柴田昭市(しばた・しょういち)|第29期・陸上自衛隊

柴田昭市は昭和37年6月5日生まれ、富山県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第29期の卒業で幹候66期、出身職種は機甲科だ。

茶道とトレッキングを愛する、29期のエースである。

平成29年(2017年)3月 第37代第1師団長・陸将

前職は第14旅団長であった。

2018年5月現在、頭号師団の別名を持ち、首都を守護する名誉ある任務に就く柴田だ。

日本陸軍の時代より、ナンバリングの最初にあたる第1師団、第1連隊は首都防衛の任に当たることとされ、このポストを任されることは最高の栄誉の一つとされる。

そして敬意を込め、頭号師団、頭号連隊と呼ばれている。

その第1師団。

近畿2府4県を守る第3師団とともに政経中枢師団とよばれる編成を持ち、我が国の政治・経済の中枢に対し仕掛けられるであろう特殊攻撃にも対応した対処能力を持ち合わせるのが特徴だ。

例えば都市部の建物内部や路地における戦闘で、敵味方だけで無く一般人も瞬時に見分け、敵だけを制圧するためのCQB(Close Quarters Battle;近接戦闘)。

都市機能の麻痺と混乱を狙い、敵性勢力が毒ガスや細菌攻撃などを仕掛けてくる可能性を想定したNBC(核・生物・化学兵器)。

さらには、政治中枢への攻撃や要人拉致などを企図した敵性勢力に対し、その企図を直ちに阻止するための高い機動力などが、その装備や陣容の特徴となる。

ではなぜ、そのように重要なポストを柴田が任されることになったのか。

それは、そのキャリアを見れば明らかだ。

柴田が陸上自衛隊に入隊後、最初に任されたのは、我が国の機甲科における最精鋭の一つである第72戦車連隊小隊長(北恵庭)。

機甲師団である第7師団の主力であり、自衛官としての原点を、この極めて厳しい北の部隊で学ぶ。

さらに中隊長経験は、対ソ連(ロシア)戦闘の切り札とされた、今はなき第1戦車群の中隊長。

北方における危機に際し、あらゆる局面に高い機動力で投入されることを予定されていた戦車部隊の精鋭だ。

そして連隊長経験は、一転して大阪の信太山駐屯地における第37普通科連隊長だ。

37普連は第1師団と同じ政経中枢師団である第3師団の隷下にあり、大阪を中心とした政経中枢部への攻撃に迅速な対応を求められる精鋭部隊である。

つまり、高い機動力と大火力を活かし敵を叩く機甲科、迅速な展開能力で政経中枢部への攻撃を阻止する普通科、その両方で要職を歴任してきたことになる。

このキャリアの延長に第1師団長のポストがあったのは、ある意味で必然であっただろう。

そして自衛隊内外の大きな期待に応えるかのように、第1師団長としても数々の成果を上げ続けている。

さて次に、その柴田と柴田の同期である29期組の、人事の動向について見てみたい。

柴田が陸上自衛隊に入隊したのは昭和60年3月。

1等陸佐に昇ったのが平成16年1月、陸将補に昇ったのが22年7月であり、共に29期組1選抜(1番乗り)のスピード出世だ。

陸将への昇任では、同期1選抜にわずかに8ヶ月遅れ、29年3月。

陸上自衛隊では、1選抜で将補に昇ったものはそのまま1選抜で陸将にも昇る可能性が高いのだが、やや遅れた理由については後述する。

そしてその29期組で陸将にあるものは以下の幹部たちだ。

いずれ劣らぬ最高幹部たちばかりであり、我が国の平和と安全のためにもっとも重い責任を遂行する。

本松敬史(第29期)・統合幕僚副長(2016年7月)

上尾秀樹(第29期)・防衛大学校幹事(2016年7月)

高田克樹(第29期)・陸上幕僚副長(2016年7月)

納富 中(第29期)・第9師団長(2016年7月)

柴田昭市(第29期)・第1師団長(2017年3月)

山内大輔(第29期)・陸上自衛隊関東補給処長(2017年3月)

清田安志(第29期)・第6師団長(2017年8月)

