福田隆宏(第5航空団司令・空将補)|第35期・航空自衛隊

福田隆宏(ふくだ・たかひろ)は東京都出身の航空自衛官。

防衛大学校第35期の卒業で幹候81期、出身職種を説明する資料はないが、公式プロフィールの左胸にウイングマークが見えるため操縦であると思われる。

同様に生年月日は判明しないが、第35期は、ストレートの場合で昭和43年度の生まれにあたる。

平成30年8月(2018年8月) 第5航空団司令兼ねて新田原基地司令・空将補

前職は航空幕僚監部人事教育部補任課長であった。


(画像提供:航空自衛隊新田原基地公式Webサイト


(画像提供:航空自衛隊航空救難団公式Webサイト

2018年8月現在、宮崎県に所在する新田原基地で、第5航空団司令兼ねて新田原基地司令を務める福田だ。

第5航空団司は第305飛行隊擁するF-15戦闘機を運用し、主に九州の南部を警戒監視空域として受け持ち、我が国の国防の最前線で任務に励む。

福田は今回、2018年8月の将官人事で空将補に昇任し、最初のポストとして第5航空団司令に着任した。

そしていつもどおり、特筆するべき経歴について触れていきたいところだが、福田の場合見事に、これまでの自衛官生活の多くが、航空救難団一色のキャリアとなっている。

ウイングマークを着用しているので自身もパイロットであると思われるが、航空救難団の現場でパイロットを務めていたとなると、相当タフな経験を積んできているはずだ。

そのようなこともあり、まずは簡単に航空救難団の任務を先にご紹介しておきたい。

航空救難団は通常、自衛隊機に異常が発生した場合などに、そのパイロットや乗務員を救難救出することを主任務とする。

その他にも、主に離発着場のない地方のレーダーサイトなどに物資人員を輸送するなど、一筋縄ではいかない任務を請け負うが、そのような技術を民生にも用いて、救難救出活動や災害派遣にも赴く。

しかし前提として、そもそも自衛隊機が救難・救出を要する局面が任務の想定だ。

必然的にそれは、荒れた山、大しけの海であり、極めて練度の高い搭乗員が遭難するような気象環境の中に自ら飛び込もうというのだから、命知らずも良いところである。

そしてそのような中で機体を安定させ、救出活動の指揮を執るのが福田のような指揮官ということだ。

おそらくこれまでに、相当多くの修羅場をくぐってきたことは想像に難くない。

なお付け加えて、上記写真の2枚めを見て欲しい。

荒れた海で機体を安定させホバリングするヘリから、よく見ると救難員がロープで船に降下しているのがおわかりだろうか。

この救難員こそメディックと呼ばれる、自衛隊内外から多くの尊敬を集める凄腕の救難員だ。


(画像提供:航空自衛隊芦屋救難隊公式Webサイト

良い機会なので、そのメディックについてもご紹介をさせて頂くと、上記の画像はその航空救難団芦屋救難隊に所属する、2等空曹の大西啓生。

生きる道を啓(ひら)くとは、まさにメディックにふさわしい名前の凄腕の男だが、准看護師と救命救急士の資格も持つ、国民の命を最前線で守る男だ。

上記の画像のような大荒れの海や、吹雪で視界が開けないような山にもロープ1本で降下する、本物の命知らずの男である。

顔に刻まれたしわの深さこそ、大西が積み上げてきた任務の誇りであり、その歴史を物語るようだ。

そしてその笑顔は、厳しい任務と裏腹にとても優しい。

福田は、このような誇り高く厳しい任務に従事する自衛官たちを現場で束ね、指揮してきた幹部である。

誇り高い自衛官たちを束ねられるのもまた、誇りある自衛官にしかできない仕事だ。

きっと福田も、パイロットとして、あるいは指揮官として、そのような自衛官人生を歩んできたのだろう。

では、そんなタフな現場で指揮を取り続けてきた福田とはこれまで、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのか。

その同期の動向とも併せて、少し詳細に見ていきたい。

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