岡田俊和(おかだ・としかず)|第32期・北海道補給処長

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岡田俊和(おかだ・としかず)は昭和39年4月生まれ、三重県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第32期の卒業で幹候69期、出身職種は輸送科だ。

 

平成31年4月(2019年4月) 陸上自衛隊北海道補給処長兼ねて島松駐屯地司令・陸将補

前職は中央輸送隊長兼ねて横浜駐屯地司令であった。

陸自大改革の一環で組織再編となった、初代となる中央輸送隊長である。

(画像提供:陸上自衛隊横浜駐屯地公式Webサイト

(画像提供:陸上自衛隊公式Webサイト

2019年6月現在、陸上自衛隊北海道補給処長兼ねて島松駐屯地司令を務める岡田だ。

2018年3月から始まった陸自大改革を支える、輸送科出身の最高幹部である。

 

陸自大改革では、次の時代の陸自の在り方が明確に示された。

すなわち、戦力の集中と機動力の向上であり、全国のあらゆる場所に、必要な戦力が必要な時に駆けつけられる体制の構築にある。

しかしそのような戦術ドクトリンは、言うまでもなく輸送科がその本領を発揮し、あらゆる物資や戦力を、予定通りに輸送できることが前提となる。

どれほど第1空挺団が精強でも、作戦予定地への足がなければ戦うことはできない。

即応機動連隊がどれだけ訓練を積み上げても、弾薬や糧食の輸送が滞れば防衛戦を戦うことはできない。

言い換えれば、戦力の集中と機動力の向上というドクトリンは、輸送科で指揮を執るものが極めて優れた指揮官であり、なおかつその幹部曹士が非常に優秀であって初めて成り立つ戦術と言えるだろう。

先の大戦の例を出すまでもなく、今ほど輸送科の役割が高まり、注目されていることはないと言っても良いかもしれない。

 

では、その輸送科にあって将官にまで昇った岡田はどうなのか。

月並みな表現で恐縮だが、岡田は本当に凄い。

その経歴から読み取れる岡田の知見は群を抜いており、将官に昇るというのはこういうことなのかと、本当に驚く思いだ。

特筆するべきは、その海外派遣の多さであろうか。

岡田は平成4年11月、第1次カンボディア派遣施設大隊の一員として現地に渡っているが、この派遣は陸上自衛隊として初となる海外派遣であった。

陸自として初となる海外派遣で、なおかつその第一陣に選ばれることがすでに、入隊4年目にして非常に大きな期待を担っていた隊員であることを物語っている。

なおかつこの時の任務は、カンボジアの停戦監視と選挙のサポート、そして道路や橋の補修、さらにUNTAC(国際連合カンボジア暫定統治機構)が必要とする物資の輸送といったものであった。

言い換えれば、内戦の傷跡が未だに残る、極めて危険な場所での任務であったということだ。

実際にこの任務では、文民警察官として派遣されていた高田晴行警視が現地のゲリラに襲撃され命を落とすという重大な事件があったことを、記憶している人も多いのではないだろうか。

そのような危険な任地で、UNTACの後方支援を行うために現地に渡り、若手幹部として輸送の指揮を執り、任務を完遂し部下とともに無事帰国を果たした。

我が国の外交史上に特筆すべき、大きな任務を成し遂げた指揮官の一人であると言って良いだろう。

 

その後も岡田は、呆れるほどに活躍を積み上げる。

平成11年5月には、イスラエルとシリアの停戦を監視するUNDOF(国際連合兵力引き離し監視軍)の要員として、ゴラン高原に赴任。

この活動でも、UNDOF司令部が必要とする物資の輸送を指揮し、道なき道を整備し、また雪が残る高山地帯を切り拓いて、必要な物資を司令部や作戦部隊に届け続けた。

さらに11年12月には、東チモール避難民救援国際平和協力隊の一員として、12年3月には、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ国際平和協力隊の一員として、それぞれ現地に赴任。

16年6月には、イラク復興支援業務隊の一員として戦後間もないイラクに渡るなど、命の危険が伴う現場で次々に任務をこなし、我が国の国益と世界平和のために貢献し続けた。

そして、準戦闘地域もしくは戦闘地域と言ってもよい極めて過酷な現場にあって、輸送を始めとした任務を完遂。

部下の命も守り帰国を果たすなど、その全てを「完全試合」でこなしてきた、類まれな指揮官である。

 

輸送科と言えば、どうしても縁の下の力持ちという印象で、派手な活躍はないかもしれない。

率直に言って、方面隊や師団などの記念行事でも、表に出てくることは稀で、ほぼ注目をされることはない。

やはり、わかりやすい普通科や機甲科、野戦特科に航空科といった兵科にばかり注目が集まるために、輸送科という職種が存在していることを知らないという自衛隊ファンもいるだろう。

しかし実際は、この岡田のように、我が国の国益と外交の大きな成果の陰には、いつも輸送科の活躍があった。

そしてその多くの現場に、岡田の姿があった。

ぜひ、この輸送科という素晴らしい職人たちの活躍を、一人でも多くの人に知って欲しいと願っている。

岡田という最高幹部の活躍を通して、ぜひ、この職種で汗を流す多くの幹部曹士たちの凄さを、国益に貢献し続けてきた全ての幹部曹士の活動に、思いを馳せて欲しいと願っている。

そんな想いで、この記事を書かせて頂いている。

 

では、そんな岡田とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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