※肩書はいずれも2018年5月現在。( )は陸将昇任時期。

上記のような状況になっており、29期組の出世レースは本松、上尾、高田の3名に絞り込まれたように思われる。

そして陸将1選抜4名のうちの1名であった納富は、師団長職の後職で陸幕長に続くポストに転じるところで、遅れを取った形になっている。

また柴田についてだ。

柴田は陸将補1選抜4名(本松、上尾、高田、柴田)のうちの1名であったにも関わらず、陸将1選抜とならなかったのは、納富に抜かれたから、というわけではない。

じつは納富は1選抜陸将補よりも2年も早い平成20年6月に陸将補に昇っている。

外務省に出向し、米国駐在の防衛駐在官として赴任するためだ。

そのため、29期組本来の1選抜の時期に納富は自衛隊に籍がなく、陸将補の定員の外であったので、納富を除く上記4名が1選抜で陸将補に昇任。

その後納富が自衛隊に籍を戻したので、この5名の中から1選抜の陸将4名が選ばれることになった、というのがこの間の経緯だ。

そして、師団長の後職として3名が一つ上のポストに昇ったのが、2018年5月の状況になっている。

では29期組は、本当にこの3名が最終的な陸幕長候補なのかというと、実はまだ、もう一波乱ありそうだ。

波乱要因になり得るのが、2018年5月にも予想される統幕長人事で河野克俊(第21期)が退役になった場合である。

このタイミングであれば後任は、第36代で現在の陸上幕僚長である山崎幸二(第27期)である可能性が高い。

そうなれば、後任の陸幕長は若返り過ぎの観点からも連続期である28期から選ばれることになるだろう。

おそらく東部方面総監の住田和明(第28期)が選ばれることになると思うが、話が拡散するのでそれは別にする。

そしてこの結果、27期の陸将である以下の幹部たちが一斉に退役することになる。

小林茂(第27期)・陸上総隊司令官

山之上哲郎(第27期)・東北方面総監

金丸章彦(第27期)・補給統制本部長

德田秀久(第27期)・富士学校長

手塚信一(第27期)・防衛装備庁長官官房装備官(陸上担当)

さすがにこれだけの幹部が一斉に退役になると、人事の調整が大変だ。

そのため、もしかしたら陸自側の都合で、今回の統幕長人事は海自の村川豊(第25期)に譲るのではないかと思えるほどに、人のやりくりが大変になる。

その場合、海自から連続2名という異例の統幕長人事になるが、それほどに陸自の現役陸将がまだ多すぎるために、その可能性を疑わざるを得ないほどだ。

とはいえ、順当に考えれば陸幕長の山崎であろうと思われ、その際にはこれだけのポストがゴソっと空く。

その後任には28期組だけではもちろん不足するので、29期組からも方面総監が誕生することになるだろう。

28期組が抜けた玉突きで、29期組の着任が予想されるのは方面総監、教育訓練本部長となるが、この機に28期組からも退役者が出るようであれば、29期組の幹部人事は一気に横並びになる可能性が残っている。

その際には、本松、上尾、高田の3名に加え、柴田と納富もまた、「敗者復活」となるかも知れない。

いずれにせよ、その帰趨は2018年5月の、統幕長である河野が退役するのか再々延期になるのか。

その結果次第ということになりそうだ。

波乱の5月になる可能性が十分であり、まずは統幕長人事に注目したい。

本記事は当初2017年6月18日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年5月4日に整理し、改めて公開した。

◆柴田昭市(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
60年3月 陸上自衛隊入隊(第29期)
60年9月 第72戦車連隊小隊長(北恵庭)

平成
8年1月 3等陸佐
8年3月 第1戦車群中隊長(北恵庭)
11年1月 2等陸佐
11年8月 第10戦車大隊長(今津)
16年1月 幹部学校付 1等陸佐
16年7月 統合幕僚学校教官
17年8月 陸上自衛隊幹部学校教官
17年12月 陸上幕僚監部人事部人事課企画班長
19年12月 第37普通科連隊長(信太山)
21年3月 陸上幕僚監部教育訓練部教育訓練計画課長
22年7月 陸将補
22年12月 東北方面総監部幕僚副長(仙台)
24年1月 防衛監察本部監察官
25年8月 開発実験団長(富士)
26年8月 陸上幕僚監部開発官
27年8月 第14旅団長(善通寺)
29年3月 第1師団師団長 陸将

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 1師団公式Webサイト(演習写真及び記念行事写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/1d/activity/sonota.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/1d/activity/kyouiku.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/1d/special/kouhousi/en/en45.pdf

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