2017年度から2018年度は、陸上自衛隊の大改革の年だ。
おそらくこれほどの大改革は50年に一度であり、我が国が先の大戦で敗れた後に行われる自衛隊の改革としては、戦後もっとも大きな組織変革となるであろう。
その組織改編で最も大きなものは、2018年3月に発足することが予定されている陸上総隊の新設である事は間違いない。
陸上総隊は時に、「屋上屋を重ねる」という批判を受けながらも発足が決まった新組織だが、同様の組織が海上自衛隊には自衛艦隊として存在し、航空自衛隊には航空総隊として存在する以上、陸上自衛隊に存在してこなかったのは、逆に不思議なくらいだと言えるだろう。
そしてそれは、ひとえに政治事情によるものだ。
すなわち海上自衛隊や航空自衛隊と違い、国内最大の武力組織を編成し、他に対抗し得る組織を持ちようがない陸上総隊の新設は、その司令官のポストが文民統制にとって脅威になる。
長年に渡りそのように考えられ続けた結果、軍事合理性を無視した上で、設置が見送られ続けてきた組織であった。
長年に渡る自衛隊の不断の努力により、揺るぎようのない信頼を勝ち得た今日、はじめてその発足が国民に受け入れられたという意味では本当に喜ばしい組織の新編だが、その一方で、同じ2018年3月には同様に、極めて重要な組織の新編がある。
それが、陸上自衛隊教育訓練研究本部の発足だ。
この組織は、2017年10月現在で存在する陸上自衛隊研究本部が母体となる。
陸自研究本部は、新兵器や新技術、あるいは既存の兵器や既存の技術、戦い方などを研究し、また一方で、国連PKOなどで得た知見を研究対象として検証・蓄積した上で、現場にフィードバックする役割も担う。
しかしながら、この組織は2017年現在では、極めて不十分な体制で運用されているといえるだろう。
なぜなら研究本部は防衛大臣直轄の組織であり、そこで得た知見や蓄積された技術は、ダイレクトに現場にフィードバックされず、また新しいルーティンになるには組織の壁が大きすぎるためだ。
研究本部の研究成果が方面隊や師団に降りるには、物理的に大きな壁があり、必ずしも有効に機能してるとは言い難い現状があった。
このような事情を先取りして解決したのは航空自衛隊であっただろう。
空自はまず、航空自衛隊における教育を一元化し、幹部学校を除く全ての学校を統括する航空教育集団を発足させた。
この司令官ポストは空将が就くことになっており、航空自衛隊における現場教育はこの司令官が一元的に管轄することになっている。
また一方で、2013年には航空戦術教導団を発足させた。
これは飛行教導群、高射教導群、電子作戦群、基地警備教導隊、航空支援隊を隷下に治める組織だ。
この組織が発足する以前の話だが、これまでは飛行教導群や高射教導群など、それぞれの責任者がそれぞれの想定のもとで、最適と思われる危機対処方針を策定し、その想定に基づいた訓練や教育を行ってきた経緯がある。
しかしそれは、いうまでもなく実戦的ではない。
実戦では、航空自衛隊だけでも上記の兵科がそれぞれの段階でそれぞれの役割を担いながら協働して危機に対処する事が想定されているのであって、それぞれの兵科がベストを尽くせば良いというものではないからだ。
そのような考え方から生まれたのが航空戦術教導団であり、兵科の垣根を超えて最適な危機対処を検証し、研究と訓練を行おうという組織である。
そして2018年3月に発足する陸上自衛隊教育訓練研究本部は、この航空自衛隊の在り方をある意味で後追いし、さらに教育と研究を一元化して、研究成果がダイレクトに各種学校の教育に降りていくことを企図した組織だ。
これは相当大きな役割を持つことが確実な組織であり、ある意味で、陸上総隊の新設と同等にインパクトがある組織の新設といえるだろう。
それはなぜか。
ところでいきなり話は変わるが、上記の写真、或いはページ冒頭の写真は、見て頂いた通りに秋山好古・陸軍大将のお墓である。
今からどれくらい前だろうか。
