山﨑誠一(やまさき・せいいち)|第35期・陸上自衛隊

山﨑誠一は昭和42年11月14日生まれ、佐賀県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第35期の卒業で幹候72期、職種は野戦特科だ。

平成30年3月(2018年3月) 第8代自衛隊旭川地方協力本部長・1等陸佐

前職は陸上幕僚監部人事教育部厚生課給与室長であった。

なお、第4特科郡長であった頃の指導方針は以下の通り。

【統率方針】任務完遂

【要望事項】自ら考え積極的に行動せよ


(画像提供:自衛隊旭川地方協力本部

2018年6月現在、旭川地方協力本部長を務める山﨑だ。

全国的にも珍しく、というよりも恐らくここ旭川だけではないだろうか、地方協力本部庁舎の正面玄関から道路を挟んで向かい側には、北海道護国神社がそのお社を構える。

ご存知のように、護国神社は郷土の英霊をお祀りする神社であり、原則として各都道府県に1社建立されたが、ここ北海道だけはさすがに広大であったためであろう。

札幌護国神社、函館護国神社と併せ3社建立されているが、それでも北海道の名を冠する護国神社はここ、旭川の地に鎮座しており、北海道出身者の英霊をお祀りし、今も多くの人々の尊崇の念を集める。

旭川地方協力本部も大変である。

毎朝必ずお社を見ながら登庁し、仕事に行く際にはお社を避けては通れない道路から出かけるのだから、仕事に対する緊張感もひとしおであろう。

その旭川。

2018年現在では第2師団司令部が駐屯するが、かつては日本陸軍の北の守りの要・陸軍第7師団が駐屯していたことで知られる。

日露戦争においては旅順攻略戦に参加しその陥落に大いに貢献し、また転じて奉天会戦でも活躍するなど、非常に誉れ高い郷土の部隊であった。

そんなこともあるのであろう、北方の軍事の要と言えば伝統的に旭川というイメージが強く、北海道護国神社がこの地に建立されたのも、そんな背景とは無縁ではあるまい。

そして旭川地方協力本部庁舎のすぐ横、旭川駐屯地には、当時を偲ぶ北鎮記念館が整備され、先人たちの活躍を偲ぶことができる。

早い話が、北海道に数ある地方協力本部の中でも、その立地や歴史と併せ、やはり旭川は特別な意味合いがある存在ということだ。

そのトップたる本部長職に任命されることも、非常な名誉であり、山﨑自身、気持ちを新たにこの重要な職務に邁進しているはずである。

では、そんな要職を任される山﨑とはどんな幹部であるのか。

次ページ以降で詳しく見ていきたい。

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