大森丈義(北海道補給処長・陸将補)|第28期・陸上自衛隊

大森丈義(おおもり・たけよし)は昭和37年3月生まれ、静岡県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第28期の卒業で幹候65期、出身職種は輸送であり、後方支援系のスペシャリストだ。

平成29年3月(2017年3月) 北海道補給処長兼ねて島松駐屯地司令・陸将補

前職は輸送学校長であった。

なお、北海道補給処長としての指導方針は以下の通り。

【統率方針】

任務の達成

【要望事項】

備えを持て

【島松駐屯地司令要望事項】

伝統の継承

地域とともに


(画像提供:陸上自衛隊島松駐屯地公式Webサイト

2018年11月現在、北海道補給処長兼ねて島松駐屯地司令を務める大森だ。

後方支援のスペシャリストであり、輸送科出身の最高幹部として、我が国の兵站実務を担い続けてきた

2018年3月に実施された陸自大改革は、誤解を恐れずに言うと陸上自衛隊の火力を大幅に削減するドクトリンに本格的に舵を切った、歴史的な出来事になった。

しかしその要諦とするところは、陸上自衛隊の重要性を否定するものではもちろん無い。

むしろその逆で、陸海空の役割分担をより明確にすることで、陸自の存在感と役割をさらに重視する、非常に印象深い改革になったと言えるだろう。

そしてその大改革の結果、職種としての重要性が極めて大きくなっているのが、この大森が長年務めてきた輸送科であり後方支援系の職種と言ってよいが、それはなぜか。

そのお話は後述するとして、まずは大森の話を進めていきたい。

後方支援系の職種で、行き着くところまで行った大出世と言えば、一つには職種学校長であり、さらにもう一つは補給処長のポストだ。

大森は、前職で輸送学校長を務め、その後職として我が国最大の方面隊である北部方面隊を兵站から支える、北海道補給処長を務めている。

もはや、職種部隊の指揮官としてはこれ以上のポストはないと言っても良い最高幹部であり、後は師団長クラス以上の補職があるのみだ。

そんなトップエリートの大森のことなので、数多くの印象深いポストを経験しているが、ここでは敢えて、少し変わり種のポストを経験した際の大森のことを、ご紹介したい。

実は大森は、平成16年から2年間、総務庁消防庁に出向し、国民保護運用室長のポストを務めている。

最高幹部に昇るコースに乗っていた自衛官として、消防庁の要職に、いわばレンタルされた形だ。


(画像提供:防衛省防衛白書2005公式Webサイト

この画像は、消防官の制服を着用し任務に励んでいた日々の大森を撮影した、貴重な一枚である。

平成16年当時なので、まだ40代前半のナイスガイだ。

この時、大森の担当した仕事は、平成15年に成立した「国民保護法」の骨格を作るため、防衛省と消防庁が一体となり具体的な組織と運用づくりにあたる、その実務責任者としてのものであった。

国民保護法は、有事の際の住民避難や安否確認などを行い、また武力攻撃や大規模災害が発生した場合、どのようにして防衛省や消防庁、警察機関などが一体となって国と国民を守るかを定めたものだ。

大森はこの職務にあった時をして、

「これまで絵空ごとの世界で論じられていた国民保護が、共通にイメージできる世界となった」

と、後日その成果を振り返っているが、このような国家的有事や大規模災害を想定した法律や仕組みがそれまで無かったという方が、ある意味で異常な状況であったと言ってよいだろう。

そして大森が尽力し、この国家的大事業を形にしてから僅か5年後、あの東日本大震災が発生した。

もし国民保護法が施行されておらず、あるいは大森以下、関係者の組織や運用づくりにかけた尽力が無ければ、あの震災ではさらに混乱が広がり、そして多くの生命が失われていたはずだ。

そう言った意味で、大森がこの消防庁出向時代にやり遂げた仕事は、我が国の歴史に残る非常に大きな仕事であったと言ってよいだろう。

ぜひ、大森の活躍をご紹介するにあたり、まず記しておきたかったエピソードだ。

では、そんな大仕事をやり遂げ、また現在も取り組んでいる大森とは、どんなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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