髙田祐一(富士学校長・陸将)|第30期・陸上自衛隊

髙田祐一(たかだ・ゆういち)は昭和38年8月26日生まれ、福岡県出身の陸上自衛官。

防衛大学校第30期(国際)の卒業で幹候67期、出身職種は普通科だ。

平成30年8月(2018年8月) 陸上自衛隊富士学校長兼ねて富士駐屯地司令・陸将

前職は第4師団長であった。

なお、第4師団長であった時の指導方針は以下の通り。

【要望事項】

挑戦と創造

連携


(画像提供:陸上自衛隊富士学校公式Webサイト 岳友30年8月21日号外)

さて、次の次の陸上幕僚長候補筆頭と言っても良いだろう、30期組のエースである髙田だ。

2018年9月現在で、陸上自衛隊富士学校長を務めている。

陸将までのあらゆる階級を30期組1選抜(1番乗り)で駆け上がってきており、その歴任したポストも非常に重要なポストばかりという絵に描いたようなエリートだ。

ところでこの富士学校長という補職。

率直に言って、世間的な常識で言えば「退職前ポスト」だ。

逆に言えば、あらゆる意味で経験豊富な陸将にしか務まらない仕事であるとも言えるが、それでもやはり、陸上幕僚長に昇るものが着任するポストではなかった。

事実これまで、富士学校長経験者から陸上幕僚長に昇ったものは、初代学校長の杉田一次(陸士37期)が第3代陸上幕僚長に着任したのみだ。

それも戦後から間もない1950年代の話であり、状況も環境も全く違う中での着任であって、極めて例外的なものであると言ってよいだろう。

その後は、稀に方面総監に転じる幹部がいただけで、ほとんどの幹部がこのポストを最後に退職している。

30期組の髙田なので、正直幹部の在任期間の目安である2年後には、あるいは諸先輩と同様に勇退となってもなんら不自然ではない年次だ。

事実、2018年夏の将官人事では、28期組だけでなく29期組に加え、30期組も一部が勇退を迎えた。

ではなぜ、この半世紀以上もの長きに渡り、「退職ポスト」であった富士学校長に着任した髙田が、次の次の陸上幕僚長であると予想しているのか。

1つには、富士学校という組織が明らかに、その重要性を増してきていることだ。

2018年3月に実施された陸自大改革の要諦は、戦力の集中と機動力の向上にあり、さらに諸職種混合部隊による、あらゆる有事への素早い初期対応を大きな柱とする。

そして普通科を中心に、機動戦闘車(機甲科)、地対空誘導弾(高射特科)、各種迫撃砲などから成る機動連隊を発足させ、新たな戦略に基づく組織の編成を完結した。

しかし、ハードができても肝心の運用思想、すなわちソフト面はもちろん、これからが長い歴史の第一歩を踏み出そうとするまさにその時にある。

陸自内における諸職種が一体となってどのような作戦行動を採るのか。

また実際の戦場はどのように生起し、どのように部隊を輸送し、また展開するのか。

そう言った本格的な研究は実際の部隊編成が終わり各種訓練を重ねていくこれからが、本番となる。

そして富士学校に2018年3月、陸自大改革と共に富士学校に新設されたのが、諸職種共同センターだ。

このセンターは、普通科、機甲科、特科の3部隊がどのようにして共同で脅威に対処するのかを研究・訓練する組織であり、まさに2018年現在の安全保障環境を担う、中核となる。

諸職種共同センター長が富士学校の副校長兼補であることを考えても、その位置づけが明らかであろう、日本全体の新しい戦略を担う組織であると言っても過言ではない。

そのような、重要な組織に再編された富士学校である。

これまでも非常に重要な役割を果たしてきたことはもちろん疑い無いが、この再編は、全軍を統括する指揮官にとって不可欠の知見を積み上げるものだ。

全軍を統率する上で必要な見識が要求されるのであれば、当然そのポストは少なくとも方面総監以上に昇ることが予定されている幹部が、着任すべき補職ということになる。

そのため、これまでの歴史とは無関係に、髙田は必ず方面総監以上に昇り、おそらく陸上幕僚長に着任するであろうと予想する根拠である。

確固たる自信がある予想であり、間違いなくそのようになるだろう。

次に2つ目の、そのように考える理由だが、それは髙田自身のキャリアによる。

そのため、その詳細はこれまでの髙田が歩んできたキャリアをご説明しながら、次ページで

お話して行きたい。

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