三輪幸治(第9施設大隊長・2等陸佐)|第45期相当・陸上自衛隊

三輪幸治(みわ・こうじ)は福島県生まれ、千葉県佐倉市出身の陸上自衛官。

日本大学理工学部建築学科を卒業し、平成13年3月に陸上自衛隊に入隊しているので、防衛大学校第45期相当の幹部ということになる。

幹候は82期で職種は施設科だ。

平成30年3月(2018年3月) 第9施設大隊長・2等陸佐

前職は陸上幕僚監部防衛部防衛課であった。

なお、第9施設大隊長としての指導方針は以下の通り。

【大隊長統率方針】
信頼の獲得

【大隊長要望事項】
最新情報を把握せよ
本気の汗をかき任務完遂せよ


(画像提供:陸上自衛隊第9施設大隊公式Webサイト


(画像提供:陸上自衛隊東北方面隊公式Webサイト

2018年10月現在、第9師団隷下、青森県八戸市に所在する第9施設大隊長を務める三輪だ。

師団唯一の施設科部隊であり、北東北における第9師団の活躍を工兵として下支えする、極めて重要な任務を担う。

言うまでもなく、その任務は築城、修復、進路啓開、演習場整備のみならず、必要に応じて破壊工作も担うなど、戦闘の帰趨を直接左右する部隊だ。

また施設科の任務の特性として、海外におけるPKOを始めとした平和維持活動や災害派遣活動でもその主力となり、我が国の国益に大きく貢献してきた。

近年ではアフリカの東、南スーダンにおける第3次南スーダン派遣施設隊として第9施設大隊が派遣され、平成28年11月から29年5月にかけて活動を行い、多くのインフラ整備に貢献。

その存在感を示すなど、非常に頼もしい仕事で知られる精鋭部隊である。


(画像提供:陸上自衛隊第9施設大隊公式Webサイト

なお、青森県八戸市という地域柄もあるのであろうか。

かつてこの第9施設大隊は、築城訓練を兼ねて地域の大規模インフラ整備に大きく貢献したことでも知られる。

近年こそ、「民業圧迫」という批判もあり国内でのインフラ整備に自衛隊が出動することは無くなったが、予算を捻出できない、あるいは民間企業のノウハウでは困難な地方のインフラ整備には、かつて自衛隊の施設部隊は欠かせない存在であった。

その中でも、第9施設大隊が手掛けた特に印象深いものは、津軽半島を1周する国道339号線の工事であろうか。

この工事は非常な難工事として知られ、自衛隊の施設部隊をもってしても1日に10mを進むのがやっとの、急峻な山肌を進むものであった。

そして着工から11年以上が経過した昭和59年、一般車両の通行も可能な地域の重要インフラとして開通し、もちろん今も、地域経済や観光に大いに貢献し続け、現在に至る。

なお上記3枚の写真は、この工事の際に実際に造られたインフラの一部であり、橋と高台の施設だ。

上2つの写真はそれぞれ、「長浜橋」と「佐藤橋」であり、作業担当の隊長名が。

そして下の画像が、この難工事を引き受けた際の坂本力・第9師団長の名前から取った「坂本台」である。

地域の地名に、功績著しい「軍関係者」の名前がつくというのは戦前の話のようではあるが、ここ青森では、戦後も普通の出来事として、自衛隊が地域社会に貢献し続けてきた。

おそらくそれは、三輪の大先輩である第9施設大隊の精鋭たちが、そして第9師団が地域住民とそれだけ良い関係を築き、信頼を獲得し続けてきたからであろう。

さすがに、国道339号線も開通から30年以上が経過し、施設の老朽化が目立ち一部には痛みも見られる。

しかしながら、この施設が象徴する地域社会と自衛隊の絆については、いささかも色褪せることはない。

私たちが知らないこんなところでも、自衛隊は私たちの生活に力を尽くしてきた歴史がある。

では、そんな歴史ある第9施設大隊の精鋭を任された三輪とは、一体どのような大隊長なのだろうか。

少し詳細に、そのキャリアを見ていきたい。

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