沖津正俊(第2施設大隊長・2等陸佐)|第40期相当・陸上自衛隊

沖津正俊(おきつ・まさとし)は昭和43年1月15日生まれ、山形県寒河江市出身の陸上自衛官。

平成8年に、部内幹部として幹部に昇任にしているので、防衛大学校第40期相当の幹部ということになる。

職種は施設科だ。

平成29年12月(2017年12月) 第2施設大隊長兼第2師団司令部施設課長・2等陸佐

前職は東北方面総監部装備部施設科建設班長であった。

なお、第2施設大隊長としての指導方針は以下の通り。

【大隊長統率方針】

任務の完遂

【大隊長要望事項】

誇りの堅持

執念の保持


(画像提供:第2施設大隊公式Webサイト


(画像提供:第2施設大隊公式Webサイト

2018年10月現在、北部方面隊の第2師団隷下、第2施設大隊長を務める沖津だ。

なお突然だが、沖津は2012年1月の陸自施設学校時代に自動車にひかれ重傷を負っていることを、産経新聞のバックナンバーが伝えている。

しかしその後も、補職を見る限りでは第一線に復帰ができているようで、さすがに曹(士?)から上がった部内幹部の頑丈さと言うべきだろうか。

北部方面隊の精鋭・第2施設大隊を任される程に心身ともに強靭な状況を回復していることを、嬉しく思う。

さて、その第2施設大隊。

北部方面隊の精鋭・第2師団の大規模な部隊を支える施設部隊だけあって、大隊編成だがその隊員数は500名を数える。

普通科連隊でも、軽編成の部隊であれば650名規模であることを考えれば、2等陸佐が率いる大隊としては大所帯だ。

それもそのはずであり、やはり陸自の北部方面隊は、機甲科だけでなく普通科連隊も、そも隊員数、装備、火力は他の方面隊と桁違いとなる。

特に火力については、十分な演習場の確保という地理的な要因や、仮想敵がロシアということもあって、今となっては北方にしか配備がない装備も多い。

そしてそのような部隊の機動力を支え、演習場を整備し、また破壊工作に速やかに対応するためには、正直これでもまだ、十分な規模とは言えないだろう。

そのため北方では、2008年に廃止をされた第3施設団が2017年に復活・再編されるなど、厳しい予算削減が続く陸上自衛隊の中でも、その予算や規模が維持される傾向にある。

沖津が任されている第2施設大隊とはそのような、我が国の最精鋭部隊の活動を支える、極めて重要な任務を帯びる部隊である。

では、そのような精鋭部隊を任されている沖津とはこれまで、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする