【退役】加治屋裕一(東北補給処長・陸将補)|第29期・陸上自衛隊

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加治屋裕一(かじや・ゆういち)は昭和37年4月生まれ、鹿児島県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第29期の卒業で幹候66期、出身職種は輸送科だ。

 

平成31年4月1日(2019年4月1日) 東北補給処長・陸将補のポストを最後に退役をされた。

前職は北部方面後方支援隊長であった。


(画像提供:陸上自衛隊北部方面後方支援隊公式Webサイト

優しそうな人柄あふれる、魅力的な笑顔の将官がまた1人、陸上自衛隊を去った。

東北補給処長のポストを最後に退役をされた、加治屋裕一・陸将補だ。

後方支援のスペシャリストであり、2019年現在の我が国が最大の課題とする「輸送力の確保」に尽力をし続けた、非常に功績のある陸将補であった。

 

その最後の補職となった東北補給処長は、まさに2018年3月から始まった陸自大改革の中で、もっとも重要なポストの一つであったと言えるだろう。

ご存知のように、陸自大改革の主眼とするところは戦力の集中と機動力の向上であり、その戦略思想は輸送力の確保が大前提となる。

輸送力の伴わない戦力の集中はただの張子の虎であり、有事に際して全く役に立たないまま、我が国は敗れ去ることになるだろう。

特に、東北健児によって構成された諸部隊は、我が国の切り札とも言える精鋭であり日清・日露戦争時には「国宝師団」と讃えられたほどの強兵ばかりだ。

その東北の強兵をどのようにして、有事の際には南方に派遣し、あるいは被輸送力を高めるのか。

また、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北地方において再び大規模災害が発生した際に、自衛隊はどのように国民の生命と財産を守るべきであり、どう備えるのか。

そんな任務に責任を担ったのが、加治屋の最後の補職であった。

輸送科出身の最高幹部として、これ以上はない、退役の花道であったのではないだろうか。

 

ちなみに加治屋が将官に昇り、東北補給処長に着任したのは2018年3月のことであった。

つまり退役の1年前であり、なおかつ1年後の退役を見込んだ上での着任であったと言えるだろう。

いわば、最後の大仕事としてこの指揮官ポストを担うために将官に昇ったことになるわけだが、この辺りの人事にも、どれほど中央が加治屋を高く評価していたのか。

うかがい知ることができる人事であった。

 

そんな加治屋が、2019年4月1日に自衛隊を去った。

非常に寂しいことではあるが、自衛隊が精強な組織であるためには、世代交代は欠かせない制度だ。

今はただ、その長かった自衛官人生に心からの敬意と感謝を込めて、加治屋の背中をお見送りしたいと思う。

 

長い間、本当にお疲れ様でした。

ありがとうございました。

加治屋将補が退役をされても、その成し遂げられた数々の仕事の成果と薫陶を受けた多くの部下たちが、新たに日本の平和と安全を担っていくことになるでしょう。

そのご功績に、国民の1人として心から感謝を申し上げます。

急に任務が無くなった毎日は、どこか心もとないかも知れませんが、まずはご家族と共に、積年のお疲れをお癒やし下さい。

そして新たに始まる第二の人生も、自衛官人生と同等かそれ以上に充実したものとなりますことを、心からお祈り申し上げます。

 

重ねまして、本当にお疲れ様でした。

そして、ありがとうございました。

 

【最終更新】2019年4月8日

※以下は、2018年8月までに更新した過去記事

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2018年8月現在、東北補給処長を務める加治屋だ。

尚武の地・鹿児島出身らしいお名前であり、2018年3月に陸将補に昇任。

最初のポストとしてこの要職に着任した。

その東北補給処。

東北方面隊全ての物品の調達を担当し、主要装備や燃料・弾薬の整備保管などを主任務とする。後方支援職種にある幹部にとって、職種の最上位にあるポストの一つだ。

同じ仙台駐屯地には、同様に東北方面隊の後方支援業務を広く担当する東北方面後方支援隊も所在していることから、加治屋とともにこの方面隊の生命線を担っていると言ってよいだろう。

 

ではなぜ、そのような要職に加治屋が就くことになったのか。全てのポストで適材適所のローテーションを回し続ける陸上自衛隊の人事には必ず意味がある。

そして加治屋の経歴と現場経験、それに2018年という時代の要請を考えると、実は加治屋には、陸自大改革を形あるものにするための非常に大きな仕事が任されていることが、とても良く見えてくる。

それはなにか。

加治屋の出身職種は輸送科であり、兵力の集中と機動力の向上を目指し、全軍的な装備・組織の改編を行う陸上自衛隊にとって、もっとも大事な輸送という機能を知り尽くしているという事実だ。

2018年現在、陸上自衛隊は厳しい予算の削減方針を受け、機甲科や野戦特科を中心としてその装備・人員の大幅削減を余儀なくされている。

その方針は今後も暫く続く見込みだが、それでもなお陸自の幹部に求められているのは、戦力の低下を食い止めることではなく、さらに戦力を向上させよという無茶な命令である。

このような無茶振りをされたら、各地に所在する、小規模化する戦力を方面隊などの直轄部隊として戦力を集中させ、その上で作戦目的地に直ちに到達できる、迅速な機動力を獲得する以外に方法はない。

つまり、輸送科の活躍無くしては、2018年3月から実施されている陸自大改革は絵に描いた餅となり、一旦事が起これば陸上自衛隊は、為す術無く敗れ去る可能性すらあるということだ。

 

これほどまでに、輸送科という職種が我が国の命運を直接託されている時代は、かつて無かったと言ってよいだろう。

なおかつ加治屋が任されているのは、東北補給処長。

更に加治屋は、東北補給処長の前職では北部方面後方支援隊長を務めた。

2018年現在の我が国の安全保障環境を考えると、北部方面隊、東北方面隊からいかにして、西部方面隊に速やかに戦力を転じることができるかが最も大事な課題となる。

これら戦力の転地を速やかに為すこと。さらにそのために必要な後方支援・補給体制を間違いなく整備すること。

そのような大仕事を任せられるのは、まさに加治屋こそ最適任であったということなのだろう。

陸自大改革という節目の年に非常に大きな仕事を担った、絵に描いたようなえびす顔の加治屋だ。

 

ではそんな大仕事を任された加治屋とは、具体的にどんなキャリアを歩んできた幹部なのか。

少し詳細に見ていきたい。

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