恐らく2007年前後になると思うが、四国は愛媛の道後温泉に出かける用事があり、この機会に秋山大将のお墓にお参りしたいと考え、墓参した時の写真だ。
昭和5年(1930年)に亡くなってからすでに90年近くが経とうとしているにも関わらず、きれいな御影石が手入れされ、雑草一つ無い墓石が印象的であった。
秋山好古・陸軍大将は司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」で有名になった秋山兄弟の兄であり、連合艦隊参謀の秋山真之・中将の実兄であって、日露戦争で我が国の騎兵を率いて戦った剛勇の将だ。
そしてその秋山大将が軍役で最後に昇ったポストが陸軍教育総監であったが、このポストは当時、陸軍3長官と呼ばれた要職であり、陸軍大臣、参謀総長と並ぶ陸軍の最重要ポストであった。
教育総監は、まさに今で言う教育訓練研究開発本部長のポストであり、陸軍の教育と研究を司る組織であったわけだが、その組織が戦後70年以上を経て、漸く陸上自衛隊に復活することになったと言えるだろう。
むしろこれまで、なぜ陸上自衛隊にこのような組織が無かったのか。
教育と研究、現場の知見を蓄積した組織のフィードバックは軍事組織には必須であるにも関わらず、これまでの自衛隊は、訓練だけをしていればよいという仕組みを強いられ、知見の蓄積を阻害する組織体制が意図して作られてきた嫌いがある。
重ねていうが、それは政治の怠慢であり、なおかつ政治が極度に自衛隊を恐れ、使いこなせていなかった結果であろう。
当たり前だ。
今の政治家に、気合の入った自衛官を使いこなすことが本当に出来るのか。
仮に政治家が頼りなくても、ヒールのある靴で潜水艦の視察に現れても、それでも自衛官は、絶対に文民統制に服するだろう。
戦後の教育を受けて育った自衛官は、政治家の指示に従い、どのような状況であっても本分を尽くそうとする事は疑いようがない。
しかし大事なことは、仕組みで自衛隊を押さえ込むことではなく、国を守るという志の高さで、文民が自衛隊の上を行くほどの品格を磨き、知性を蓄え、その高い人格で国を統治することであるはずだ。
情けない体たらくで政治ごっこをしているにも関わらず、文民統制だから政治家がアホでもバカでも言うことを聞け、などという仕組みに甘んじていれば、それこそ国民はいつしか、政治家を見限る時代が来るかもしれない。
話を元に戻す。
日本陸軍以来、70年以上の時を経て再興したとも言える教育総監に相当するポストが、あるいは陸上自衛隊教育訓練研究本部といえるだろう。
そしてこの組織は、おそらくこれまで陸上自衛隊で続いてきた人事の慣例を壊す可能性がある。
すなわちこれまでは、陸上幕僚長といえば、我が国に5つ存在する陸上自衛隊の方面総監から選ばれるのが常であった。
しかし2018年以降、おそらくこの人事の慣例は一新され、陸上総隊司令官か、あるいは陸上自衛隊教育訓練研究本部長から選ばれる時代になるだろう。
2018年の段階では、この2つの組織に匹敵する重要な組織は、今のところ改編の予定がない。
そのため、海上自衛隊や航空自衛隊のように、あるいは幕僚副長ポストの扱いが変わる可能性があり、これら3つのポストが幕僚長就任前の最後の通過点になる可能性があるが、今のところまだ状況は見通せない。
一つはっきり言えることは、陸上自衛隊教育訓練研究本部の新設が陸上自衛隊に与える影響は極めて大きく、陸上総隊と同等か、それ以上に重要な組織になるであろうことは疑いの余地が無いということだ。
教育や訓練を重要視し、さらに研究部門も隷下に治める新組織の発足ということになる。
とても楽しみな陸自の大改革であり、その初代本部長に就くことが恐らく確実であろう岩谷要(第28期)には、次期陸上幕僚長候補としても、大いに期待したいところである。
初代陸上総隊司令官の人事と併せて、とても楽しみな2018年の春になりそうだ。
(了)
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