西成人(教育航空集団司令官・海将)|第30期・海上自衛隊

西成人(にし・なると)は昭和39年1月生まれ、鹿児島県出身の海上自衛官。

防衛大学校第30期の卒業で幹候37期、出身職種については飛行で、公式情報では判明しないもののそのキャリアから、回転翼航空機の操縦士であろうと思われる。

平成30年3月(2018年3月) 教育航空集団司令官・海将

前職は横須賀地方総監部幕僚長であった。

なお、教育航空集団司令官としての指導方針は以下の通り。

精強な搭乗員の育成
・変化への対応
・基本の徹底

(画像提供:海上自衛隊教育航空集団司令部公式Webサイト

2019年3月現在、教育航空集団司令官を務める西だ。

教育航空集団は「海鷲」(海上自衛隊搭乗員)の教育に責任を担う組織であり、その隷下には下総航空基地、徳島航空基地、小月航空基地、鹿屋航空基地といった教育航空隊をおさめる。

また小月航空基地で教育を受ける航空学生のように、海軍予科練習生以来の「七つ釦(ボタン)」の制服を採用するなど、その伝統は海軍航空隊の伝統を色濃く受け継ぐものとなっているのが組織の特徴だ。

シーマンシップ、エアマンシップなどと併せ、旺盛な敢闘精神を含め、精強な海鷲たちの育成に責任を持つ、非常に責任の重いポストを担っている。

我が国の防衛と世界平和に多大な貢献をする、未来の海鷲を育てる責任者を務める西のことだ。

もちろん、その航空機搭乗員としての経歴は極めて充実しているが、そのキャリアで印象的なポストは、駐オーストラリア防衛駐在官としての活躍だろうか。

防衛駐在官とは、いうまでもなく相手国に所在する我が国の日本大使館に詰めて、「軍人」の立場から国益を代表し、外交を展開する要員の事をさす。

2019年3月現在の最新の状況では、46大使館2代表部に、合計で69名(陸33名、海18名、空18名)の自衛官が派遣され、各国武官と「軍人外交」を展開する。

その西がオーストラリアに赴任していたのは、平成16年6月からの3年間。

そして我が国が、豪州と「準軍事同盟」と言ってよいであろう「安全保障協力に関する日豪共同宣言」を出したのが平成19年(2007年)であった。

更に同年からは、日米豪印4カ国に依る戦略対話も始まっているのだが、共に西がオーストラリア防衛駐在官時代の出来事である。

いずれも、防衛駐在官として豪州軍との実務者協議にあたり、タフな交渉を繰り広げていたであろうことは想像に難くない。

いわば、太平洋地域を巡るあらたな安全保障の枠組みを作るにあたり、1等海佐時代の西が非常な活躍で準同盟に寄与したと言ってもよいだろう。

まさに、特筆するべき西の大仕事であった。

なお余談だが、西がこの大仕事を成し遂げた時の総理大臣は、第一次政権時代の安倍総理であった。

安倍総理の悲願とも言える政治課題、環太平洋安全保障体制の構築に大きな役割を果たしたという意味でも、西はその存在感をますます高めていったのではないだろうか。

やはり、海将にまで昇り詰める最高幹部ともなると、その活躍は特筆するべき実績に溢れている。

では、そんな大仕事を積み上げてきた西とは、これまでどのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。

少し詳細に、その経歴を見ていきたい。

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