西田健(にしだ・たける)|第38期・陸上自衛隊

西田健は昭和45年8月28日生まれ、北海道出身の陸上自衛官。

防衛大学校第38期の卒業(通信工学)で幹候75期、職種は普通科だ。

平成28年8月(2016年8月)  第26普通科連隊長兼留萌駐屯地司令・1等陸佐

前職は第15旅団第3部長であった。

2017年12月現在、第26普通科連隊長兼留萌駐屯地司令を務める西田だ。

留萌駐屯地は、北海道西端の日本海に面した港町である留萌市に所在し、対岸はロシアである。

否応でも、ウラジオストク港の存在すら感じる場所に位置している。

それ故に留萌は、冷戦時代から常に陸自の最前線部隊と位置づけられ、同じ第2師団隷下にある第3普通科連隊とともに、我が国の北の防人を自認してきた部隊である。

ロシア目線で北海道を見た際、もし日本に侵攻するプランを立てるとすれば、それは北海道が最適地だ。

都市部と異なり広大な森林や土地が広がり、少数部隊で潜伏するにも、大規模部隊を一気に侵攻させる上でも、作戦が立てやすい。

冷戦時代の発想で正面戦闘を考えるなら、必ず稚内周辺一帯の北端、もしくは留萌などの西側一帯、あるいは小樽や函館と言った南寄り都市部から上陸をするプランが立てられていただろう。

その際に、北海道の北を守るのが第3普通科連隊(名寄)であり、冷戦期から常に、エース級の幹部の下で極めて精強な曹士が配されてきた駐屯地で在り続けた。

そしてその第3普通科連隊から、当時の第3大隊が移駐する形で発足したのが第26普通科連隊であり、留萌駐屯地であった。

いわば第2師団隷下にある第3普通科連隊と第26普通科連隊の両部隊が、現実的なソ連からの脅威に対する抑止力として、我が国の平和と安全を守り続けてきた実効部隊であったと言って良いだろう。

時代が変わり、日露の緊張緩和が演出される時代となった。

そのことそのものは歓迎すべきことではあるが、ロシアとの友好関係を真に受けるほど、我が国と自衛隊はこの国を信頼し友とすることはできない。

むしろ緊張緩和局面であるからこそ、西田以下第26普通科連隊の精鋭たちは気を引き締め、日々の厳しい任務と訓練にあたっているはずである。

我が国の平和の影には常に、このような精鋭部隊のたゆまぬ努力があったことを心に留めておきたい。

さて、上記画像はレンジャー帰還式の一コマであり、レンジャー過程を見事にやり遂げた隊員に、連隊長である西田が自らレンジャー徽章を授与する恒例の行事だ。

なお右後方に見える、どこにでもいそうなおっちゃんは第2師団長(当時)の高田克樹(第29期)である。

2017年12月現在で、陸上幕僚副長の超重要ポストに有る将来の陸上幕僚長候補だ。

日本陸軍戦車兵の魂を引き継ぐ機甲科の鬼だが、群衆に紛れると妙に埋没してしまっているのが微笑ましい。

また西田は防大38期の卒業だが、38期組は、2019年夏の将官人事で最初の陸将補が選抜される年次にあたる。

まさに今、1等陸佐として成果を競い合い、将来の陸上幕僚長候補に名乗りを上げるべく切磋琢磨している真っ最中だ。

西田については、1等陸佐への昇任こそ1選抜から半年遅れであったものの、CGS(指揮幕僚課程)、AGS(幹部高級過程)共に修了していることから、最高幹部候補の有資格者であることは言うまでもない。

普通科のど真ん中でキャリアを積み、北の精鋭をこの留萌の地で率いて、さらにその経験値を積み上げたことは間違いないだろう。

その活躍に期待し、今後の異動にも注意をして追記していきたい。

本記事は当初2017年7月28日に公開していたが、加筆修正が重なったので2017年12月20日に整理し、改めて公開した。

なお、ここから下の部分は2017年7月に公開した当時のものをそのまま残している。

その留萌駐屯地だが、災害派遣の歴史を見ると極めて興味深い。

通常でも自衛隊は、地域貢献の一環として広く災害派遣業務を行っているが、地域柄自衛隊以外に精強でまとまった人手を期待できなかったこともあるのだろう、留萌ならではの災派の歴史がある。

一例を挙げると、

天売・焼尻の毒蛾駆除のため33名災害派遣(昭和37年)
天売・焼尻の毒蛾駆除のため88名災害派遣(昭和38年)
天売島で海馬(とど)退治73名災害派遣(昭和40年)
天売島で海馬(とど)退治28名災害派遣(昭和41年)

などは本来、行政の仕事であり自衛隊の災派では取り扱わないのではないだろうか。

北海道らしい任務だ。

明元町倉庫火災244名災害派遣(昭和31年)
ホテル「千望閣」火災、第3科長 栗原3佐以下168名災害派遣(昭和57年)
羽幌町、老人行方不明により災害派遣(平成3年)

などといった災派も、本来であれば消防に属する仕事であり、なかなか地方自治体の長から自衛隊に災派要請が出る事案ではなさそうだ。

他にも北海道という地域柄、山や川で遭難し、あるいは行方不明になった人たちの捜索活動に頻繁に駆り出されており、いかにも北海道という地域柄を感じる、地元密着の駐屯地になっている。

なお、その留萌では2016年に留萌本線の留萌-増毛間のJR駅が廃線となり話題になったが、過疎が続き、ますます自衛隊という組織に対し生活支援などの広範な役割が求められているのであろう。

「国民の自衛官」として、西田以下留萌の精鋭たちに掛ける国民と地域住民の期待は大きい。

◆西田健(陸上自衛隊) 主要経歴

平成
6年3月 陸上自衛隊入隊(第38期)
7年3月 第21普通科連隊(秋田)
13年8月 幹部学校指揮幕僚課程学生(目黒)
15年8月 第1普通科連隊第1中隊長(練馬)
17年3月 陸上幕僚監部(防衛部)(市ケ谷)
18年3月 統合幕僚監部(運用部)(市ケ谷)
21年3月 陸上幕僚監部(防衛部)(市ケ谷)
24年3月 陸上幕僚監部(教育訓練部)(市ケ谷)
25年7月 1等陸佐
25年8月 幹部学校幹部高級課程(目黒)
26年3月 幹部学校統合高級課程(目黒)
26年8月 第15旅団第3部長(那覇)
28年8月 第26普通科連隊長兼留萌駐屯地司令(留萌)

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 留萌駐屯地公式Webサイト(プロフィール写真及び演習写真)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/unit/butai/rumoi/sirei/sirei.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/unit/butai/rumoi/katudou/29nendo/5gatu/gyouzi/enshuujyouseibi.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/unit/butai/rumoi/katudou/29nendo/7gatu/gyouzi.html

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