菅野隆(教育訓練研究本部・1等陸佐)|第33期・陸上自衛隊

菅野隆(かんの・りゅう)は昭和40年生まれ、愛媛県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第33期の卒業で幹候70期、職種は普通科だ。

平成30年3月(2018年3月) 陸上自衛隊教育訓練研究本部研究員・1等陸佐

前職は部隊訓練評価隊長であった。


(画像提供:内閣府PKO事務局公式Webサイト

2018年10月現在、陸上自衛隊教育訓練研究本部で研究員を務める菅野だ。

教育訓練研究本部は、2018年3月の陸自大改革で陸上自衛隊研究本部の機能を増強・発展させる形で新設された組織であり、陸自の教育と訓練の中枢とも言える重要な役割を果たす。

その組織で研究員として務める菅野だが、その経歴は非常に充実しており、また我が国と世界の平和のために尽力をし続けてきた、非常に印象深い自衛官だ。

その活躍は、どれもが非常に印象的な補職ばかりだが、中でも一つ挙げるとすれば、平成23年4月から務めた第35普通科連隊長のポストだろうか。

それまで、陸上幕僚幹部防衛部情報通信・研究課の総括班長の要職にあった菅野だが、東日本大震災発生の直後となる23年4月に、守山の第35普連長に着任。

震災当日から、非常に被害の大きかった宮城県名取市に入り、活動を続けていた同部隊を引き継ぎ、直ちに現地入りするとこの過酷な現場の最前線で指揮にあたった。

この際の、自衛隊の人命救助や復興支援に関する献身的な活躍は、もはや多くの言葉は必要ないだろう。

菅野が率いた部隊でも、多くの隊員がほとんど休憩もせず、十分な食事も摂らないままで活動を続ける。

さらにそれだけではなく、隊員からの寄付を募り、名古屋名物のういろうやきしめんを4000食分も、被災地に送ったそうだ。

また菅野も、被災地に立ち続けている間の毎朝、活動を開始する前にお線香を上げ、犠牲者のご冥福をお祈りしていたという。

これほどまでに、心身・物心全てで国民のために力を尽くしてくれる組織が、他にあるだろうか。

その活躍は多くの国民の心を打ち、私たちに、必ず震災から復興できるという大きな自信を与えてくれたが、菅野もまた、その厳しい現場で力を尽くした指揮官の一人であった。

日本に自衛隊がいてくれて、本当に良かった。

どれほど理不尽な扱いをされても、心無い誹謗中傷に晒されても心折れず、強靭な心身で有事に備えていた自衛隊がいてくれたからこそ、日本はこれほどの震災からもまた立ち上がれる。

私たち国民も改めて、国防というものを真剣に考え、国民の一人ひとりがそれぞれの立場で、国のために貢献できることは何なのか。

強い自衛隊に甘えるばかりでなく、しっかりと考えなくてはならない。

では、そんな過酷な任務に赴き、献身的な活躍を見せた菅野とは、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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