年3月 陸上自衛隊入隊(第39期)
8年3月 第28普通科連隊(函館)
14年 月 第1次東ティモール派遣施設群
15年 月 陸上自衛隊幹部学校学生(東京)
17年 月 外務省日米安全保障条約課(東京)
19年 月 第42普通科連隊第4中隊長(熊本)
21年 月 陸上幕僚監部防衛部防衛課(東京)
22年 月 米国海兵隊指揮幕僚大学
23年 月 陸上幕僚監部防衛部防衛課(東京)
26年1月 1等陸佐
26年3月 中央情報隊付(米国国防大学)
27年7月 陸幕人事部補任課
28年3月 陸幕人事部補任課人事第1班長
29年8月 第39普通科連隊長兼ねて弘前駐屯地司令

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 弘前駐屯地公式Webサイト(プロフィール画像他)

http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/hirosaki/hirosaki/service.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/hirosaki/hirosaki/service2.html

防衛省陸上自衛隊 第9師団公式Webサイト(八甲田山訓練画像)

http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/9d/kunnrenn/h29hakkouda/h290207hakkouda.html

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